スノー:イオディプス君! 危ない!
ワイバーンを倒した私は、馬に乗ってイオディプス君が乗っている馬車の前に移動した。
スキルブースターの力は素晴らしい。快楽と同時に万能感を覚え、神になったような気持ちにすらなる。
魔法スキルを持っているのに使えこなせなかった私でさえ、あれほどの威力を出せたのだ。スキルを十全に扱える人なら、どれほどの効果があったのだろうか。想像するだけで恐ろしい。
世界がひっくり返るぐらいの力を持つでしょう。
ユーリテス騎士団長のように。
国に忠誠を誓っていた彼女はスキルブースターに魅了されてしまい、反乱分子を集めている。ユーリテスが所属している騎士団は全員賛同していて、近衛兵を抜いた騎士団にも支持者が増えているみたい。
王家もユーリテスが謀反を企てていると気づいているから、イオディプス君の力を借りて制圧しようとしている。
武力による衝突が近いのは間違いなく、私すら巻き込まれてしまっていた。
「イオディプス君を私の元に連れて行けば、相応の地位を約束しよう」
ブルド大国から出発する直前、ユーリテスが私に言ったことだ。
口約束でしかないけど、本当にイオディプス君を持ち帰れば有言実行するだろう。
彼さえ手に入ればブルド大国だけじゃなく、他の国々だって手に入るのだから、私を貴族にすることなんて簡単だろうだからね。
貴族になって優雅な生活ができるなら、ユーリテスに付いていくのも悪くはない。
「けどねぇ……」
肝心のイオディプス君は、女性が傷つくのを極端に嫌がると聞いている。実際、ルアンナの話からも裏付けが取れているので、事実なのだろう。
他の男と、その点が大きく異なる。
そしてユーリテスは気づいてない。いや、気づいてないフリをしているのだ。
それが特大の問題だということに。
実際にイオディプス君と話して感じたことだけど、内乱が発生したらどちらも傷つかないように止めようとする。
戦力差を埋めるため、ユーリテスの計画はスキルブースターがある前提だったので、味方に引き込むのが失敗した時点で終わりだ。
せっかく上級外交官にまで出世したんだから、博打をするよりもこのまま王家に仕えた方が安全なはず。
「またワイバーンが襲ってくるかもしれない! 警戒は怠るな!」
護衛として派遣してもらった騎士たちに指示を出しながら、不安はずっと残っている。
王家から貸していただいた護衛の中に、ユーリテス派閥の人間がいるかもしれないからだ。
油断は出来ない。
ルアンナたちは当然として、身内すら信じられない以上、イオディプス君に誰も近づけたくなかった。
警戒しながら予定通りに山脈を乗り越えて、もうすぐブルド大国へ入るという所まで来た。
懸念していたユーリテス派閥の反乱は起こっていない。イオディプス君の輸送メンバーにいなかったのだろうか。
ううん。油断したらダメ。いつ背中を刺されるか分からないのだから、女王陛下の元へ連れて行くまでは警戒を続けないと。
「スノー外交官! 前方から魔物の集団が来ております!」
この辺では珍しいメスオークが来ていた。50体ぐらいはいる。
「防御の態勢を整えよ!」
馬車を中心に騎士たちが円陣を作った。
メスオークが射程に入ると、弓や魔法を放って勢いを削っていく。訓練された我が国の騎士たちは、的確に敵の数を減らしたが、全滅にはならない。
約半数の生き残りが騎士と衝突した。
同時にイオディプス君が馬車から飛び出す。予想していたとおりの動きだ。スキルブースターを使って助けようとしているのだろう。
今回も力を借りれば犠牲どころか、負傷者なしで乗り越えられる。
手伝って欲しいと声をかけようと近づくと、不審な動きをしている騎士が目に入った。彼女の名前はポロリスだ。
メスオークと戦わずに視線はイオディプス君だけを見ている。
ユーリテス派閥の人間だと直感でわかった。
「イオディプス君! 危ない!」
馬を走らせて駆け寄ると、ポロリスと衝突した。
勢いに耐えられず落馬してしまう。
「がはっ」
背中から落ちて肺から空気が出てしまい、呼吸ができない。苦しい。それでも横になっているわけにはいかず、顔を歪ませながら立ち上がる。
背中にイオディプス君を隠した。
「メスオークと戦わずに、何をするつもりだ?」
「偉大なるユーリテス様の元へ送る。邪魔者はここで死ね」
剣を振るってきたので、打ち払おうとしたけど威力が強く、私は飛ばされてしまった。あれは剣術スキル持ちだ。
私では対抗できない。
仲間はメスオークの討伐に集中していて、裏切り者には気づいていない。助けは期待できそうになかった。
「ポロリスは女王陛下に逆らうのか?」
「元から、男狂いの女に忠誠など誓っていない。私たちの忠誠はユーリテス様のみに捧げられる!」
交渉の余地はなさそうだ。せめて私の命を使ってでも、イオディプス君を逃がさないと。
剣を地面に突き刺して、杖代わりにしながら立ち上がる。
「それでは、私の敵だ。倒させてもらおう」
「立つことすら難しいのによく吠える!」
ポロリスは剣を振り上げたけど、その姿勢で止まってしまった。
私たちの間にイオディプス君が入ったのだ。
「争いは止めてください!」
優しい君の気持ちはわかるけど、そんなことでポロリスが諦めるはずはない。
その証拠に、怪しい笑顔を浮かべていた。