尊重はしますよ
無事に朝を迎えると、スカーテ王女と朝食を取ってから宿を出る。
ロープで縛られた女性が何名か転がっていた。口に布を巻かれているので、声は出せないようになっている。顔に見覚えはない。偶然この場にいた人たちが、侵入しようとしていたのだろうか。
僕の姿を見ると、「うーーん!」みたいに叫んでいる。
中には失神する人までいて、ちょっと怖い。健康に問題はないのだろうか。気になって立ち止まってしまうと、ルアンナさんに軽く背中を押された。
「立ち止まられると、警備に支障を来します」
「ごめんなさい」
気にはなるものの、馬車に乗り込んだ。
前日と同じくルアンナさん、エリンさん、リテートさんが同席している。他の騎士たちは外だ。
同席するメンバーで揉めなかったのは、事前に決めていたからだろう。
僕にストレスを感じさせないよう、女性同士の争いは見せないようにしているのかな。
そんなちょっとした気づかいを感じながら、馬車は順調に行程を消化していって王都に入った。
窓から見える景色は、僕たちが住んでいた街とあまりかわらない。ただ人口の密集度は高い。馬車の通る隙間がないほどだ。
御者は道を譲るようにベルを鳴らしているから止まらないけど、スピードは落ちている。
「王家の馬車だというのに、みなさんノンビリとしていますね」
大名行列を横切ると失礼だとされ、無礼打ちされることもあったらしいけど、ナイテア王国は違うみたいだ。良く言えばおおらかで、悪く言うと王家の立場が低いといった感じなのかな。
個人的には好感が持てる。
「そうですね。他国と比べて王家と国民の距離は近いと思います」
ルアンナさんは、そのことを誇りに思っていそうだった。
「だから過ごしやすいんですね。スカーテ王女も話しやすい方ですし、この国に生まれて良かったです」
リップサービスじゃない。本音だ。
仮にブルド大国が豊かな国だったとしても、ナイテア王国を選ぶだろう。
* * *
王城に着くと旅の汚れを落とす時間すら与えられず、会議室へ案内された。
細長いテーブルには2人の女性が座っている。
一人は40代ぐらいで頭に王冠を着けている。ナイテア王国の王女だろう。
対面に座っているのは、目つきが鋭い同年代の女性だ。髪の色は青く、僕は冷たい印象を受けた。
「ナイテア王国のソフィア女王陛下とブルド大国の特使で、上級外交官のスノー様です」
隣にいるスカーテ王女が名前を教えてくれた。
「初めまして。イオディプス君です。お二人にお会いできて光栄です」
頭を下げてから上げると、みんな驚いた顔をしていた。
誰もが黙っている中、ブルド大国のスノーさんが口を開く。
「話には聞いていましたが……なるほど、性格は穏やかでスキルランクも高く、見た目麗しい。最高の男ですね」
褒められて嫌な気持ちはしない。
笑顔を浮かべてお礼を言う。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
穏やかなやり取りを終えると、護衛として入室したルアンナさんが、ソフィア王女殿下の隣の椅子を引いてくれた。
「イオディプス君は、こちらに」
指定された席に僕が座り、スカーテ王女は隣の席に座った。
スノーさんが口を開く。
「会談のメンバーが揃ったので、本題に入ってもよろしいですよね?」
「かまいません。ブルド大国の条件を教えてください」
「我々が希望するのはイオディプス君が今すぐ、我が国に来ていただくことです。滞在期間は一年。期限を過ぎてもご本人が望むのであれば期間は延期させてもらいます」
「とのことですが、イオディプス君の意見を聞かせてください」
結構無茶な条件を出していると思うんだけど、ソフィア王女は交渉することなく、僕に話を振った。
事前に内容は聞いていたのかな。
「なぜ今すぐなのでしょうか?」
「我が国の女王が希望されているからです」
「もし僕が断ったらどうなりますか?」
「イオディプス君は断らないと信じております」
押しというか、言葉が強い。僕が首を縦に振ると信じて疑ってないようだ。
「男性の意志を尊重してくれるはずでは?」
見守ってくれていたソフィア王女が口を挟んでくれた。
交渉に慣れていないので、正直なところ内心でほっとしている。
「尊重はしますよ」
「では、イオディプス君が断ったら引き下がってくれますか?」
「そこは交渉させてもらいます」
笑顔で黙れとソフィア王女にメッセージを送ったスノーさんが、再び僕を見た。
「明日には出発して、我が国に来てくれますか?」
「急すぎます」
「もし我々の条件を呑んでくれるのでしたら、最低でも30年間はナイテア王国を攻めず、貿易面でも優遇すると約束しましょう」
「優遇とは、具体的にどうなるんですか?」
「ナイテア王国の輸出品にかけている関税をなくしましょう。技術支援も行います」
ちらっとソフィア王女を見ると無表情だったけど、スカーテ王女とルアンナさんは驚いていた。
破格の条件なのかもしれない。
「……ナイテア王国の方だけと話し合いたいのですが、時間をいただけますか」
「その必要はないかと思います。今、話を聞けば良いのでは?」
隙を与えてくれない。やっぱり押しが強い。
それでもソフィア王女が反発しないところから、国力の差を嫌でも感じてしまった。