ダメです
「イオ君は、ここで待ってて」
いつもとは違う、真剣な声色でレベッタさんが一人で死体を調べ始めた。ヘイリーさんたちは周囲を警戒している。ルアンナさんと騎士の皆は僕を中心に円形状の陣をとって、剣を抜いていた。
何も言わずに、誰もが役割を理解した動きだ。
ちょっと前まで、セクハラ騒動を起こした人と同一人物とは思えない。
これが……ギャップ萌え!?
「何か分かった?」
警戒しながらヘイリーさんが聞くと、レベッタさんが答える。
「斬り傷が酷くて正確なことは分からないけど、最低でも10以上の敵と戦ったみたい」
「結構な数。敵は人間?」
「多分だけど違う。戦い方が雑だから、メスゴブリンより力の強い魔物だと思う」
レベッタさんは死体の次に周囲の地面を調べ始めた。足跡が残っているみたいで、敵が去って行った方向がわかったみたい。弓を手に持ち軽く矢をつがえると、低い姿勢のまま行ってしまう。
その後をヘイリーさん、メヌさん、アグラエルさんが続いていった。
ルアンナさんは僕を守ったまま、動こうとしない。
「僕たちもついていった方が、良いのではないのでしょうか?」
敵が多いのであれば戦力の分断をするのではなく、まとまって行動した方が対応しやすいと思っての発言だ。変なことを言ったつもりはないので、認められると思っていたんだけど、ルアンナさんは首を横に振った。
「最重要護衛の男性がいる場合は、斥候の部隊を出すのが正解なんです。しばらく待っても戻ってこないか、危険の合図があれば撤退します」
「それって、レベッタさんたちを見捨てるってことですか?」
「最悪の場合は、そうなります」
危険があるか調べるために人命を使うと言われて、ちょっとだけムカついてしまった。しかも、僕がいるからって理由なのも気に入らない。
女性を犠牲にしてまで、生きながらえるなんて考えたくもないよ。
「それは嫌です。レベッタさんと合流しましょう」
「ダメです」
前に出ようとしたら肩を掴まれてしまった。力では負けてしまうので動けない。
キリッと睨もうとしたら、ルアンナさんは悲しい顔をしていた。
そこで鈍い僕もようやく気づく。別に彼女たちだってレベッタさんを見捨てたいとは思っていないのだ。ただそれよりも、僕の安全が優先だと言うだけでね。
実戦を甘く見ていた僕が悪いんだろう。
覚悟が足りなかった。
けど、諦める理由にはならない。
「ごめんなさい。それでも僕は行きたいんです」
「……危険を感じたら、絶対指示に従ってくれますか?」
「はい」
これは嘘だ。ルアンナさんだって分かっているだろうに、その言葉で許してくれた。
「私が先頭になります。エリン、お前は何かあったらイオディプス君を抱きかかえ、『俊足』のスキルで逃げ出すんだ」
「かしこまりました!」
エメラルドグリーンの短髪女性が敬礼した。彼女がエリンさんなんだろう。
名から察するに足が速くなるスキルなら、確かに適任だ。
スーッと腕を伸ばして僕の腰に回してくる。ピタリと張り付いて離れようとしない。目を見ると何だか蛇のような感じがした。執拗に追いかけて逃がさない、そういった執念みたいなのを感じたのだ。
「では行きましょう」
騎士の一人が先行して、その次を隊長であるルアンナさん、僕とエリンさん、他の騎士と続く。
痕跡は残っていたので追跡は容易だ。迷うことなく進んでいき、しばらくして先頭の騎士が軽く手を挙げた。
「リテート何があった?」
「スキルに反応がありました。魔物の気配がします」
先頭を歩いていた騎士――リテートさんは索敵関連のスキルを持っていたようだ。
「レベッタたちの気配は?」
「ありますね。そっちに向かいます?」
「頼む」
リテートさんは前に進むのを止めて横に移動を始めた。敵が近くにいるかもしれない緊張感を覚えながら、僕も後を付いていく。
少しして、レベッタさんたちの姿が確認できた。
無事な姿を見てほっとするのも一瞬のことで、すぐにまた緊張感が戻る。
険しい顔をした視線の先にちょっとした広場があって、そこに数十体のメスオークと体が一回り大きいオスオークがいたのだ。見た目は猪で鋭い牙を持っている。さらに二足歩行の技術を獲得しているみたいで、棍棒や槍、剣といった様々な武器を手に持っていた。
今は食事中らしく、火を付けて鹿の肉を焼いているみたい。
調理する知能まで持っているのか。
オークに驚きながらも、僕はレベッタさんと合流する。少し非難する顔を向けられてしまったけど、ため息をつくだけで文句は言われなかった。
「冒険者を殺した犯人はオークだったみたい。この人数なら勝てると思うけど……どうする? 決定権はルアンナにあるよね?」
レベッタさんの言う通り、全体の指揮権は騎士でスカーテ王女の側近でもあるルアンナさんにあった。立場が上ってのもあるけど、部隊運用にも慣れているからと言うのが理由らしい。
「私だけで戦おう。イオディプス君の練習用に一匹だけ残す」
「危険ではないか?」
ルアンナさんの提案に、アグラエルさんから否定の言葉が出た。
「スキルブースターがあれば、一人でも殲滅は可能だ。問題ないと判断する」
「確かにそうだが……イオ君は良いのか?」
「皆を守るためですから、協力しますよ」
なんで使用するのを確認されたのか分からなかったけど、スキルブースターの使用を躊躇することはない。無傷でオークを殲滅するんだ。





