グヒュヒュ♥
気絶した後は、僕を取り合う大乱闘があったらしい。
屋敷内では収まらず、街中で暴れ回ったと聞いている。
勝者はいない。
最後は衛兵の皆さんに取り押さえられて事態は終結したらしい。スカーテ王女ともども、留置所に入れられたと言うから驚きだ。そんな無謀なことを誰がしたのかと聞いたら、ダークエルフで衛兵隊長のテレシアさんが、指示したとのこと。
権力に屈することなく、街の治安を守るために活動するなんてすごいことだ。
正義の味方である。
そんな彼女を守るため、テレシアさんを不敬罪に問わないと約束する代わりに、スカーテ王女たちの襲撃を許すことにした。
ナイテア王国にいる一部の男からは、騒動に参加した女性に対して重い罰が必要だと騒いでいるけど、被害者である僕が許しているのだから問題にはならなかった。
* * *
ブルド大国から特使が派遣されるまで時間があるので、僕はヘイリーさんにつけられた奴隷の焼き印を消すことにした。
少し酷いことをしてしまったけど、肉を削ってからスキルブースターを使い、ミシェルさんの回復スキルで傷を治したので、綺麗さっぱり無くなっている。
これでポンチャン教の騒動で失ったものはなくなったはずだ。
続いてブルド大国へ行く準備として、ヘイリーさんやルアンナさん、その他、僕を護衛している騎士から剣を習うことにした。魔道具に頼り切るのではなく、体力と共に実力を付けて自衛能力を上げる必要があると判断したからだ。
日替わりで教える人が変わる。色んな人に教えてもらえて幸運だなぁ。
謝礼の代わりに訓練後の服をプレゼントすることになったけど、お金を払わなくて良いのかな。汗臭いだけなのに……。
こうして剣の訓練を始めて数ヶ月を過ごし、力が付いたと判断されると、ついに実戦デビューをすることとなった。
戦う相手は街の外にいる魔物だ。
僕が魔物と戦うことにスカーテ王女は否定的な意見を出していたけど、ブルド大国で何かあったら自衛できるようにした方が良いと考え直してくれたらしく、最終的には許可を出してくれている。
レベッタさん達も同じ考えのようで反対はしていない。
それで今回のターゲットだけど、人型との戦いに慣れるためメスゴブリンと戦うつもりだ。
何かあれば大丈夫なようにレベッタさんパーティの他、ルアンナさんと数名の騎士も同行している。
街道から外れて森の中へ入ると、狩人のレベッタさんが先頭になって、地面をよく見て痕跡を探している。他にも木の傷、枝の折れた場所などを見ていて、真剣な顔をしている。
普段とのギャップが大きくて、綺麗だと思ったけど、この場では口にしなかった。
「鹿や兎の足跡は見つかるけど、メスゴブリンのはないね……。もうちょっと奥に行ってみよう!」
太陽のように明るく元気なレベッタさんは、金髪をなびかせながら先に行ってしまった。
「待ってください~!」
草木に隠れて見失いそうだったので小走りで追いかけると、隣にヘイリーさんとドワーフのメヌさんが僕を守るようにして付いてくる。
後ろを見たらルアンナさんがいて、さらに後方にはドラゴニュートのアグラエルさん、2名の騎士と続く。
今さらだけど大所帯だ。
こんなに人がいたら魔物も逃げ出すんじゃないだろうかと心配していたけど、素人の僕が見当違いな考えをしていたようだ。魔物の方が近寄ってきたのである。
「見つけた!」
レベッタさんが指さした方向にメスゴブリンが二匹いる。錆びた剣を持っていて男の僕を見ると頬を赤くし、涎を垂らし始めた。
ああ、そうか。男がいるだけで理性が飛ぶから、人数が多くても問題がないのか。
なんて考えている間に、氷の槍が飛んで一匹のメスゴブリンの脳天を貫いた。アグラエルさんが持っている氷魔法のスキルだ。
「残りはイオ君がヤちゃって!」
先頭にいたレベッタさんが道を譲ってくれた。
前に出て剣を構える。
メスゴブリンは仲間が死んだというのに性的な興奮度が増しているようで、太ももから謎の液体が流れ出ている。ツンとしたメス臭が鼻腔を刺激して、少し気分が悪くなった。
「グヒュヒュ♥」
人間の言葉に置き換えるなら、「いい男」だろうか。
表情からそう感じ取った。
この世界の女性も変だと思っていたけど、魔物はその上をいきそうだ。命よりも貞操の危機を強く感じる。
負ければ巣穴で何をされるのだろうか。
想像したら、ぶるっと体が震えた。
「大丈夫、私が教えたんだから勝てる」
肩にヘイリーさんの手が置かれた。
素人の僕を徹底的に鍛えてくれた師匠の一人だ。ルアンナさんを見ると頷いてくれて、何だか安心する。
前を向くと、ハンマーを持ったメヌさんが暴走しているメスゴブリンの足止めをしてくれていた。
襲われなかったのは仲間のおかげ。
そして戦う力をくれたのも同じ人たちだ。
大丈夫。僕ならヤれる。
習ったとおりに剣を中段で構えると、左足を後ろに下げる。縦に芯が一本入ったように意識して軸をブレないように立ってみた。
習ったとおりに出来ているだろうか。
ううん。ダメだ。余計なことを考えちゃいけない。
真っ直ぐ前を見ると、メヌさんが横に飛んでメスゴブリンとの間に遮るものはなくなった。