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一緒に地獄へ落ちようぜ

 母さんは、ずっとクソ親父に殴られ続けていた。


 いわゆるDVというやつだ。


 何度も暴力を振るわれたが、命の危機を感じるほどではなかった。大人になるまで耐えて、働けるようになったら家を出る計画を立てていたのだが……。


「ブッ殺してやる!」


 今日はいつもと違った。

 クソ親父は顔を真っ赤にさせ、包丁を持っていたのだ。目の焦点は合っていない。一目で理性が飛んでいるとわかった。


 切っ先は、腰が抜けて立てない母親に向かっている。


 俺の家は小さな木造アパートの一室。逃げ場所なんてない。


「やめろ!」


 母さんはずっと、クソ親父から俺のことを守ってくれていたのだ。


 今度は俺が守る番だ!!


 クソ親父の前に立つと、包丁を奪い取るために腕を伸ばす。


「邪魔するなッ!」


 包丁を振り回してきた。


 高校生になった俺よりも、クソ親父は体格が良い。止められない。


 恐怖で体が固まりそうになるが、逃げるわけにはいかないのだ。命に替えても母さんを助ける!


 クソ親父が包丁を突き出してきた。


 避けようと思ったのだが、後ろに母さんがいることに気づいて止まる。


 両手を広げると、腹に刺さった。


 すぐさまクソ親父の腕を掴む。


「捕まえた」


 口の中が鉄の味がする。痛みで叫び出したくなったが、我慢だ。


 掴んだままだったクソ親父の腕をひねると、包丁から手が離れた。


 俺は腹に刺さったままの包丁を抜き、クソ親父の胸に突き刺すが浅い。致命傷にはなっていないようだ。


「一緒に地獄へ落ちようぜ」


 お前を二度と戻れない場所――地獄へ連れて行ってやる。


「お前ッ!!」


 火事場の馬鹿力が出せているのか、今だけはクソ親父より力が上回っている。包丁はゆっくりと胸の中に沈んでいき、コツっと固いものに当たった感触はあったが、さらに押し込んでいく。


 するっと抜けた感触があった。


「ゴファ」


 親父が血を噴水のように吐いた。俺の顔や服にべっとりと付いて、赤くなる。


 確実に殺した。


 もう大丈夫だよ、そう言おうと思って振り返り、母さんを見る。


 何も見えない。

 真っ暗だ。


 体が動かない。泣き声は聞こえるが、一体誰のものなのか。それすら分からず全ての感覚を失い、俺は死んだのだと確信した。


* * *


 目覚めたら青空が見えた。


 寝ているみたいなので、体を起こして周囲を見る。


 草原だ。


 暖かい風が吹いて草が揺れている。先ほどまで感じていた血の臭いは一切ない。爽やかな香りが漂っている。


 どうやら俺は丘の上にいるようで、眼下には外壁に守られた町が見えた。


 俺が死んだのは間違いないので、ここが死後の世界なのかもな。


 親殺しをしたのだから、鬼に拷問でもされるのかと思っていたんだが。


 なんとも穏やかな場所に来てしまったものだ。


「母さんは無事だったのかな?」


 生前の気がかりがあるとしたら、その後、母さんが幸せに過ごせているかって、ことなんだが……ん? さっきの声、俺だったか?


 いや、違う。

 全く別だ。


 自分の服装を見ると、ごわごわの麻でつくられた粗末な黒いズボンをはいていた。上着は緑のチュニックで、腰回りに革のベルトが巻かれ、布袋がついている。中世のコスプレをしているような格好だな。


 手の平は厚く、腕は生前の俺よりも太い。体毛はないが筋肉はしっかりとついている。


「別人になった?」


 顔が見たい。鏡はないだろうかと思って周囲を見ると、近くに背負い袋が転がっていた。


 中を調べてみる。寝袋、ロープ、着替え、水袋、そして長さが三十センチほどのナイフがあった。シンプルではあるが刀身は厚く、丈夫そうである。柄の部分は木製で、何度も握った黒い跡が残っていた。


 ナイフの刀身は鏡のように磨かれているので、顔が確認出来そうだ。


 姿を映してみると、青い髪をした可愛らしい男の姿があった。年齢は死ぬ前の俺と同じ十六歳ぐらいだろうか。海外のタレントに負けないほどの、顔立ちをしている。


「別の体に乗り移ったのか」


 どうやら俺は死後の世界ではなく、別の体に入ったようだ。


 ここは地球なのか? それとも別の世界なのか? それが知りたい。他に手がかりがないか荷物を探る。


 背負い袋を逆さにして振ってみると、二冊の本が落ちた。


 近くにあった一冊を手にとって中を見る。見知らぬ文字だったが、なぜか読めた。体から知識は引き出せるようだ。


 手に取った本は、この体の持ち主――イオディプスの日記だったようだ。


 女性に対する恨み、社会に対する憎しみが、これでもかって、ほど書かれていた。


 相当、嫌な思いをさせられたのだろう。


 判定の日という謎の儀式が終わると、母親を捨て何も持たずに、一人で村から逃げ出したと書いてあった。彼を追い詰めた原因が気になったが、詳細は書かれていない。


 ゴワゴワとした厚い紙をめくって、日記を読み進める。


 村を飛び出してからは人目を避けるため、森の中で生活していたらしい。五年ぐらいは生活できたらしいが、生きるのに疲れたようで死ぬことを選んだと書いてある。


 最後は綺麗な景色を見たいと考えたようで、森を出て草原を歩き……と、ここで日記が途切れていた。


 辛い経験をしたのかもしれないが、母親を捨てた時点で彼のことは好きになれないし、命を粗末にするのも気に入らない。


 この体、俺が有効活用させてもらおう。


 日記をしまうと、落ちていたもう一冊を拾って、中身を見る。


 この世界についてのメモが殴り書きされていた。


 聞いたこともない、食べられる植物の名前や肉食動物の特徴、そして危険な生物――魔物の存在が書かれている。イラストまであってわかりやすい。


 どうやら俺は、地球とは別の惑星に来てしまったようだ。


 役立つ情報を探すために読み進めていると、スキルという文字を見て目がとまる。


 人であれば誰しも、スキルという特殊能力を持っているらしい。十歳になると判定の日と呼ばれる祭りが開催され、スキルの診断が行われるらしい。


 当然この体にもある。

 名前は『スキルブースター』。


 他人が持っているスキルの効果を上昇させるものらしい。他にも詳細な効果を書いてあったようだが、「女と関わらないと使えないスキルなんて捨てたい!」という文字が上に書かれてしまい読めない。


 スキルブースターの効果は使って確かめるか。

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