第38話 とある優しい傭兵団
狂気をはらんだ眼、エルフのような耳をつけた魔族の如き男。
深夜の野営時に、カデュウがたまたま見る事になった一方的な殺戮劇。
たった一人で敵傭兵団を叩き潰していた、あの怪物、ゾンダ・ゼッテであった。
驚愕でカデュウの精神に衝撃が走ったが、取り乱さずに彼らを見据えている。
その両側には老人と、ゾンダにも負けない程に大きなゴブリンが座っていた。
「あんだ? おう、ソトじゃねえか。帰ってきた所に悪いんだが、残念ながら仕事は無くなったぞ」
「ん? ああ、そうなのか。別に私はやる気なかったから、どーでもいいけどな。また、お偉いさんをぶっ飛ばしたのか?」
「国王陛下が靴を舐めろとおふざけになられるから、ちょっと頭撫でてやったらもげちまってな。トムの奴にごめんね、つって帰ってきた」
とんでもない内容をゾンダが口にした。
それは王殺しなのだが……。ごめんねで許される話なのだろうか。
「そりゃまた、盛大にやらかしたな。理解あるトム将軍に感謝しないと」
「ちょっと、ソト師匠。知り合いの傭兵団がここだって聞いてなかったですよ」
「ん? あれ、言ってなかったか? 私はここの傭兵団所属でもあるんだぞ」
……なんだって。
そういう事はちゃんと伝えて欲しい。
「ここは最強にして最恐、最少数にして最精鋭、と言われるクリーチャー傭兵団。ま、この私がいるのだから当然だがな! ふはは!」
安全地帯にいると思ったら、いきなり戦場に叩きこまれた気分であった。
普通の傭兵団と普通に契約の話を聞くだけだと思っていたら、大陸最強にして最恐の傭兵団の怪物と交渉するなど、完全に想定外だ。
王の首をもいでしまうような怪物だ、話を少し間違えたらカデュウの首も同じ運命を辿るのは、容易に想像できる。
「まったく聞いてなかったですよ。なんで傭兵団所属なのに冒険者やってるんですか」
「ここの傭兵団、縛りが緩くてな。金稼ぎでつい。安心しろ、本職は冒険者だ」
安心とかそういう問題ではないのだが。
そもそもソトが傭兵団で役に立つのだろうかという疑問も浮かぶ。
「おい、ソト。なんだそいつ」
そいつ、とカデュウの事をゾンダが尋ねる。
「私の仲間だ。ついに養ってくれる奴が出来たんだ!」
「はい。仲間です。ってソト師匠も稼いでくださいよ、なんで養う前提なんですか」
「悪い事は言わん、騙されてるから早く別れろ」
そいつはやめとけ、と手を振って伝えてくる。
どれだけハズレ扱いされているのだろう、ソト師匠は……。
「余計な事を言うなー? ……そんな事より、こいつが団長に用があるってさ」
「俺に? なんだ、言ってみろ」
ソトの話によってどうやら覚悟を決めて、話をしなければならない事になった。
仕方ない。ダメで元々な気分で話すだけ話してみるのが良いだろう。
「はじめまして、カデュウと申します」
「そうか、俺はゾンダだ。この傭兵団の団長をしている」
名前は後ろからこそこそ見ていたから知っているのだが。
この場で余計な事を言う必要はない。
「僕達は街を作るのですが、その開拓に加わって拠点契約を結んで頂けませんか」
「街作るのか? そら景気が良い話だな。……お嬢ちゃんが俺らを雇おうなんざ、正気か? 気に入らなきゃ王もぶっ殺すような連中だぞ?」
「はい。正直に言えば、ソト師匠の知り合いという傭兵団に聞いてみる、としか考えてなかったのですが。実際に会ってみて、この傭兵団と契約したいと思えました」
「……なんでだ?」
人を試すようなゾンダのその質問に対し、心から、正直に、熱意をもって、その理由をカデュウは語った。
「これまでに出会った、クリーチャー傭兵団の人達は、皆さん優しさがあって人を気遣う事が出来る心がありました。ソト師匠は凄く良い人ですし、フルトさんも、ダークエルフの方も、気持ちの良い対応をしてくれました。もちろん、団長さんもです。凄く怖いのは確かですけど……」
信頼できる相手かどうか。これはとてもとても大切な事だ。
最強傭兵団の強さも魅力的だが、実はこの雰囲気は気に入っていた。
どこか緩い空気というか、ピリピリしていないのだ。
気持ちの余裕があってのびのび出来そうな、ある意味、開拓向きな空気。
「……俺なんかしたっけ?」
「ソト師匠を早く捨てろと、的確なアドバイスを……」
「おい待て」
ソトが何か言っているが、当然のように放置である。
「はは! 確かに優しいな。俺の心からの親切心だ。……で、それだけか?」
「待てコラ、貴様ら」
「いえ。優しさに加えて、恐らく強さも必要となる場所だと思っているんです、その意味でも皆さん以上の適格者はいないと考えます」
「なんだ、危ねえ場所なのか? どこだ?」
「魔王城です」
「……なんじゃと?」
ゾンダの横に座っていた老人が、驚きの声をあげた。




