第36話 王と怪物
ミロステルン王国の城、その一角で居丈高に怒鳴り散らしている男がいた。
高貴な衣装を身に纏うその者は、マルセル・ミロスト。
第6代ミロステルン王マルセル1世である。
「王の前で何たる無礼だ、傭兵風情が!」
その怒り狂う視線の先には、頭をかく巨漢の姿があった。
王の命令に従わなかったその傭兵を、顔を真っ赤にして叱りつけている。
傭兵にしてみれば、仕事だからと命令に従って使者の護衛をしたあげく、帰り道に多数の敵傭兵と戦闘になり、なんとか使者を守ったあげくにこの仕打ちだ。
ただ、その返礼となった土産の品を戦闘の最中で失った、というだけで。
「陛下、お静まり下さい。どうか、お許しを」
そう青い顔で進言するのは、王国軍トム・サレス将軍である。
その傭兵を雇ったのはこの将軍であり、責任が生じる事になるのだ。
「うるさい! お前がこの無能で無礼な豚を連れてきたんだろ! こんな品性のない奴が城をうろついてたら国の品位が下がるわ! バカたれが!」
将軍に向かって、唾を吐く勢いでまくし立てるマルセル1世の身体は太っていた。
王の格好をした豚、などと揶揄される事もあるような姿である。
再び傭兵の方を向き、その足を差し出した。
「王たるワシに忠誠を尽くすなら靴を舐めてみろ、そうすれば褒美ぐらいはくれてやるぞ。そら、そらそら」
「お、王様!」
「早くせんか、この豚! 筋ばかりで全然美味そうじゃないなお前は!」
王の行き過ぎた侮辱に対し、その傭兵の返事は、きっぱりとしていた。
「うるせえ黙れ」
空気が一変した。
青い顔の将軍が逃げ出すように壁に張り付く。
「強さも、賢さも、人格も、何にもない。金と権力以外は何一つ持たない、魅力ゼロの糞野郎に、何故忠誠を尽くさなきゃいけねえんだ?」
「な、な、な」
「テメエなんぞ、頭空っぽの妄信的な馬鹿共が気付いたら。誰も従わなくなったら。何も! 何も! 何も! 出来ないゴミクズだろうがッ!」
その傭兵から発せられる怒りの圧を叩きつけられ、マルセル1世は怯え竦んだ。
王に対し無礼である、などと言おうかとも考えたが、その言葉を出すには恐怖が勝りすぎていた。
「働いてる皆さんはよ。テメエじゃなくて、お金様に頭下げてる事が理解できたか? もっとも? 俺達はお金様に下げる頭は持ちあわせちゃいねえけどな」
「あ、あう。ひぐ……」
「あとな。豚はてめえだ、この豚。いや豚に失礼だな、豚はテメエと違って役立つもんなあ? この無能野郎!」
そして。
傭兵の拳が王の顔面を一撃でミンチに変えた。粉々に、飛び散った。
「悪いなトム、ぶっ殺しちまった」
「……折角、来てもらったのに申し訳ない。騒ぎにならないうちに行ってくれ」
「すまんな、後始末頼んだわ」
王殺しの傭兵は、何一つ咎められることなく血にまみれた拳のままに悠々と去っていった。
何故、将軍が王殺しの傭兵を見逃すのか。
その理由はいくつかある。
理不尽な王のわがままが度を過ぎていた事。
ここで契約が破棄された為に、どの道、国の未来が無い事。
そして、軍の武力をもってしても、勝ち目の見えない怪物だという事。
その傭兵の名はゾンダ・ゼッテ。
傭兵団最強の一角と謳われる、クリーチャー傭兵団の団長である。




