第95話 黒檀の晩餐会 2
大陸の黒幕達、闇の組織を束ねる者達、陰謀の網を張り巡らせる謀略家達。
裏世界の支配者達が、人知れず遊びに来るという集会。
――黒檀の晩餐会。
その会合が行われていた。
「エルフの地は私の領域よ、エド」
「わかっている、“幻想”のレディ。だが現実に手を出したのは愚かしいエルフの方だ」
灰色の部屋の中、大陸の闇を支配する者達が集まっていた。
幻想と盟主、その2人の領域衝突がまず話される。
「エルフの側から申請があっては、我ら役目に従いて盟約を遵守するしかない」
「過ぎた事は構わないわ。今後の手出しはどうなさるの?」
静かな動きでティーカップをソーサーに戻し、幻想は冷たい眼を盟主に向ける。
その視線を盟主は平然と受け流した。
「我らの筋を通すだけだ。条件さえ飲んでくれれば、我らの干渉はない」
「結構。でも、手出ししたって構わないのだけれど」
「おとぎ話と戦をするのは骨が折れるからな。大人は現実を見るものさ、レディ」
利を計算し図る者、現実側に生きる盟主にはそれ以外の道は無かった。
それに補足するように、枢機卿がその話題に割って入る。
「“サバス・サバト”も活動していたそうじゃな」
「邪神様から奴隷売買のお許しが降りたんだろうさ。どの道、長老が盟約を守る限りは手出しは出来なかった。偶発的な事件で崩壊してくれたがね」
「いいねえ、偶発、偶然。そういうハプニングでサプライズが物語ってものさ」
「ええ、その通りね、店主」
“サバス・サバト”。邪神アティラを崇拝する、狂信者達。
いかなる行為も躊躇しないその性質から度々、この晩餐会の者達と衝突を繰り返している。
ついのこの間も、“血の盟約会”の“血白者”と交戦し痛み分けとなっていた。
「西ではキィラウア王国とフェイタル帝国がぶつかる気配だけど、あれはエルムがやったのかい?」
「そこは何もしておらんよ、フェイタルの意思じゃろう」
「あの国は私も種を撒いてあるからね、楽しみだなぁ」
木の仮面を被る店主は、内容に合わぬ明るい声で紅茶を口に含める。
「あら、あなたが種を撒いていない国なんてあるの? 店主?」
「さてね。ありとあらゆる事が種となるのだから、どうだろうね」
盟主が、そのまま話を進めていく。
「イルミディムの情勢は混沌としているな」
「もーあっちこっちに種を撒いたからね、褒めてくれていいよ?」
「ヒヒ。それで、儂らの目当ての遺物が見つかればいくらでも褒めてやるわい」
それまで静かに座るだけであったシスターが、その口を開いた。
「シスター達も舞台にあがってくれると盛り上がるねえ」
「やれやれ、困ったのう……。ただでさえカヌスア大陸のマルク帝国が来とるのに」
楽しむような店主とは逆に、枢機卿は溜息をつく。
「どんな結末になるのか、予測出来なくて楽しみじゃない?」
「お主と違い、儂や盟主には神経を使う厳しい地じゃよ、イルミディムは」
「どんな結末になろうと、貴様にとっては全て成功なのだからな。店主よ」
「ははは! 私は上手くいかなくてもいいからね。全て、全て、――そう、全て。等しく、等しく、物語さ」
恍惚とした声色で、店主は天を見つめていた。
周囲の者からは、また始まったと言わんばかりの視線を浴びる。
「その意味では、儂も願うばかりじゃな。安らぎを、平和を」
「つまり。全員介入、ということでよろしいかしら。……幻想の地へようこそ」
“星の幻想”は薄く笑みを浮かべる。
その表情は、来客を歓迎しているようにも、冷酷で無慈悲なようにも映り、掴みきれないものであったが、拒絶でない事だけは確かだ。
その幻想に対し、盟主はうんざりしたそぶりを見せた。
「私は巻き込まれるようなものだがね、レディ」
「互いが互いの思惑で勝手に動く、いつもの事じゃて……ヒヒヒ」
「要するにまあ、みんなでゲームってとこだねえ。盛り上げていこうじゃないの?」
ゲーム。黒幕達や陰謀家達の思惑が交差する勝利条件もバラバラな混沌のゲーム。
そう、皆の結論が出たところで、枢機卿が手を叩いた。
「さて、さて。これにて閉会としようか。喝采と晩餐をもって愉しもう」