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幸田露伴「あがりがま」現代語勝手訳(21)

 其 二十一


 浦和(うらわ)宿(じゅく)へ出るまでは慣れた道なので人に()かなくても行けたが、それから先は千住(せんじゅ)がどこにあるやら、どの道を行った方が近いのやらまるで分からない。人に訊くと、(はと)()から行くのがいいだろうと教えられ、その鳩が谷へ行くのには? と又尋ねると、根岸村から大谷場村(おおやばむら)までは聞くことが出来たが、そこから先は又そこで教えてもらえと、面倒がられて教えてはくれなかった。有り難うございますと、礼を言って別れ、それから途中何度か尋ね尋ね、大谷場までは行ったが、そこからは進めず、

「あの、鳩が谷へはどう行けば?」と、忙しげに稲を掛け乾している男に問えば、

真直(まっすぐ)に行けばいいさ」と、情も親切も無い棒のような返事。二度尋ねたら怒られそうなので、やむなく真直(まっすぐ)に行けば、たちまち突き当たって、左右どちらへ曲がればよいのか分からない。物乞(ものご)いと思われる鼠色の衣を着て尺八を吹きながら通りすがる男を呼びかけて、

「鳩が谷へはどう行けば?」と言うと、榮太郎をじろりと一目見ただけで、()()()()()()()()と吹く音を止めずに行ってしまわれた。

 ようやく一人の暇そうな婆様に尋ねれば、相当耳が遠く、(らち)が明かなかったが、辛うじて談話(はなし)が通じ、

「やれやれ、知らない道を遠いところまで行くものよのう。鳩が谷へはここを右に少し行くと行弘寺(ぎょうこうじ)というお寺がある。その直ぐ先を左へ斜方(すじかい)に大きい方の道を行き、突き当たって左へちょっと行って右へ折れ、氷川(ひかわ)(さま)のお(やしろ)の前の道をくねりながら沿って行って、用水の縁を通り越したら、真直(まっすぐ)にどこまでも辿(たど)り、辻になったところを過ぎて小溝を越して、道が(えだ)になるところへ出たら、右へと行きさえすれば、まずは大体鳩が谷へは行ける。鳩が谷から又千住に行くには草加へ出て行けば分かりやすいが、大分回り道になってしまう。第一、誰が教えたか、鳩が谷へ廻るのがよくない教え方だ。ムム、あんたは鹿手袋(しってぶくろ)の近所か、それならなおのこと、次からはもう(わらび)戸田(とだ)まで大道(おおみち)を通って、それから河に沿って千住へ出るのが好い」と、親切に教えられて心強く、教えられた通りに鳩が谷には出たが、それから又何度となく問いつ尋ねつしたが、知らない道に子どもの足でははかどらず、短い秋の日が傾く頃、やっと千住の宿(しゅく)の端までやって来た。


 以前聞いた扇面亭(せんめんてい)というのはどこにある。そこへさえ行けば、(ねえ)(さん)にも会うことが出来るだろうと思う気持ちで、意気込んで何度も問いかけ、ようやく見つけ出した扇面亭。アア嬉しい、此家(ここ)かと早足になって近づいてみると、焼杉板で外囲いした、骨のような細い木材で作られた家が正面に見え、硝子(ガラス)に『御料理』と書かれた瓦斯(がす)(とう)まがいの小さい行燈(あんどん)が門の上にかかっていた。

 客も全くいない様子で、遠慮することも無いけれど、知らない人の家を訪れるので、何となく怖いような気持ちを感じながら、おずおずと進み入った。出てくる人はいないのかと見廻すが、人は見えない。やむなく「ごめんください」と、三、四度声がけをすると、内から、

「誰だえ、そこを開けもしないで」と言いながら、人が板の間を歩いてこちらへやって来る音がする。

「ごめんください」と、榮太郎が腰を屈めて外から障子を開けようとする時、内からもまた引き開けられ、車の付いた障子だったので、音を立てて急に開き、無作法にも靴脱ぎにも下りず、及び腰をして女が開けたのが眼に入った。

 榮太郎の前に立ったのは、二十二、三の肥った、首を純白(まっしろ)に塗り上げた下品な女。しかも薄いぺらんぺらんの着物を身に(まと)って、細帯だけをした血色の悪い女であった。


つづく

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