幸田露伴「あがりがま」現代語勝手訳(10)
其 十
言おうとして口を噤んだ宗安の言葉の様子からして、つまりは面白くないものだとは察せられたが、右を向いても左を向いても進むべき路も無い今、ただ一条、行くべき路があるのならと、おこのはどんなことなのかと聞きたくもなり、表情も少しばかり和らげて、
「私も助かり、あなたにも都合の好くなるというのはどんなものでございましょうか。どうにもこうにも動きの取れない女一人に子ども一人の今の私に出来ることなら、苦しいことでも厭いませんが、何故聞かせては下さらないのか。話を仕掛けて途中で無益だろうと止めずに、一応言ってみて下さい。聞いた上での私の判断ではございませんか、宗安殿」と言えば、宗安、鼻の端を少し皺めてせせら笑い、
「聞いた上での私の判断? フッ、一人前のことを言うではないか。何も小癪なことを言わなくても好いわ。そのお考えに従います、どうかよろしくお願いいたします宗安殿と、言うのなら聞かせてやらないでもないが」と、あくまでも恩着せがましい言い草。おこのはとにかく聞こうとして笑みを含んで、
「先ずそれなら、そのお考えにつくものとして、宗安殿、どうかお教え下さいませ」と、下から出れば、いよいよ高慢になり、
「ムム、先ずという言葉だけが何だか少し妙だがな、それ程言うなら聞かせてやろう。苦しいことでも何でもない。この考えにつきさえすれば、テメエも浮き上がろうというもの。今の苦労に引き換えて、滑りもしそうな備後表の畳の上に、お蚕様でこしらえた絹でもって身を包み、しゃんと構えていられるというものだ。他でも無いが、あの勇造殿、嬶には三年前に死なれて、田地田畑に何一つ不足はないが、老い朽ちた歳でもないのに独り者。どうやらテメエに気がある様子で、何かにつけてはテメエのために力も出せば金も出し、テメエのことを言うときは眼を鯨にして、耳を兎にするのは傍から見ても可笑しい程だ。きっとテメエも馴れ合いで男を持っての粋の果て、大方察していることだろうが、ちょっと頑張って若やいで、あの勇造殿に縁づかないか? この我様が口を利けば、先方はもとより二つ返事、それはまず、間違いない。どうだ、そうすれば、我は薬代も取れるし、その上、祝儀ももらえる。テメエは一日、夜昼かけて果てなく廻す紡車で鼻の孔まで綿の塵で埋めて、あくせく稼いでも、たかが五百か一貫しか稼げない地道な労働をするよりはよっぽど身体も楽で、思い通りの目が出ようというものだ。玉なら磨けばいいじゃねえか。せっかくの美貌を埋めて、垢の中から顔を出しているのは、あまりに冴えない業ってものよ。亭主が死ねば、二度目の縁をどこからだっても批難されるものか。位牌が出刃を振り廻しはしまいし、今じゃ信女(*在家の女性の仏教信者)は『朱を入れないで白粉つける』というのが流行だわ。な、そうしなせえ、そうしなせえ。悪いようにはしてやらないわ」と、言い募って説きつける。
なるほどそういうことかと、思い当たる節があったのか、おこのは怒りで身も慄い、
「エエ、汚らわしい。いい歳をした婆をつかまえて再縁呼ばわり。ことさら人も他に有ろうというのに、勇造殿とは縁者、そんな戯けたことが出来ようか。エエ、無益なこと。もう聞きません」と、キッパリ言えば、弾かれて、宗安、頭に来たのか、膝立て直し、
「よしよし、そんならそれはよいが、我の薬代はどうしてくれる。さあ、たった今、払ってくれるか、それとも薬をここへ出してくれるか、さあさあどうだ。愚図愚図するな」と、追い詰められ、次から次へと責め立てられて、心もしどろ、気も乱れるばかり。どうしていいやら、泣くばかりのところ、戸外の方から声がして、
「その薬代は我がやる。宗安、待て」と言いながら、ずっと入り込んできた大きな男。誰かと見れば、鬼銘仙の生命知らずという綿入れ、香玉とか呼ぶ地太(*織り地の糸の太いもの)の羽織で、足響かせて、のさりのさりと幅をきかせて歩いてくるのは、今話のあった、見るからに憎い勇造であった。
つづく




