第19話 彼女は驚く③
私は<青い鳥>に着くと、まず初めに『バニィの肉』15個を売り払いました。
状態が新鮮ではないので、若干買い取り金額が下がって計150ギラー。
ふと今更ながら思いついたのですが。
よくよく考えてみると、ブロック状の肉なので確実にキロ単位はあるはずなのです。15キロ以上の負荷が掛かってもビクともしない背負い袋(大)の生地は相当丈夫なものですね。
触った感じでは、何かの毛皮をなめしたモノです。耐久性は何十キロまでなのでしょう?
そんなことを思いながら、目の前に浮かぶ文字をつついて――『取引』から『買い取り金額を聞く』を選択します。
体の操作権が私からルーシェリカさんに移行して。
彼女は昨日の収穫アイテムを1つずつ取り出すと、カウンターに並べました。
「むむ!? こ、これは――!!」
グレーテルさんが眼鏡の縁を持ち上げると、その瓶底のようなレンズがキラーンと一瞬光りました。
まさか、実際に眼鏡フラッシュを拝むことになるとは思ってもいませんでしたよ。
変なことで感心する私をよそに、グレーテルさんは白い手袋に包まれた両手でニセフラワキノコを掲げるように持ち上げます。
「こ、これはキノコ愛好家の憧れ! ニセフラワキノコ! しかも、獣に齧られた後がないなんて!」
慄くように叫ぶグレーテルさんは、よく見るとニセフラワキノコを持ちながら全身を小刻みに震わせていました。お下げにした黒髪も、彼女の動きに合わせて微妙に揺れています。
この反応……もしかして、相当な珍品なのでしょうか?
確かに、ジェラールは養殖不可能で高いと言っていましたけど。
グレーテルさんは非常に熱のこもった様子で、ニセフラワキノコをいろんな角度で眺め、微妙に笑いながらブツブツと何かを呟いています。
ハッキリ言って、今まで接していた人当たりのいいグレーテルさんとはかけ離れた様子です。要するに、一見して怪しいヒト状態。
「あのぅ?」
「――はっ!?」
ルーシェリカさんが戸惑ったように声をかけると、グレーテルさんは大きくビクつきました。ビビり過ぎです。
一瞬で口元に浮かんでいた笑みが消え、仕切り直しとでもいうようにコホンと空咳を1つ。
「お客様。失礼しました……わたし、昔からキノコの類に目がなくて。ついつい夢中に」
なるほど。
グレーテルさんは実に名残惜しそうな顔でニセフラワキノコをカウンターの上に置くと、大きなそろばんを取り出して、それぞれのアイテム1個当たりの引き取り値段を順番に示してくれました。
レイニドールでは薬草と呼ばれる類の植物は価値が高いのでしょう。
ニセフラワキノコ以外、1個当たり100ギラー前後で買い取ってくれるとのこと。
その除外されたニセフラワキノコですが、なんと5000ギラーで買い取ってくれるそうです。
「本来は1000ギラーと言いたいところなのですが、ニセフラワキノコは市場の方にもなかなか出回りませんし、商売で使うより私個人で食べたい。なので、これは現時点での店頭価格です」
お弁当の値段から食料品の物価を考えるに、1ギラー=10円。つまり、日本円で考えると約5万です。マツタケ以上ですね。
凄いです、ニセフラワキノコ。
そんなに美味しいんでしょうか?
どうにも気になるので、今度手に入ったら少しだけ味見してみることにします。
ルーシェリカさんに私の存在を気付かせないように、端っこの方をちょこっとだけ。
よし。ニセフラワキノコだけ売りましょう。
失敗も特にしなかったので、ちょうど5個。25000ギラーげっとですよ。
他はアイテム依頼が出る可能性を考えて、キープ。売りません。
「他にもキノコ類を入手された場合、是非当店の方へおいでください。希少なモノや一風変わったモノは店頭価格で引き取らせていただきます」
キノコ愛好家というよりキノコマニアかもしれないグレーテルさんの目つきにちょっとひきましたが、情報自体は良いものです。
キノコは高く売れると覚えておかなくては。
うっかり空いた時間をどうすべきか。
しばらく考え込み、私は王城へ戻りました。
自室について動けるようになるや、机に近づいて、浮かび上がる選択肢の中から『図鑑を見る』をつっつきます。
「セルマとまともに話せるようになるヒントが載ってるといいけど……」
そう。
目的は人物図鑑。
現時点でまだ8日目ですから、セルマの懐柔が進んでいなくても焦る必要はないでしょう。
せっかくの空き時間です。
一番友好度の低そうなセルマに会いに行くことにしました。
でも、前もって少しでも情報を知っていた方が、ルーシェリカさんの知識にある選択肢が出た場合、迷わなくて済むかもしれませんからね。
シャールさんのように、読まなくても特にコレといって重要じゃないという結果になるかもしれませんが、チェックするのですよ。
私はそこまでの期待は持たずに、人物図鑑を手にとって椅子に座り――顔を引き攣らせるという結果になりました。
『セルマ(19)
身長163c/体重48k
髪色 灰/瞳の色 青紫
本名不明。
出身は王都から100キロほど離れた寒村。
幼少期の頃、有り余る魔力をたびたび暴発させ、周囲に被害をもたらしていた。
10年前、当時第3王子であった定期討伐中のシュダァに偶然暴発しているところを発見され、王都まで連れてこられる。
以後、弟子として魔力制御を徹底的に教え込まれたため暴発はしていないらしいが、よくシュダァに叱られているのを目撃されている』
……私が驚いたところは、幼少の頃のセルマが周囲の人間から疎まれていたっぽいと深読み出来そうなところではなく、シュダァ様のくだりです。
当時第3王子――つまり、今は王弟ということですよ。
ご主人様にとって、父方の叔父の片割れです。
次代の国王の座をめぐる競争相手の1人。
よくよく思い返してみると、ミハイル王子が何気に王弟は加護持ちだって言っていました。
でも。
さすがにまさか、最高位の魔導師だなんて考えもしませんでしたよ。
王弟が導師で、第1王子は騎士よりも強い――レイニドール王家は、戦闘能力が高い人間が生まれやすい家系なのでしょうか?
そんなことを思いつつ、私は確認のためにシュダァ様のページも読むことにしました。
『シュダァ(34)
髪色 金茶/瞳の色 蒼
身長187c/体重75k
本名、シュライゼルン・ダルシア・カルラド。
現国王ブライアンの即位と共に臣籍と公爵位を得たため、現在ではレイニドール姓を名乗ることはないものの、先王の三男で末子であり、王弟。
宮廷魔導師最強で、100年に1人の天才と名高い。
セルマを容赦なく指導しているのが度々目撃されているが、たまにナタリー王女がお茶へ招いた時の様子を観察するに、普段は至って穏やかな人柄であるらしい』
……あれ?
ご主人様が時々お茶に呼ぶってことは、それなりに2人の仲が良いということで。
国王様が何歳なのか私は分かりませんが、レディ・マクスリールの年齢から考えてみると、若くても40歳前後でしょう。
王侯貴族は基本的に早婚ですが、何か理由があるのかエドガー様(22)はまだ独身のようなので、10代で結婚していない可能性も充分あり。
50歳を越えていてもおかしくないです。
基本的に王位継承権というものは、現王に連なる血筋から選ばれ、血の濃さや年齢や親族の身分が高さを考慮して与えられます。
現時点で分かっている順位は、ご主人様>エドガー様です。
書いていないので詳細は分かりませんが、シュダァ様の御生母の出自はそこまで低くないと思います。
低かった場合、使用人の間でも有名でしょうからルーシェリカさんも知っている――つまり、そう書いてあるハズ。
国王様の年齢によっては同母の可能性もなくはないので、シュダァ様の方がご主人様より上位である可能性が充分あります。
それなのに。
王位を狙うご主人様はエドガー様をライバルだと判断していますが、シュダァ様のことは口に出しませんでした。
もしかして。
シュダァ様は王位に興味ない人か、ご主人様の味方なのでしょうか?
……情報が少な過ぎて、これだけでは確定に出来ませんね。
ただ単に、ご主人様が個人的にシュダァ様を叔父として慕っている可能性も否定出来ませんから。
セルマの情報を得ようとして、別の問題が発覚してしまいましたが、私は最初考えたように『セルマを探す』を選びました。
昼と夕の2回、セルマに会いに行った時の状態から判断するに、朝(午前中)は宮廷魔導師としての職務、昼以降は修行の時間っぽいです。
多分、ルーシェリカさんは休憩時間を見計らっているでしょうけど、職務中に会いに行くとどんな反応されるでしょうか?
シュダァ様に叱られているところに遭遇するよりは心臓に悪くないだろうと考えていると、ルーシェリカさんの足が止まりました。
私が考え込んでいるうちに、西の塔へ到着したようです。
西の塔の出入口は開け放たれていて、扉を叩く必要がありません。
ルーシェリカさんは目的であるセルマを探しながら、休憩時間らしく同僚と会話を楽しむ魔導師達の傍を静かに通り過ぎていきます。
目的人物セルマは、休憩スペースと思わしきソファーに座っていました。
それだけなら、ああここで休憩中なんだ――と、考えるだけで済んだでしょう。
しかし、違いました。
セルマは1人ではありません。
とても不思議そうな顔をして、対面のソファーに座っている白金のような色合いの銀髪と茶色の瞳を持った男性を眺めています。
いえ、それは正しくないでしょう。
正確に言うと、セルマの眼差しは男性の頭に注がれていますから。
プラチナブロンド自体、貴族も多く務めているこのレイニドール王城内で、珍しい色合いではありません。
でも、この男性。
眉が茶色なので、明らかに生来の色でないと分かります。
顔に皺がなく、肌の様子も若々しいのでまだ20代。年齢のせいで色が抜けたというわけではありません。
そもそも白髪と違って、銀髪は光沢がありますから。
私は、初めてこの男性に遭遇した時に確信しました。
この人、カツラだと。
何故そんな確信をしたかというと、この男性の髪形が音楽室にある何人かの肖像画そっくりのくるくる縦巻きだからですよ。
あの時代のヨーロッパはノミ・シラミが大流行して、衛生状態を保つために自毛を短く剃り、人毛を編んだカツラを使用するのが一般化してました。
流行が収まって生活環境が改善されても、その習慣が残って正装の一部であり、装飾品としての面でカツラ着用の習慣が残っていたらしいです。
カツラ=正装になってから、権威を嫌って自毛を貫いたベートヴェン辺りまで、音楽家の肖像画はもとより、あの時代の設定である映画などで登場人物が似たような髪型をしているのは、カツラ着用だから。
もしかしたら、この男性――宮廷画家カミルは自毛を銀色に染め変えて、毎日頑張ってセットしているのかもしれませんが、私の中ではカツラ装着確定です。
あの髪形=カツラという思考になっているせいですよ。
カミルが外見的に一番似ているのはモーツァルト(青年期肖像画)ですね。耳の上の辺りでくるくるが二束ありますし、男性にしては小柄なのも共通してますから。
そのカミルは自分の頭を見つめるセルマに気付いた様子もなく、大仰な身振りで何かを言っています。
休憩時間とあってか、周囲が好き勝手に話しているので、何を言っているのか聞き取れません。
何を話しているんだろうと思いながら眺めていると、不意に、胸に白手袋をした右手を当てて左手のひらを天に向けたポーズのまま、周囲を見渡すように目を向けたカミルと目が合いました。
カミルはセルマに何事か告げると、そのままこちら――ルーシェリカさんに向かって近づいてきます。
「――おお! やはり、救い主殿。このようなところで遭遇するとは、なんと奇遇な」
オペラ歌手のように朗々と響く声で、カミルは声をかけてきました。
「お元気になられたようでなによりです、カミル様。
以前にもお伝えしましたが、倒れている貴方を最初に発見したのは私ではありません。真に貴方の救い主たるはミハイル殿下です」
カミルは夢中になると寝食を忘れる悪癖があるらしく、遭遇イベントで行き倒れていたのは睡眠不足による疲労と空腹で動けなくなっていたからでした。
確かに発見が遅ければ危険な状態だったらしいのですが、お礼(小さな風景画)はちゃんと受け取りましたし、救い主とまで呼ばれるのは大袈裟過ぎて、むず痒いのでしょう。
ルーシェリカさんはキッパリとした口調で否定します。
「話は代わりますが、カミル様は何故このような場所にいらっしゃるのですか?」
「ああ、カルラド公の代官から公爵の肖像画依頼を受けていてね。公爵ご本人は何か用があって外出なされているようだから、弟子であるセルマ嬢にその件を伝えてくれるよう話をしていた」
一瞬、カルラド公って誰かと思いましたが、シュダァ様のことですね。
それなら、カミルがここに居るのも納得出来る理由です。
「そういう貴女は王女殿下の命で、西の塔に?」
「ええ」
「――それでは、ここで引き留めるのは貴女に悪いね。とても名残惜しいが、このまま失礼するとしよう」
ご主人様の用事と否定しなかったからでしょう。
カミルは割とあっさりした様子で立ち去りました。
その後ろ姿を見送ると、気を取り直したようにルーシェリカさんは進み――
「あれ~? メイド長さん。最近よく見かけるけど、私に用事?」
休憩スペースから出て来たセルマに声を掛けられました。
あの場所から出て来たってことは、もしかして、休憩時間が終わってしまったということでしょうか?
「はい。セルマ様に提案したいことがあって、訪ねたのですが……」
「ん~……それって急ぎ? 今すぐじゃなきゃダメ?」
セルマはこてんと首を傾げ、覗き込むようにして真っ直ぐ目を見て聞いてきます。
そういう風に聞いてくるってことは、やっぱり休憩時間が終わったか、もうすぐ終わるという感じなのでしょう。
短時間ですが、カミルに話しかけられた分で時間をロスしたということですね。
「いいえ。急ぎというわけではありません。私個人のものですから」
「そうなの? じゃ、また今度にしてくれないかな。師匠が居なかったせいで、朝から何時間も画家さんと話してて、今日の分の仕事が手つかずで溜まってるの~」
「分かりました。では、また後日出直します」
……ルーシェリカさんとセルマは、間が悪いといいますか。
なかなか交友が進みにくいようです。
他のサイトめぐりで読み専していたため、少し間が空いてしまいました。
お待たせして申し訳ないです。