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お買い物

「まずはパソコンを買うところからね」

「ああ、そうだな」

 休日の午前。炎代親子――譲治と祐奈――は、大型家電量販店に来ている。

 二人とも私服姿。譲治が有名なミュージシャンで、収入が多いからといって、高級な服に身を包んでいるわけではない。

 ただ、譲治は人に気付かれないようにするためか、サングラスを掛けている。


 現役女子高生でありながらD社での仕事――譲治が作成した曲のデータ化及び作曲――に採用された祐奈。

 現在、炎代家でパソコンを扱える者は、祐奈のみ。

 譲治が曲を作成して、それをデータ化、という作業の繰り返しでは、効率が悪い。

 データ化の度に、このパートはこういう音ではない、このパートが目立ちすぎる、あるいは目立っていない等々……譲治から文句を言われていたのでは、終わるものも終わらないだろう。

 そこで、譲治が作った曲については、原則として譲治自身がデータ化する事にしたのだ。

 最初の内は、祐奈がデータ化するが、譲治がパソコンに慣れてきたら彼自身がデータ化する予定だ。

 親子で話し合って、このような方針にした。


 今、二人がいるのは、パソコンを扱っているフロア。周囲を見渡すと、あちこちに様々なパソコンが置かれている。

「どれがいいのか、わからんな」

「基本スペックが高めで、余計なものが無いのがいいわね。ソフトウェアシンセサイザーをいくつも動かすならCPUの性能が高い方がいいし、それに沢山の音を収録したサンプラータイプのソフトウェアシンセサイザーを入れたり、wavファイルをいくつも作ったりする事があるから、ストレージ容量は大きい方がいい。後、軽快な動作にするためにメモリも大きい方がいい」

「はあ……」

 祐奈の話を聞いた譲治は、困惑したような表情をしている。祐奈の話を飲み込もうにも消化不良を起こしているようだ。

 ――わたしが選ぶしかないわね。

「これなんかどうかしら」

 祐奈は陳列台の上にあるタワー型デスクトップパソコンを指差した。基本スペックが高く、余計なソフトがあまり入っていないタイプだが、それでも文書作成ソフトや表計算ソフトは入っており、事務的な仕事もこなすことができる。シンプルな分、スペックの割に値段は高くない。

「……大きいな。運ぶのがきつそうだし、配線するのも面倒臭そうだ。祐奈が使ってるようなやつじゃダメなのか? 現に祐奈はそれで曲を作ってるじゃないか」

 祐奈が使ってるようなやつとは、ノートパソコンの事である。

「別にいいと思うけど。ただ、こっちの方が拡張性があるから、仕事でバリバリ使うなら、こういうのがいいかなと思って。例えば、データがいっぱいになった時にストレージを増設するという事もできるし」

「……祐奈、もしお前のパソコンでそうなったらどうする?」

「外付けのストレージを買ってきて、そっちに移動する」

「……そうか。お前が使ってるようなのにする」

「わかったわ」

 二人は同フロア内を、物色しながら歩いて移動する。


 二人はノートパソコンがいくつも陳列されているコーナーに来た。

「こういうのはどうかしら」

 祐奈が指差したのは16インチのノートパソコン。基本スペック高めで、先程のパソコンのノート版といえるものだ。事務的な仕事はもちろん、動画編集も充分こなせる。楽曲作成の用途にも十分対応できるだろう。

「祐奈のと似てるな。これにするか」

「じゃ、決まりね。すいません、店員さ~ん! これください」

 祐奈が声を掛けると、店員が二人の所にやって来て、品物を確認すると、陳列台の扉を開き、そこからダンボール箱を取り出した。

 ダンボール箱の中には、祐奈が示したノートパソコンと同じものが入っている。

 二人は店員と共にカウンターに行き、決済を済ませた。


 ノートパソコンが入っているダンボール箱はPPバンドでくくられ、プラスチック製の取っ手が付けられた。

 今、その取っ手は譲治の手に握られている。

「次はオーディオインターフェースとDAWソフト、MIDIキーボード、MIDIギターね」

 二人はエスカレーターに向かって歩き出す。


 エスカレーターから降りた二人は、オーディオ製品のフロア内を歩いている。

「このフロアにオーディオインターフェースがあると思うんだけど……あっちの方かな」

 祐奈は目的の製品があると思われる所目掛けて歩いていき、譲治はその後を追う。

「あった」

 祐奈の近くには、いくつものオーディオインターフェースが陳列されている。どれも箱のような形状だが、端子やつまみの数が異なり、大きさも違う。

「祐奈よ」

「何? お父さん」

「これ、何のために使うんだ?」

「録音するために決まっているでしょ。これを使う事によって、マイクや電子楽器を接続できるようになるの。パソコンにもマイクやマイク入力端子が付いていたりするけど、それだと音質がダメで話しにならない」

「……なるほど」

「それと、もう一つ」

「他にもあるのか?」

 譲治は怪訝そうな顔をして尋ねる。


「レイテンシーの改善よ」

「レイテンシー? 何だそれは?」

「レイテンシーとは遅延の事。オーディオインターフェースを使わずにソフトウェアシンセサイザーを弾くと、音が遅れてしまうの。打ち込み方法の一つに、リアルタイム入力という、自分で弾きながら入力する方法があるけど、これじゃ、まともにできない。でも、オーディオインターフェースを使えば、この問題が解決するの。お父さんも見た事あるでしょ、わたしがDAWソフト使ってる時にソフトウェアシンセサイザーを立ち上げて、それを弾いて入力してるとこ」

「あれ、ソフトウェアシンセサイザーというやつの音だったのか。俺は、てっきりシンセサイザー本体の音かと思ってたぞ」

 ソフトウェアシンセサイザーとは、パソコンをシンセサイザーとして扱えるようにするソフトウェアの事である。

 以前、譲治は、祐奈が作曲しているところを見せてもらった事がある。

 祐奈がシンセサイザーの鍵盤(・・・・・・・・・・)を叩きながら音を出していた場面。

 その時に聴いたやたらと太い電子音、チューニングがわずかにずれた音がいくつも重なったような派手な音、これらはソフトウェアシンセサイザーの音だったのだ。

 祐奈が持つ――ハードウェア――シンセサイザーは、MIDIキーボードとしての役割はもちろん、オーディオインターフェースの役割も果たす。だから、このような事もできるのだ。


「それじゃ、あの鍵盤付きのシンセサイザーは? あれも音を出せるはずだが……」

「ソフトウェアシンセサイザーと併用してるわ。あれはあれで、いい音が出るし。ついでに言うと、学校に持っていって、部活でも使っているわ。ライブ演奏にうってつけだし」

 あのシンセサイザーはそんなに重くない。専用のケースに入れて持っていく事ができるので、祐奈は学校に持っていって、軽音楽部の活動でも使っている。

「わかった」

 あの――ハードウェア――シンセサイザーの音は、無駄になっていない。その事を知った譲治は、安堵あんどしたような表情になった。

「さて、お父さんが使うオーディオインターフェースだけど、Hi-Zへの対応は必須条件ね。エレキギターの音、録音したいでしょ。Hi-Zに対応したものでないと、エレキギターを接続できないし。それと、オーディオ入出力は複数あった方がいいかも。マイクや楽器を複数接続したくなる事が、あるかもしれないし。後、電子楽器のためにMIDI接続端子も欲しいかな。これらの条件を満たすのは……」

 Hi-Zとは高インピーダンスの事である。エレキギターの出力インピーダンスは高いため、普通の入力端子では適切に音を受け取る事ができないのだ。

 ――俺も音楽で飯を食ってる身だし、いいものを選ぶべきなんだろうな。

 譲治は考え事をしながら陳列されているオーディオインターフェース類を眺めている。


「これなんか、いいんじゃないかな」

 祐奈が示したものは、他よりも大きめで端子が多いものだ。高機能な上、品質も良さげだ。

「そうだな」

 ――他のよりも値段が高いけど、まあいいか。

 譲治は購入を決めた。

 譜面は手書き、自分で録音する時はマルチトラックレコーダー、打ち込みはメンバーの水洗にまかせ、本番のレコーディングはサウンドエンジニアにまかせてきた。

 なので、この手のものに疎い彼は、機材選びについて祐奈に全幅の信頼を寄せる事にした。


 オーディオインターフェース購入後も、二人は同じフロアを歩いて回った。

 このフロアでは電子楽器も販売されているが、それらはいずれも電子ピアノやファミリーキーボードの類である。

 ものによっては、これからの譲治の仕事に使えなくもないかもしれないが、そういうものは余計な機能が付いていたり、無駄に大きかったりで、二人が求めているものではなかった。

「MIDIキーボードとMIDIギターは楽器店で購入かな。それよりもソフトウェアのコーナーに行きましょう」

 二人はエスカレーターに向かった。


 二人はソフトウェアのコーナーにてDAWソフトを探している。

「ここに何種類かあるけど、わたしが使っているのと同じのでいいかな」

「ああ、それがいいな」

 祐奈と同じものを使えば、彼女からの様々なノウハウを活かしやすい。

 祐奈が使っているDAWソフトは、様々な方法――自分の手による演奏をそのまま反映、譜面に入力、ピアノロールに入力、演奏データのリストに音階や数値を入力等――で演奏データを入力でき、同梱されたソフトウェアシンセサイザーは、パソコンの性能が許す限りいくらでも使用可能、録音についても多重録音し放題というものだ。

 ちなみに、このDAWソフトも水洗に選んでもらったものだ。


 譲治の手は塞がっている。片手には取っ手付きダンボール箱、もう片方の手には手提げ紙袋。中には、この店で購入したものが入っている。

 これ以上、この店で買うものはないと判断した二人は、駐車場に向かった。

 車のラゲッジに荷物を入れ、二人は車に乗って、大型家電量販店を後にする。



 楽器店に来た二人は、店内を眺めまわりながら歩いている。

「これはこれは……目移りしてしまうな」

「お父さん、目的のものは、ここには無いよ」

「わかったよ。でもな……」

 壁には様々なエレキギターが掛けられている。それぞれのボディの色や形は異なっていて、変化に富んでいる。

 ギタリストである譲治にとっては、見ているだけでも楽しい。


 様々なギターを堪能――見ていただけ――した後、二人は電子楽器売り場に来た。

「あったあった」

 祐奈の視線を追うと、様々なMIDIキーボードが陳列されているのが、見て取れる。

 鍵盤の数が多いもの、少ないもの、普通の鍵盤のもの、小さい鍵盤のもの、鍵盤がボタン状になっているもの等々、色々ある。

 これらのMIDIキーボードは、単体だと音が鳴らないものがほとんどである。

 主な用途は楽曲の打ち込み。パソコンやオーディオインターフェースに接続して使う。鍵盤を弾いて、ありのままの演奏を入力したり、押した鍵盤の音を指定した音符で入力――ステップ入力――したりして、楽曲を打ち込む。

「お父さんは、どれくらい弾けるの?」

「片手でメロディーを弾いたり、和音を鳴らしたりできる程度かな。お前や母さんのように両手で弾く事はできん」

 祐奈は話を聞きながら、譲治の手を見つめている。

 ――わたしの手よりも大きいな。

「だったら、これでいいんじゃないかな」

 祐奈が指差したのは、標準的な大きさの鍵盤が三十七個あるものだ。標準鍵とはいえ、鍵盤数は多くないので、そんなに場所は取らない。

 譲治は購入する事にした。


「今度はMIDIギターね。あるかしら……」

 MIDIギターとは、MIDIキーボードのギター版である。

 祐奈は辺りを眺め回す。

「あった!」

 視線の先に、ギターのようなものがいくつか陳列されている。

 しかし、それらはギターとしては珍妙な形状をしている。

 ボディの片側が枠状になったもの、ボディがやたら小さいもの、ヘッドの部分が非常に小さいもの等……通常のギターでは見られない形である。

「奇天烈な形してるな……」

 譲治が独り言をこぼした。

「どれがいいかしら。わたしでは判断しかねるわね」

「試奏できないかな」

「そうね。試奏してみて気に入ったものでいいんじゃないかしら」

「ああ、そうだな。すいません! これいくつか弾かせてもらえませんか?」

 譲治は店員に声を掛け、いくつか試奏してから弾き心地の良いものを選んだ。



 入手すべきものを一式購入した二人は、楽器店を後にし、ファミリーレストランで食事してから帰宅した。

 今回、オーディオケーブル類やスピーカー等は、購入しなかった。なぜなら、家にいくつも転がっているため、購入する必要がないと考えたからだ。



 帰宅した二人は、譲治のスタジオと言うべき部屋に、購入したものを運んだ。

 ――相変わらず散らかってるわね。転んだら怪我しそう。

 床の上には、ケーブルやスピーカー、諸々のエフェクター類――音に潤いを与えたり、ひずませて過激なものにしたりする等、音に様々な効果を与える――等の細々《こまごま》とした機材が散らかっている。

 二人はダンボール箱を開梱かいこんし、中からノートパソコンを取り出した。

 取り出したノートパソコンを机の上に置き、AC/DCアダプターでコンセントと接続。電源ボタンを押して起動する。

「お父さん、これからセットアップを始めるから、一緒にやりましょう」

「わかった」

 祐奈主導でセットアップを開始する。

 パソコンは譲治のものなので、当たり前だが、アカウントは譲治のものとして設定。

 インターネット接続は、Wi-Fi接続にした。電波は十分届いている。

 この家ではWi-Fiを使う事ができる。祐奈の頼みでインターネット環境を導入した際、Wi-Fiルーターや中継機を設置したのだ。

 パソコンにデスクトップ画面が表示された後、祐奈はプロバイダにアクセスし、新しいメールアドレスを取得した。

 そのメールアドレスを使って、メールソフトの設定を行う。

「これで、メールを使えるわ。このメールアドレス、お父さんのものよ」

 祐奈は譲治のために取得したメールアドレスを見せつけた。

「わかった」

 こうしてセットアップは終わった。

 この後、祐奈は譲治にパソコンの基本操作を教えた。


「お父さん」

「何だ?」

「曲、作ったんでしょ。楽譜貸して」

「わかった。ちょっと待ってろ」

 譲治は机の引き出しから楽譜を取り出して、それを祐奈に渡した。

「わたしはこれを打ち込んでくるから、その間、お父さんはパソコンを適当に動かしといて」

「適当に動かしてどうするんだ? それと、パソコン以外に買った機材は?」

「適当に動かしてどうするかって? パソコンに慣れるのよ。機材の接続や、ソフトのインストールは、それから」

「そういう事か。わかった」

「それじゃ、わたしは自分の部屋にいるから、わからない事があったら、聞きに来て」

「ああ」

 祐奈はスタジオから出て、自分の部屋に向かっていった。


 譲治はパソコンとにらめっこしている。

「……ところで、インターネットって、どうやればできるんだっけ?」

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