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祐奈の面接

 炎代親子はD社に到着した。

「すみません、炎代と申します。娘の面接のために、ここに来ました」

 門の所で車を一時的に停めた譲治は、守衛に用件を伝えた。

「どうぞ、あちらに駐車してください」

「わかりました」

 譲治は守衛が手振りで示した駐車場に車を駐めた。

 車から降りた譲治と祐奈は、D社の中に入っていく。


「失礼します」

 祐奈と共にD社に入った譲治は――する必要はないのだが――謙虚な声で挨拶をした。

 出入り口付近に電話機があるので、譲治は受話器を取り、内線電話をかける。

「もしもし、炎代と申します。ただいま参りました」

『応接室にご案内いたしますので、少々お待ちください』

 電話でのやり取りが終わると、すぐに事務服姿の若い女性が、二人の前にやって来た。

 地味で大人しそうな印象の女性だが、化粧をしているためか、結構美しく見える。

 女性は譲治の姿を見ると、声にならない程度の嬌声きょうせいを上げたが、微笑みを浮かべつつ社会人らしく応対する。

「炎代譲治様と炎代祐奈様でいらっしゃりますね。あちらへどうぞ」

 炎代親子を応接室に案内する女性は、総務部の下総。今年配属されたばかりの新人である。


 親子が案内された応接室。床にはグレーの絨毯が敷かれている。中央には木製のテーブルがあり、それを挟むようにしてソファーと肘掛椅子が置かれている。

 親子は上座であるソファーに座らされた。

「ただいま、菊軽と椎尾を呼んできますので、しばらくお待ちください」

 下総は応接室から出ていき、菊軽と椎尾格樹を呼びに行った。

「相変わらずふかふかだな、このソファー」

「ほんと、ふかふか~」

 親子はソファーに腰を沈めながら待ち続ける。



 デスク上の電話機から着信音が聞こえたので、格樹は受話器を取った。

『すみません、総務の下総ですけど、格樹さんですか?』

「はい」

『炎代譲治様と祐奈様が、お見えになりまして、今、応接室でお待ちになっています』

「わかった。菊軽部長と共にそちらに行く」

『わかりました。お二人に申し伝えます』

「では、よろしく」

『はい』

 格樹は下総とのやり取りを終えると、席から立ち上がった。

 彼はデスクの引き出しからノートパソコンを取り出し、菊軽の席に向かう。

「部長、炎代親子が来ました」

「わかりました」

 菊軽が席から立ち上がると、二人は応接室に向かった。



「失礼します」

 格樹は菊軽と共に応接室に入った。

 そこでは中年男性と女子高生がソファーに腰掛けていた。炎代親子である。

 中年男性――譲治――は、頭髪を整髪料で固めており、口元に髭を生やしている。目つきはやや鋭い。凛々(りり)しい顔つきをしている。

 女子高生――祐奈――は、制服姿。制服はブレザーで、面接を意識しているのかどうかは知らないが、きちんと着こなしている。髪の長さはミディアム。目はくりっとしていて、鼻の形は整っている。

 ――ほう、結構な美少女ではないか。

 祐奈の姿を見て、格樹はそう思った。

 格樹と菊軽は、炎代親子と向かい合うようにして肘掛椅子に座った。


 格樹はテーブルの上に一枚の紙とノートパソコンを置いた。

 格樹は紙を広げる。祐奈の履歴書である。

 そして、ノートパソコンを開いて立ち上げる。

「譲治さん」

「はい」

「そちらのお嬢様が、炎代祐奈様ですね」

「はい、そうです」

「炎代祐奈と申します。よろしくお願いします」

 祐奈がそう言って頭を下げると、格樹も「ディスクリミネーションソフトの椎尾格樹です。よろしくお願いします」と言って、頭を下げた。

「それでは、祐奈さん」

「はい」

「自己紹介をお願いします」

「はい、井屋崎東いやさきひがし高校音楽科二年の炎代祐奈です。軽音楽部に所属しています。趣味は作曲で、作った曲を動画サイトに投稿しています。よろしくお願いします」

 祐奈は、はきはきとした口調で自己紹介をした。

 ――動画サイトに投稿か。これは期待できそうだ。

 格樹がうれしそうな顔をする一方、譲治は少しばかり驚いたような顔をしている。

 どうやら譲治は、娘が動画サイトに投稿している事を、初めて知ったらしい。


「動画サイトに投稿しているのですか。それでは、見せていただけないでしょうか」

 格樹は祐奈にノートパソコンを差し向けた。

 祐奈はノートパソコンを操作して、自分が投稿した動画にアクセスした。

「これです」

 祐奈は全員が見えるようノートパソコンの向きを変えた。

 ノートパソコンのディスプレイには彼女が投稿した動画が表示され、スピーカーからは音楽が流れてきている。

 ただ、それは動画というよりも、音楽と一枚絵と言った方が正しいかもしれない。

 流れてくる音楽は軽やかで音色も美しい。綺麗なだけではなく、ノリのよいリズムで退屈させない曲だ。

 一枚絵には、花畑と少女がアニメチックに描かれている。彼女自らが描いたものだ。こちらの方も上手で、音楽とマッチしている。

「ほう」

 ――結構やるじゃないか。これだけできれば……

 格樹は音楽を聴きながら何やら考えている。

 だが、クオリティとは裏腹に、動画へのアクセス数は、いまいちである。

 今、流れてきている音楽は、インストゥルメンタル。ボーカルが無いのだ。

 インストゥルメンタルのヒット曲もある事はあるが、その数はボーカルが付いた曲と比べると圧倒的に少ない。

 インストゥメンタルの方が好きという人もいるが、なぜか世の中にはボーカル付きの曲の方が好きという人が、圧倒的に多い。

 動画が終了すると、格樹は「他にもありますか」と言った。

 祐奈は「これはいかがでしょうか」と言って、別の動画にアクセスした。


 ノートパソコンのディスプレイに、アイドル歌手と思われるマイクを持った美少女のイラストが表示され、スピーカーから音楽が流れ出す。

 可愛らしいイントロが終わると、歌声が聞こえてきた。

 驚いたような表情をした譲治の口から「これは……」という声が漏れた。

 ノートパソコンから流れてくる歌声は、譲治がよく知っているもの。

 祐奈自身が歌っているのだ。

 ノリの良いきらきらした曲に、可憐で伸びやかな歌声が乗っていて、見事にマッチしている。

 動画へのアクセス数は、先程のものより格段に多い。

 動画が終わると格樹が口を開いた。

「違うタイプの曲はありませんか?」

 祐奈はノートパソコンを操作し、また別の動画にアクセスした。

 ノートパソコンのディスプレイには、炎をバックに厳つい表情をした人物のイラストが、表示されている。

 ノートパソコンから音楽が流れてくる。ディストーションが掛かった強烈なエレキギターサウンドを中心としたアップテンポの激しい曲だ。

 こうして祐奈は格樹達に自作曲の動画をいくつか紹介していった。


「部長、これだけできれば、いけるのではありませんか?」

 格樹は隣に座っている菊軽に耳打ちした。

「そうですね。私は構いませんが、判断は格樹さんにお任せします」

 菊軽は、ささやくようにして返答した。

 この面接の主催者は格樹。菊軽は基本的に立ち会うのみで、余程の事が無い限り干渉しない方針である。


「動画をいくつか拝見させていただきました。実に素晴らしい」

「ありがとうございます」

「ところで、給料についてですけれども、時給ではなく、成果物について支払う形となります」

「成果物?」

「そうです。作成した音楽のデータが成果物となります」

「はい」

「貴方がお父さんの曲をデータ化した場合、一曲あたり五千円になりますが、いかがでしょうか」

「はい……」

 報酬を耳にした祐奈は、微妙な表情をしている。

「それと、祐奈さん」

「はい」

「貴方自身が曲を作られるのなら、一曲あたり一万円になります。いかがでしょうか」

「すみませんけど、椎尾さん。報酬についてですけど、私が契約した時と比べて、あまりにも安すぎませんか?」

 譲治が口を挟んだ。報酬の安さに驚いたのだ。

「すみませんけど、譲治さん。失礼ですが、お嬢様はプロではありませんし、名前も知られていなければ、実績もございません。ですので、この給与になってしまいます。どうか、ご承知おきください」

「はい……」

 譲治は、うつむきながら返事をした。

「……わかりました」

 祐奈がそう言うと、譲治は驚いた顔をしながら祐奈の方を向いた。

「よろしいですか?」と格樹が言うと、祐奈は「はい」と答えた。


「ところですみませんけど、音声データの形式は何でしょうか? wav形式ですか?」

 祐奈が格樹に尋ねた。

「はい、そうです。まずはwavファイルをいただきたいです。貴方のお父さんの他に、音波狂研さんにも作曲を依頼しています。それらの曲と音の大きさや音質を合わせなければなりませんので、マスタリングまでしなくて結構です」

「はい」

「それと、wavファイルの他に、できればDAWソフトのデータファイルやMIDIファイル、後、譜面があれば、それもいただきたいです」

「譜面ですか?」

「はい、貴方のお父さんが作った曲の譜面です。譲治さんは譜面を手書きされているんですよね」

 譲治は「はい」と答えた。

「譜面は原紙ではなく、コピーやスキャン、スマホ等で撮影した画像でも結構です」

 親子そろって「はい」と答えた。

「それと、各データファイルや譜面には、何らかの形で作成者を明記していただきたいです。というのも、給与の支払いに関係しますので」

 誰に支払うべきかというのもあるが、誰が作曲したかによっても、仕事内容――単なるデータ作成か、作曲も含めた作成か――によっても給与が変わる。だから、格樹はそう言ったのだ。

「わかりました。ところで、データの送り方についてはどうしますか? wavファイルは容量が大きいので、メールで送るのは厳しいと思いますが」

「それについては、FTPツールを使って、弊社のサーバーに収めるという方法で、お願いします。貴方が採用されたら、方法とアカウントを連絡いたします」

「はい、わかりました」

「他に質問はございませんか?」

「ありません」

 こうして祐奈の面接は終了した。



 炎代親子は車に乗って帰路に就く。

「祐奈、作曲の仕事まで引き受けていいのか? 俺よりもはるかに安いぞ」

「いいのよ。いい経験になるでしょうし」

 祐奈は音大を志望している。ゲーム音楽の作曲に参加する事によって、己の腕が磨かれる。こう考えたのだ。

「……でも、お金の事を考えると、コンビニとかファーストフード店でバイトしてた方がマシな気もするけどね」

 データ作成だけで五時間以内、作曲も含めて十時間以内、これくらいの早さで作業しないと、アルバイトの最低賃金にも満たない。

「そうだな」

 二人が乗る車は、さっそうと道を走っていく。



 D社企画開発部のオフィス内にて、菊軽が格樹のデスク近くに来て話し掛けている。

「炎代さんのお嬢さんは、やはり採用という事ですか」

「ええ、もちろんです。効率が上がりますし、祐奈さんが曲を多く作った場合は、コストが浮きます」

 祐奈の曲を譲治の曲と偽った場合は、という事も格樹は考えたが、それは流石にないとにらんでいる。

 あの面接の様子からすると、譲治はそんな事ができる人間ではなさそうだし、それに祐奈としても、実績と名誉、小遣いの事を考えると、まずやらないだろう。

 格樹の口元に笑みが浮かぶ。



 ほどなくしてD社から炎代祐奈宛てに採用通知が届いた。

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