19.シリル・エイトル
「私のこの剣は貴方を守る為に振るう事を誓います」
シリル・エイトル。18歳。
メルベルク領に生まれ、辺境兵士団団長であるコーエン・レイランドとウチの親父が親友で、フラフラしてるオレを見かねて、人としてまともになるまで揉まれて来いと辺境兵士団に放り込まれた。
ま、オレはオレで何に対してもテキトーな生活をしていたし、学生気分もまだ抜けてなかったからな。辺境兵士団とコーエン団長の優秀さは聞かされていたけどオレ自身もまあ腕っ節には自信があったし、テキトーにやって金貰ってイイ女と遊んで……ってまたテキトーな事考えながら入団したんだ。
そこからは地獄だったな……。
とにかく団長の訓練の過酷さよ……基礎をみっちりやらされて剣一本で山に入ってサバイバル演習……普通って水の一つくらいは持って行くでしょ?
そういうの一切無しで1ヶ月山生活。アレは本当に地獄だったな……。
そういうのが入団後すぐにあってそういうのに残ったメンバーが兵士団のメンツだった。オレも少し本気だった。辺境兵士団の凄さは肌で感じて分かってきたんだ。
コーエン団長と兵士団のメンバーの事は認めてた。
その演習までメルベルクのお坊ちゃんの事は正直舐めてた。
アルフレッド・メルベルクはオレと同い年の男で奴もどちらかと言うと優男な印象だった。
体格もオレよりも遥かに細いし顔立ちは女みたいだし、こんな奴が時期当主かよ……って舐めてたんだよな。
現当主であるメルベルク辺境伯爵は頭も切れるし有能な人だけどコーエン隊長の力添えもデカいと思う。
このアルフレッドもそういうタイプになるんだろうなと思っていたし、年齢的に何も無ければオレが次の隊長になると思うからオレが支える事になるんだろうなって思ってた。
支えるに値する人物なのか見極めないとな……なんて勝手に下に見てたんだよな。
その日いつもの訓練時みたいに剣一本を腰に差して走り始めた。
そのまま山の奥地まで来ると団長が言ったんだよな。
「今日から1ヶ月の間サバイバル演習だ。1ヶ月後に迎えに来るからな! 楽しめよ!」
そう言って数十人の新人兵士達だけを残して帰って行ったんだ。
皆がえ? ってなってたんだけど、アルフレッドだけはすぐに動き始めたんだよな。
「このまま山を降りる事も可能だと思うけど、山を出たら退団って事だな。コーエン団長もなかなか手厳しい……とりあえず皆で乗り越えようか」
この時のリーダーシップは凄かった。
アル様は団員達の能力をすでに見極めていて、その人員配置はドンピシャにハマるし貴族のお坊ちゃん達と平民の団員達を上手く融合させて結果的に、辛かったし死ぬかと思った事もあったけど誰一人欠ける事なく団結力が高まって1ヶ月が終わった。
このメンバーは今の主力達。コイツらはオレ含めてこの国の王様にではなくアル様に支えている。
この辺境兵士団は国に支えてはいるが主君はメルベルク一族だ。当主やアル様が王都に攻め込めと一言言えばそれだけでオレ達は動く。理由? そんなのメルベルク様が言うから。だよ。
それだけ兵士団の結束は強い。
演習を終えてオレ含めた新人達も兵士団の一員として活動し始めた頃、アル様の妹ルイーズが辺境に戻って来たんだ。
それまでオレはフラフラしていたし基本的に他の奴らの事は興味が無かったからメルベルク家の事も噂程度にしか知らなかったんだ。
男勝りに剣を降ったりして団員の真似事してる女の子っていうくらいの認識だった。
オレは演習を終えて一皮剥けた気でいたから、どうせ当主の娘だからって皆にチヤホヤされてるだけだろうって思ってたんだよな。
度肝抜かれたけどね……。
初めて見たお嬢は見た事も無い美少女で、こんな可愛い女の子に剣を持たせるなんて御当主もアル様も団長も何考えてんだ? って思ってたんだよな。
こんなに華奢な手に剣は似合わない。
オレの後ろで震えていたらいいんだ守ってやるからって勝手に思ってた。
思えばこの時一目惚れだったんだろうなぁ……。
その時一緒に居たのはフレデリック・ルフェーブルでお嬢の婚約者だった。この優男も尻に敷かれてるバカ坊ちゃんなんだろうな……と思ってた。
ある日、お嬢が兵士団の訓練に参加すると知って「ここはお嬢ちゃんのおままごとの場所じゃないぜ?」って鼻で笑ってやったんだ。
言い返そうとしてくるフレディをお嬢が止めて、とりあえず共に訓練しましょうと話が進んだんだ。
結果は、走ってはオレよりも長距離を走り、懸垂はお嬢の勝利、腹筋は引き分け、最後の手合わせでも引き分けだった。
こんな華奢な女の子に惨敗だったオレは悔しくて自分に腹を立てていたが、お嬢の使っていた木刀を手にした瞬間無意識に膝を着いて【騎士の誓い】をたてていたんだ。
お嬢の使っていた木刀はコーエン団長の昔使っていた物で特別性。重い。通常の木刀の10倍の重さだった。
……ちなみに騎士の誓いはあっさり断られたけどね。
その誓いは国の為にしなさいってね。笑ったよ。騎士の誓いを受けるって結構名誉な事な筈なんだけどね。
それ以降はお嬢と共に訓練したり、賊を捕まえたり獣を討伐しに行ったりと行動を共にする度にどんどん惚れ込んでいった。
ただの貴族のご令嬢ではないお嬢と共に過ごす時間はとにかく楽しかった。
お嬢が王都に戻ってしまう日、俺はお嬢に言ったんだ。
「お嬢程の人が王都で過ごすなんて勿体無いし面白くないんじゃねえの?」
少しの皮肉も交えてね。
正直このままここに居て一緒に訓練したり討伐したりしたかったし。
そしたらお嬢はなんて事ない顔でこう言うんだ。
「私はどこに居ても私だし、どこに居ても楽しむ事はできるわよ」
ってね。
確かにお嬢はどこに居てもお嬢だよな。
「お嬢が次に帰って来た時に俺が勝てたら……」
「勝てたら? ていうかシリル本気出してないじゃない」
「え?」
「そんなものじゃないでしょう? お兄様もそう言っていたわよ? 私もそう思うし。もう少し真面目に取り組めばあっという間にトップよ?」
「え……と。俺結構本気だけど?」
「あら、じゃあそこまでの男って事ね。お兄様も私も目が曇っちゃったかしら」
「──っっ」
「ふふ、頑張りなさい。じゃあね」
「────」
そう言ってヒラリと手を振ってお嬢は婚約者と共に颯爽と馬に乗って王都へと帰って行ったんだ。
「ハハ……俺でもまだ伸びるって事か。っし、やるか……」
それからは次にお嬢が帰って来たら絶対に負けねえっっという気持ちで遊びもやめて全てに全力で取り組んだ。
でもさ
「これって……報われる日は来るのかよ?」
「難しいかもな」
「──ッッ!!」
「ルーはああ見えてフレディにぞっこんだからなぁ」
「アル様……分かってるけどそのセリフはグサリと刺さるんだけど」
「ハハッ。まあ、ルーはシリルの事はかなり認めているしもしかしたら……もあるのかもな」
急に後ろに居たアル様はそんな言葉を発して肩をポンと叩いて去って行った。
「はぁ、まあがんばりますかね……」
人生楽しく自由気ままにがモットーだったのにな。
報われなくてもそんな人生も悪くない。
お嬢の為だったらね。
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