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「ああ、良かった! 校長先生も承諾してくれて」

 校長室から出た佐竹は顔をほころばせた。

「それもこれも、生徒会という御光があってこそです。本当に今の生徒会なら出来ないことはないですよね。では、自分はこの企画の準備があるんで!」

 一人で喋るだけ喋ると、佐竹は早足で僕の前から去っていった。

 佐竹の開会式の企画に、校長はあっさりOKを出した。

 てっきり「ふざけるな、私を愚弄するつもりか!」と怒鳴られて、追い返されるかと思っていただけに意外だった。校長は自身がピエロになることを理解しているのだろうか? もし承知の上で引き受けたのだとしたら、かなり心の広い人だと思う。

 しかし、よくよく思い出してみると、これまでにも、校長の寛大さを目の当たりにしたことがあった。そう、あれは瑞音が生徒会長になる時のこと……。


 片桐瑞音、久我義隆、そして僕、八川敬悟が今の生徒会執行部という地位に就いたのは、約二年前、高校一年生の冬だった。

 当時の生徒会長はとても真面目な二年生の女子生徒で、生徒からも教師からも信頼があった。生徒会長に就任した直後、彼女は生徒がより良い学校生活を送れるようにと、様々な活動を積極的に推進していった。頻繁に全校生徒会を開催することで生徒たちと対話を重ね、そこで出た要求や改善策を教職員たちに提案していった。しかし真面目で信頼のある人物が必ずしも優秀な指導者になれるとは限らない。彼女が目指した学校改革は思うように進まなかった。そのことに対する苛立ちや、生徒会長であるという周囲からのプレッシャーなど、様々な原因が重なり、彼女は変わってしまった。周囲の意見を聞かなくなり、専横が目立つようになった。更には、生徒会への賛同者だけを優遇し、彼女の方針に反対する生徒には、取り巻きによる陰湿なイジメや、停学をちらつかせる粛清まがいな圧力、果てはどこで情報を仕入れたのか、初恋の人の名前などの恥ずかしい秘密を学校中に暴露する、といったことが行われるようになり、一種の恐怖政治と化してしまった。そんな彼女へ周囲は失望、反感を持たないわけがない。それが更に彼女を疑心暗鬼にさせ、悪循環へと陥っていく。

 そこで立ち上がったのが瑞音と義隆だった。

 二人は何をしたか?

 言ってしまえばクーデターだ。瑞音と義隆は、生徒会長とその取り巻きが生徒会室に居るところを襲撃、監禁して、生徒会長に辞任を迫った。生徒会室と隣の倉庫の間の壁にある大きな亀裂はその時の争いでできたものだ。

 結局、生徒会長は辞任し、瑞音が後を引き継いだ。クーデターで生徒会長になった人物は日本高校史上後にも先にも彼女だけだろう。先ほど生徒会室で佐竹をして瑞音と義隆を『最強の生徒会』と言わしめた原因の一つである。

 しかし問題はそのあとだ。瑞音と義隆が散々暴れまわり、本来だったら大量の退学者が出かねないような状況をなんとか丸く収める必要があった。その後処理を粛々と進めさせられたのは僕だ。校長に必死で事情を説明し、なんとか反省文一枚で許してくれた(その反省文を書いたのも何故か僕だが)。今思えばとても寛大な処置だったと思う。

 一応補足しておくと、瑞音は二年生の時の生徒会選挙でちゃんと再選を果たしている。あと、元生徒会長は一時期かなり精神的に追いやられていたが、今ではなんとか立ち直り、東京の大学に通っているらしい。

 とにかく、瑞音と義隆とは中学以来の付き合いだが、その頃から僕はずっと二人の御用聞きと尻拭いをする役回りだ。


 生徒会室に戻る途中、三年生の教室が並ぶ階の廊下に差し掛かった。

 学校のいたるところで木を切り釘を打つ音、吹奏楽部の合奏、演劇部の発声練習、そして生徒たちの笑い声が響いてくる。文化祭本番まで残り一週間を切り、ラストスパートでますます真剣みを帯びてきたが、それ以上に楽しそうに準備する生徒たちの和気あいあいとした空気に満ちていた。正山高校は伝統的に文化祭に力を入れていて、それは大学受験を控えた三年生も変わらない。むしろ、文化祭が終われば受験まで待ったなしの状況だからこそ、最後の高校イベントとして一層気合が入っている。その熱気は教室から溢れ出て廊下にまで伝わってくるほどだった。

 蒸し暑さすら感じる廊下を通り過ぎ、階段を登ろうとしたところで、ふと一人の男子生徒に目が留まった。その男子生徒は廊下の突き当たりで壁にもたれかかり、憮然とした表情で腕を組んでいた。制服の着こなしは荒れていて、ボタンを全部外し中からヨレヨレの赤いTシャツが見えていた。眉間に何重にも皺を寄せ、じっと、ちょうど今僕が通ってきた廊下を睨みつけていた。

 男子生徒の視線に促されるように、僕は後ろを振り向くと、男女の生徒が協力して角材にロープを括りつけていた。特に変わったところのない普通の文化祭準備の光景だ。再び前を向いたとき、彼と目が合ってしまった。

「……何だよ」

 男子生徒の低く凄みのある声と視線が怖くて、逃げるように視線を逸らした。

 彼は小さく舌打ちすると、肩をいからせながら階段を降りて行ってしまった。

「ふう……」

 彼の視線から解放され、ほっと安堵する。

 比較的進学校であるこの正山高校でも、不良と呼ばれ、クラスから距離をとる生徒がいないわけでもない。あの男子生徒もその一人だろう。しかし、彼は一体あそこで何をしていたのだろうか?

 それにしても、あの男子生徒の顔、どこかで見たような……。

「あっ、居た居た!」

 突然声がしたかと思ったら、分厚いメガネを掛けた少々小太りの男子生徒が、息を切らせながら階段を駆け上がってきた。

「そこの生徒会の人!」

 僕のことだ。いつも瑞音や義隆と一緒にいる生徒会の人間として顔は知られているものの、クラスメイトでもない限り、僕の名前を言える者は少ない。

「ええっと、君は?」

「二年生の北条克己です。オカルト同好会の会長をやってます」

「あっ……ああ」

 名乗られてようやく思い出す。文化祭のミーティングで顔を合わせたことがあった。

「今から生徒会室に行くところだったんですけど、丁度いいところにいました。ちょっと僕について来てください!」

 と言うや否や、北条は突然、僕の腕を掴んできた。

「えっえっ? 何?」

 訳がわからないまま、僕は北条に引っ張られていった。

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