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1-1

「遂に今週末に迫った文化祭、でも自分はまだ何かが足りないと思います!」

 そう生徒会室に集まる僕らの前で仰々しく主張を始めたのは、文化祭実行委員の一人、佐竹だった。

「足りないって、何がだ?」

 と、僕の隣に座る、生徒会副会長の久我義隆が問いかけた。大股を広げ、腕を組んで座る巨体は、本来二人掛けのソファーの一・五人分を占拠し、おかげで僕は文字通り肩身の狭い思いをしている。

「これ以上、まだ何かやる気なのか? もう充分だろ」

 面倒くさい感を全開にする義隆のあとに僕も続いた。

「僕も同感だよ。佐竹くんたちが考えてくれた企画、高校OBの映画監督……えっと……、何某監督の講演会。これで充分だと思うけど?」

「ダメです、不充分です」

 佐竹は頑なに繰り返した。これには、

「別に良いだろ、これ以上何かしなくても」「もうスケジュールに余裕ないよ」

 と、義隆も僕もつい否定的な言葉で返してしまった。

 今、僕らは生徒会室で今週末の土日に開催する正山高校文化祭について意見を交わしていた。この文化祭において、実行委員会の自主企画として、本校OBである映画監督の講演会を予定していた。といっても、講演する映画監督は有名とは言いがたく、実は僕はその人の作品を見たことがない。だけれども、みんなが興味を持ちそうな分野で働く先輩の生の声が聞けるということで、良い企画だと思っていた。

 しかし、佐竹はまだ足りないという。彼のやる気は買うとしても、文化祭まで一週間を切っていて、労力や時間の問題もあり、文化祭全般の管理を押し付けられた僕にとって、これ以上仕事を増やしてもらっては困る、というのが本音だ。

「別に、新しいイベントを追加したいわけじゃないんですが……」

 僕らの駄目出しに押されて、佐竹の声が徐々にしぼんでいった。

 すると、これまで静かに上座の一人用ソファーに座って、所在なさげに足をぶらぶらとさせていた、女子が口を開いた。

「こんなつまらない男たちなんか気にせず、何が足りないと思うのか言ってみなさい」

 見た目こそ小学生中学年くらいの身長でまさに童女と呼ぶのがぴったりだが、その姿に似合わず命令するような口調で話すこの女子こそ、我らが生徒会長、片桐瑞音だ。

 生徒会長からの助け舟に、佐竹の表情が一瞬にしてぱっと明るくなった。すぐさま体を僕らから瑞音の方へ向け、饒舌に語り出す。

「開会式のインパクトが足りないと自分は思うんです。見てください、このタイムテーブル」佐竹が文化祭開会式の予定表を広げてみせた。「まず、会長の開会宣言があって、そのあとに校長先生の挨拶。最後に各団体の出し物宣伝タイムです」

「文化祭の開会式って、だいたいそんなもんでしょ」

 僕が口を挟むと、佐竹は首を振った。

「これじゃあ、全然インパクトが足りません。今年の文化祭のテーマである『夢の時間をあなたに』を全く感じられないじゃないですか!」

「そうか?」と、義隆も疑問を呈したが、瑞音だけは「それで、どうするの?」と静かに続きを促した。

「だから、少し構成を変えます。まず会長と校長先生の挨拶の順序を変更、先に校長先生の挨拶にして、それから会長の開会宣言にしたいんです」

 なんだ、その程度か。佐竹の提案のどのあたりがテーマに即しているのかさっぱりわからないけど、これくらいの変更なら手間も掛からないし、受け入れても良いかな、と安心した矢先、続いて出てきた佐竹の言葉に、僕は耳を疑った。

「更に、会長たちには仮装してもらおうと思います」

「はっ?」

 唖然とする僕たちの顔を見渡しながら、佐竹は真面目な表情で言った。「だから仮装です。ファンタジックな格好をした会長たちが、『これからみんなに夢の世界に誘う魔法を掛けましょう!』なんて言って、開会を宣言するんです」

 歯が浮く宣言文も気掛かりだが、それ以上に引っかかった部分がある。

「会長たち?」

 開会宣言をするのは会長一人のはずだ。他に誰がいるのだ?

 いよいよ熱がこもった口調で佐竹は続けた。「はい、ここにいるお三方です。我らが正山高校始まって以来、最強と謳われる生徒会の会長と副会長が揃って、しかも仮装して開会を宣言してくれれば、盛り上がらないはずがない!」

「最狂の間違いでしょ……」

「何か言ったか?」

 義隆の低い声に、僕は慌てて頭を振った。

「いや、なにも……。そ、それより、会長と副会長はいいとして、なんで僕も頭数に入っているの?」

 生徒会庶務担当である僕の質問に、佐竹は全く悪びれる様子もなく堂々と答えた。

「先輩は数合わせです」

 ……ですよねー。

 瑞音と義隆とは中学校以来の付き合いだけど、周りからいつも二人のおまけ的ポジションにいると見なされるのは、もう充分過ぎるほど慣れている。

 以上の佐竹の提案に対して、

「マジかよ……面倒くせえな」

 と、副会長の義隆は否定的な反応を示したが、

「面白そう!」

 と、会長の瑞音は見た目と違わぬ子どものように目を輝かせて言った。乗る気満々だ。

「で、わたしたちは何に仮装すれば良いの?」

「えっと……、ここはベタですけど、シンデレラでいこうと思います。シンデレラと王子様、それに魔法使いのおばあさんです。それから、校長先生にも仮装をしてもらいます」

「校長先生にも?」

「先生には継母役になってもらおうと……」

 僕は堪らず吹き出してしまった。瑞音も口を押さえて笑いを堪えている。義隆だけが意味がわからず目を点にしていた。

 お話の中のシンデレラは継母たちの嫌がらせによって王宮の舞踏会に行けなかった。『だからこそ』、魔法使いが現れて王子様と出会う夢の時間が得られたのだ(ちなみに校長は五十過ぎの女性だ)。面白い演出を考えるなと、感心するが、かなりきわどい内容だ。

 しかし、生徒会長様は間髪入れず「良いね、絶対やろう!」と御裁断を下してしまった。

「ありがとうございます、会長!」

「おい待て、俺はまだやるなんて言ってねえぞ」

 義隆が異を唱える。すると、瑞音の大きな目がきっと吊り上げられた。

「何、わたしの決断に文句があるの!」

「ああ、あるとも。誰がそんな面倒くさいことやらなきゃならねえんだ」

 たちまち二人はソファーから立ち上がりお互い睨み合う。方やもし大学に進学したら間違いなくアメフト部にスカウトされるだろう熊のような大男、方や平均身長を大きく下回る見た目は小学生の女子高生、しかしどちらも迫力で負けていない。龍をも睨み殺せそうな瑞音の眼力こそ、容姿とは裏腹に、正山高校の絶対王者、歴代最強の生徒会長なんて噂されている所以の一つである。そんな彼女に唯一対抗できるのが、こちらは見た目通りの迫力を持つ義隆だ。だから自然と心の中で我が親友たる副会長を応援してしまう。ただでさえ、文化祭の準備がスケジュールギリギリな状況で、これ以上仕事が増えてはかなわない。二人の対立が行き過ぎて喧嘩になっても困るが、そうならない程度に義隆には頑張って、是非阻止してもらいたい。

 そう期待を込めて義隆の巨体を見つめていると、思わぬ横槍が飛んできた。

「副会長。自分はみんなの記憶に残る文化祭を作りたいんです。だから副会長の協力が必要なんです。どうか、どうかお願いします」と言って、佐竹が深々と頭を下げた。

 まずい! 僕はそう直感した。そして予感通り、義隆は佐竹の顔を見て、うーんと唸った。

 そして一言、

「そこまで言われちゃ、しようがねえな」

 あっさり翻意してしまった!

「はぁーっ」と、僕はため息をつく。

 義隆は体も大きく人相も怖いのに、根っからの親分気質と言うべきか、他人から頭を下げて頼まれると、嫌だと言えなくなってしまうところがある。佐竹は義隆のその性格を知ってか知らずか、見事に『弱点』を突いてきた。

「じゃあ、決まりね」

 瑞音は表情を和らげて、ソファーに座りなおした。

「ちょっと待ってよ」義隆が陥落し、今や最後の砦となってしまった僕は、内心無駄だとは思いつつも抵抗を続ける。「今から仮装の衣装なんて準備できるの? 時間的に無理じゃない?」

「大丈夫です。何とかします!」

 佐竹は胸を張って即答した。

 ……止めてくれ、そんな根拠のないブラック企業的な発言は!

「でも、この企画、校長先生はよくオーケイしたね?」

 瑞音がふと口にすると、

「いえ」佐竹は首を振った。「まだ校長先生には言ってないです。生徒会からお願いしてもらおうかと」

「えっ?」僕は驚き訊き返す。

「自分なんて所詮は一介の実行委員に過ぎないですから、まずは生徒会の許可をもらって、そこから話をつけてもらおうと思ってたんです」

 などと、佐竹は溌剌と言ってのけた。

「ねえ、敬くーん」

 瑞音がおもむろに僕の名前を呼んだ。少し甘えたようなその声に、嫌な予感しかしなかった。

「これから、校長先生の所に行って、話をつけてくれない?」

 ほら来た! 史上最強の生徒会長と呼ばれても、普段は所詮口だけ、面倒くさい仕事は全部僕に押し付けてくるのだ!

「それは……」と、言いかけたところで、ポンと僕の肩が叩かれた。

「頼んだぞ、敬悟」

 義隆が少々ドスの効いた声で言った。

 こうなるともう何を言っても無駄だ。僕はしぶしぶ席を立った。


 僕と佐竹、それに義隆も別の用事があるということで、一緒に生徒会室を出た。

 階段前での別れ際、義隆が「ああそうだ」と言って、僕を呼び止めてきて、佐竹から離れるように廊下の隅に引っ張られた。

「一つ頼まれてくれないか?」

 義隆の勿体ぶった一言に、僕の体は反射的に強張った。

「な……、何?」

「実は今日の昼、柔道部の連中が俺の所にやってきて、文化祭の予算を増額して欲しいって言ってきたんだ。あそこは毎年鉄板焼きの出店をやるだろ。そこでいつも使ってた鉄板を買い直したいんだと」

「そんなこと今更言われても……」

 文化祭の予算は準備が始まる夏休み前に調査して各団体に全部割り振ってしまっている。今更追加要求を出されても手遅れだ。

「鉄板が使えないってわかったのは、つい先週らしいんだ。なっ、なんとかしてくれよ」

 どうせ柔道部に頭を下げられて、ダメと言えなかったのだろう。本当に人に頼まれると嫌だと言えない奴だ。

「そんなの……無理だよ」

「とか何とか言って、もう手立てを考えてくれてるんだろ」

「……」

 図星だった。口では拒絶していながら、どうせこのまま押し切られるのは目に見えているので、頭の中ではすでに予算組み替えの算段を始めていた。余裕のある団体の予算を少し回収させてもらって、それでも足りない分をしようがないので生徒会の予算から回そうか、と考えていたのだ。

 義隆はニヤニヤ笑って僕を見下ろしていた。お前とは長い付き合いだから全てお見通しだぞ、と言わんばかりだ。しかしそれはお互い様である。

「はあっ」と、小さくため息をついてから、義隆に向かって言った。「わかったよ、僕から瑞音に伝えておく」

「いや、それはダメだ」

「どうして? 予算の承認は一応生徒会長からもらっておかないと」

 義隆は苦虫を潰したような表情で言った。「あいつに話をすると面倒だろ。金のことになるとうるさいからな。だから敬悟、お前の方でよしなにやっといてくれ」

 普段は『勢いこそ全て、些細なことは気にするな』が信条の瑞音だが、お金の面では厳格なところがある。それは彼女の保護者である祖父がこの地方じゃそこそこ名の知れた会社の社長をやっている影響だろう。義隆が嫌がるのもわからないでもない。

「でも、瑞音に黙っておくのは……」

 僕が逡巡していると、義隆は語気を強めて言った。

「俺が良いって言ってんだから、良いんだよ。そもそもどうして俺たちはさっきの開会式の話も含めて、何から何まで、あいつの言いなりにならなきゃいけねえんだ?」

「まあ、一応彼女が会長だからね。それに義隆だって結局同意したでしょ」

 僕の冷静な指摘に、義隆は表情を一瞬歪ませた。

「と、とにかく。予算の件は頼んだぞ」

 そう言い残して、義隆は早足で階段を駆け上がって行ってしまった。

 やれやれ、また面倒なことが増えたな、と僕はたまらず首を振った。

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