ゾンビ収集車
4人で昼食を囲んでいる。
蓮の持ってきた缶詰の焼き鳥と調味料で、おばあさんがビーフシチューにアレンジしてくれた。
いつも缶詰は温めるだけで食べていたので、こういう料理はありがたい。
蓮はおばあさんに、智春の保護者にはなれないこと、また旅を続けることをどう伝えようか、タイミングを窺っていた。
そのとき、外から軽快な音楽が聞こえてきた。ブラスバンドのような陽気なリズム。
紬が窓辺に近づくと、おばあさんが言った。
「それ、ごみ収集車じゃないよ。ゾンビ収集車だよ」
「…ゾンビ収集車?」
蓮が眉をひそめた。
「政府の残党か、民間の組織かは分からないけどね。音楽でゾンビを引き寄せてるんだよ」
紬と蓮は窓から外を覗いた。4階なら見下ろすので、何をしているのかよく見えた。
防護服を着た人々が、ゾンビに向かって白い煙を噴射していた。ゾンビたちは苦しそうにうめきながら、動きが鈍くなり、やがてトラックの荷台に押し込まれていく。
「いっぱいになったら、トラックを閉めて、どこかに運んでいく。処理場があるのか、研究施設なのか…誰も知らない。でも、あれが来ると、この辺はしばらく安全になるの」
蓮は黙ってその光景を見つめていた。紬は、ゾンビたちのうめき声と音楽のリズムが奇妙に混ざり合う様子に、言いようのない不安を覚えた。
「…あれに乗せられたら、もう戻ってこられないんだよね」
「さぁ。でもあの音楽が聞こえたら、家の中にいるのが賢明だねぇ」
おばあさんと智春は、いつものことだと食事を続けた。
「…ところでおばあさん、話があるんだけど」
おばあさんは頷いた。
「智春、あんたは自分の部屋で少し待っていなさい」
「えぇー!なんでだよ。俺も混ぜてよ」
「これは大人の話なんだ。ワガママ言うなら今日の晩ごはんは無しにするよ」
それは困る!と話が気になりながらも部屋へ入っていった。
「温かいお茶を淹れよう。すぐ戻るよ」
そう言ってキッチンに消えていった。
「ねえねえ、蓮。どうしよう。お茶の用意までしてくれてるよ。めっちゃ断りにくいじゃん」
宣言通り、おばあさんはお茶を持ってすぐに戻ってきた。
「単刀直入に言う。智春くんの保護者にはなれない。俺たちはまた旅を続ける」
「…その旅に、智春を連れて行くことは?」
「できない。人数が増えるのは危険も増える」
そこから長い沈黙が流れた。蓮もおばあさんも、一言も発さない。
気まずい空気に耐えられず、紬はずずっとお茶をすすった。
おばあさんが、やっと口を開いた
「気づいてたよ。荷造りしてる雰囲気で。
孫を助けてもらって、期待してしまった。私らの救世主なんじゃないかって」
「すまない。でも、そちらに事情があるように、こちらにもある」
「世知辛い世の中だねえ。高齢者にも未来のある若者にも、誰も手を差し伸べてはくれない。むしろ邪魔者のように思われる」
会話をしているのは蓮なのに、おばあさんは紬を見つめていた。
「紬さん、ごめんね。少しだけ、眠っていてくれる?」
おばあさんは穏やかな声だった。けれど、紬はお茶をこぼし、倒れてしまった。
「何をしたんだ!」蓮が叫んだ。
「この子は人質だよ。あんたたちが智春を見捨てるなら、容赦はしない。あんたには働いてもらう。物資を集めてくる奴隷としてね」
おばあさんの手には包丁が握られていた。
紬の手足をガムテープで縛っていく。その目は異様な光を宿していた。
「世の中が壊れたのは、あんたたちみたいな血も涙もない人間が、何も守らなかったからだよ。私はずっと、智春を守ってきた」
蓮は、怒りを押し殺しながら言った。
「守るって言いながら、紬を傷つけてる。それはただの支配だ。智春のために、善良な人間でいてくれ。あんたならできるはずだ」
一瞬、動きを止めた。けれどすぐに首を振った。
「もう遅い。私はもう誰も信じられない。だから、力で守るしかないの。紬さんには悪いけど、両足を切断するね。人質に逃げられたら大変だ」
眠らされ横になる紬に向かって、上から包丁を振り落とそうとした。
そのとき、奥の部屋から声がした。
「ばあちゃん、トイレ行ってもいい?」
智春の声だった。
おばあさんが振り返った隙をついて、蓮は飛びかかった。二人は畳の上でもみ合いになり、包丁が蓮の肩をかすった。
「反抗するなら、殺してやる!」
おばあさんは包丁を握り直し、蓮に向かってくる。
包丁を振り上げた瞬間、蓮は反射的に身を低くしてかわした。刃先が空を切る。
蓮は畳を蹴って距離を詰める。包丁が横薙ぎに振るわれる。蓮は腕で受け止め、刃が袖を裂いた。血が滲む。
おばあさんの力はそこまで強くないが、何も悪くない智春の存在もある。おばあさんを傷つけることに躊躇してしまっていた。
蓮は痛みを無視しておばあさんの手首を掴み、壁に押しつけた。
「気を強く持つんだ、智春くんにとって、あんただけじゃないか」
はぁはぁと、2人は息を切らす。
「そうだね。私だけだ。…私が、そうしたんだ」
おばあさんは、がっくりと肩を落とす。
「嫁だけを、殺すつもりだった。タイヤをパンクさせといたんだ」
蓮はおばあさんを壁に押さえつけたまま、話を聞いた。
「嫁の親が体調が悪いから病院に連れて行くって。嫁だけ行く予定だったのに、息子も手伝うよって、高速に乗って行った」
おばあさんは、肩を震わせる。
「もう、失敗はさせない。孫を守るために、あんたたちには、言うことを聞いてもらう」
キッと蓮を睨みつけ、おばあさんは蓮の足を思い切り踏んだ。
「ッ……!」
蓮の隙をついて抜け出し、包丁を握り直して蓮に向かって走ってきた。
蓮は窓を開け、おばあさんを外へ放り投げた。
「ぎゃー!」
叫び声とともに、4階から地面に叩きつけられ、呻き声を上げた。その直後、あの音楽が近づいてきた。
ゾンビ収集車だ。
白い煙がおばあさんに向かって噴射され、彼女は咳き込みながら動きを止められた。防護服の男たちが、彼女をトラックに押し込んでいく。
「やめて…私は…ゾンビじゃ…」
その声は、トラックの扉が閉まる音にかき消された。
蓮は急いで紬のガムテープを剥がし、彼女を抱き起こした。
「紬、大丈夫か?」
紬は目を覚まし、状況を理解すると、蓮の腕の中で震えながら頷いた。
蓮は智春を呼んだ。
「智春、おばあちゃんは…自分が君のお荷物になるって言って、出ていったよ」
智春は信じられないという顔で、家の中を見回した。
「嘘だ…ばあちゃん!どこだよ!ばあちゃん…!」
けれど、どこにもその姿はなかった。
蓮がそっと智春を抱きしめると、腕の中で泣きながら膝から崩れ落ちた。
「たった一人の、家族だったのに…」
おばあさんとの揉み合いでぶつかったのだろう、棚に置いてあった家族写真のフレームが割れていた。
それに気付いた紬は、智春に知られないよう、そっと棚の奥に隠した。




