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火剣の嫁入り  作者: 安崎依代@6/5「絶華」6/9「真紅」コミカライズ開始!
迎娶

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4/4

参

 カタンッと、微かな振動とともに馬車が止まる。


 その衝撃で物思いから我に返った玉緋(ぎょくひ)は、傍らに置いた愛剣に指を這(は)わせながら周囲の様子を伺(うかが)った。玉緋の対面に座している小(シャオ)鈴(リン)も、閉じていた目を開くと静かに周囲へ視線を配る。


 ──どうやら、目的地に到着したようだな。


 しばらく前から馬車に伝わる振動が変わったことには気付いていた。恐らく荒野から街道へ乗り入れ、さらに町中へ進み、最終的に屋敷の中へ馬車が入ったのだろう。徐々に減っていく振動や、馬車の外を飛び交う音で立てた推測だが、恐らく間違ってはいないはずだ。


 ──あの荒原から聯(れん)の都である吐(と)月(げつ)までは、馬で駆け通しても最低五日はかかるはずだが。


 日数から言ってそこまでの距離は進んでいない。ならばここは国境に近い町のどこかだと考えるべきだろう。戦場から近い拠点にでも寄って態勢を整えるつもりなのかと、玉緋は警戒を強めたまま考えを転がす。


 そんな玉緋の耳に、馬の足音とともに聞き覚えのある声が届いた。


「悪いな、東阮(とうげん)。御者役なんてやらせちまって」


 ──劉(りゅう)秀蘖(しゅうげつ)。


 どうやら彼は今、騎馬から降りながらこの馬車の御者に声をかけているらしい。重く金属が擦れる音は、彼が身に着けた武具が立てる音だろう。そんな音が馬車の中にいても聞こえるくらいに、秀蘖がごく間近にいる。


「普段一軍率いてる人間にやらせる役目じゃないっつーのに」

「気にすんな。それこそ総大将を仰せつかってた人間にやらせることじゃないからな」

「荷が重すぎた。ほんっとーに、荷が重すぎた。それこそ俺の方が御者やってた方が立場に適うだろっての」

「ははっ! 劉家の若当主が何言ってやがる」


 玉緋が自ら輿(こし)に乗り込んだあの時以来、玉緋は秀蘖と顔を合わせていない。声を聞くのもあの時以来だ。


 それもあって、玉緋は外には覚られないように、ヒタヒタと警戒心を強めていたわけだが。


 ──何と言うか、……私達がここにいることを分かっているはずなのに、妙に緊張感がない会話をしていないか?


 玉緋の本陣で相対した時に感じたあの底知れない恐ろしさが、どうにも今の劉秀蘖からはスッポ抜けているような気がする。もしかしてあれは対外的なもので、劉秀蘖という人間は身内には常にこんな感じなのだろうか。


 ──いや、それにしてもいきなり内情を推察されるような会話を、こんな風にあえて聞かせるようなポカをあの劉秀蘖がするか?


『もしかして何かの策か?』と玉緋は新たな疑惑に気を尖らせる。


 そんな玉緋の様子を察しているのか否か、秀蘖のものだと思われる足音が馬車の横側へ回ってきた。さらに間を置かず、窓の下辺りの壁が外からトントンッと叩かれる。


「荷(か)玉緋殿。あとえっと、……侍女は小(シャオ)鈴(リン)って呼ばれてたか? 後ろの扉を開くから、そっちから降りてくれ」


 それだけ一方的に言い放った秀蘖は、玉緋からの返事を待つことなく馬車の後ろ側へ回っていく。どうやら秀蘖が自ら馬車の扉を開くようだ。


 ──そういえば、妙に人の気配を感じないが……


 二人が乗せられた馬車は、内装こそ身分のある人間が乗るそれだが、実質の作りは囚人護送用の馬車のそれだった。


 前も後ろも簾(すだれ)が垂らされた向こう側は分厚い扉で閉ざされていて、外側に設置されている鍵と閂(かんぬき)が外されない限り乗っている人間は降りることができない。食事の時に降ろされるたびに『いざという時にこの扉を破って逃げることはできるのか』と観察していた玉緋だが、『扉の分厚さと閂の太さから言って、まず脱出は不可能』という結論に至っている。窓も窓で雅な透かし彫りの飾り枠がはめ込まれており、人が脱出できる隙間はなかった。


 ──乗り心地と全体的な造りから考えると、元々貴人用だった馬車をあえてこんな風に改造したといった感じだが。


『それにしたって、なぜこんな馬車の用意があったのか』と考えていると、重い軋みを上げながら後方の扉が開かれた。さらに簾が鎧(よろい)に包まれた腕によって持ち上げられたのを見た玉緋は、呼吸ひとつ分の間を開けてから、愛剣を握りしめてジリジリと扉の方へにじり寄っていく。


「っ……」


 一瞬、明暗差に目がくらむ。


 その目(め)眩(まい)に似た感覚を瞬(まばた)きで散らすと、馬車の外には存外のどかな光景が広がっていた。


 玉緋が予想していた通り、馬車はどこぞの屋敷の中と思われる場所に止まっている。


 恐らく砦(とりで)のような軍用施設ではなく、本当に身分のある人間が暮らしを営んでいる『屋敷』なのだろう。華美ではないが年月の重なりを感じさせる趣(おもむき)のある風情は、ここの主が由緒のある人間であることを物語っている。


 ──だがその割には人の気配が薄いな。出迎えもなしとは。


 そんなのどかで雅な風景の中に立っている人間は、玉緋を見上げて無邪気な笑みを浮かべている秀蘖だけだった。どうやら率いていた兵はおろか、副官達さえこの場には連れてきていないらしい。こういった規模の大きな屋敷には多数の使用人が詰めているのが常だが、そういった気配も玉緋の感覚には引っかからなかった。


 ──気配も音もしないとは思っていたが、いつの間に隊列から離脱していたんだ?


『仮にも聯軍総大将だった人間が、一兵卒よりも簡単に隊列から外れることができるのか?』『総大将の入来を屋敷の誰も出迎えないとは何事だ?』と玉緋は周囲を見回した後に改めて視線を秀蘖に置く。対する秀蘖は特にこの状況に疑問はないのか、動き出さない玉緋の様子に笑みを浮かべたまま小首を傾げた。


 ──罠に誘い込もうとしているのか、純粋にこちらが馬車を降りようとしないことに疑問を覚えているのか。こいつの笑みは、イマイチ真意が測れないな……


 馬車から降りるための踏み台はすでに用意されているが、秀蘖は玉緋へ支えの手を差し出すつもりはないらしい。警戒させるだけだと分かっているのだろうし、秀蘖の方も玉緋からの反撃を警戒しているのかもしれない。先程は気の抜けた会話をしていたくせに、やはりそういうところは当初の印象通りの抜け目のなさを感じさせる。


『どちらが劉秀蘖の本質なのか』と新たな警戒心を募らせながら、玉緋は踏み台を踏んで自ら馬車を降りた。フワリと軽やかに揺れる襦裙には似つかわしくない勇ましさで地面を踏みしめると、音もなく傍らに小(シャオ)鈴(リン)が寄り添う。


「ここは莫(ばく)漣(れん)にある劉将軍府。つまり俺ん家(ち)」


 玉緋が鋭く周囲に気を配っていると、簾を下ろした秀蘖はあっさりと現在地を口にした。逃亡防止のためにその辺りの情報は伏せられるのだろうと踏んでいた玉緋は、出し抜けに投げられた言葉に思わず秀蘖を振り返る。


「莫漣は代々劉家の封領でな。俺もここを拠点にしてる。最近は色々ゴタゴタしてて、吐月と行ったり来たりで留守がちなんだが」


 驚きを隠せない玉緋の様子を察しているはずなのに、秀蘖は玉緋に完全に背中を向けたままテキパキと馬車の後片付けをしているようだった。


 本来ならば一兵卒や使用人がするような仕事だろうに、秀蘖はその辺りに抵抗がないらしい。むしろ今の秀蘖は背中しか見えていないのに、妙に生き生きとしているのが分かる。


 慣れさえ感じさせる手際の良さで中の様子をザッと確認し、簾を整え、扉を閉めた秀蘖は、閂をかけながら言葉を続けた。


「とりあえず、玉緋殿はこの屋敷で生活してもらうことになる。屋敷の中と莫漣の中の案内は追々な」

「は?」

「東阮! 後ろは片付けたから、このまま返しに行ってもらっていいか?」

「おーよ」


 信じられない言葉の連続に、玉緋は困惑の声を漏らす。だが相変わらず秀蘖は馬車の後片付けに集中していて、玉緋の反応に構う素振りを見せない。


 ──案内? 追々?


 思わずこぼれかけた『お前は私が敵国の将だったことをきちんと理解しているのか?』という言葉を、玉緋は苦労して呑み込む。


 だがどうやら秀蘖は、あえて反応しなかっただけで、しっかり玉緋の困惑を察していたらしい。


 馬車を送り出してからようやく振り返った秀蘖は、玉緋の顔を見ると楽しそうに笑みを深めた。その上で玉緋から視線を流した秀蘖は、左手を腰に、右手を口元に添えると、屋敷の奥へ向かって声を張る。


「ただいまー! 帰ったぞー!」


 ──え?


 まるで散歩から帰ってきたかのような気楽な挨拶に、今度こそ玉緋は愕然とした顔を隠しきれなかった。まさしくその反応を狙っていたのか、秀蘖はニヤリと楽しそうに笑うと屋敷の内門の方へ数歩歩みを進める。


 その瞬間、バタンッと勢いよく内門が内側から開かれ、小さな影が秀蘖に向かって飛びかってきた。


「秀蘖兄ちゃん!」

「秀兄ちゃん、お帰りなさいっ!!」


 次々に声を上げた幼子は、しゃがみ込んで大きく腕を広げていた秀蘖の胸の中に躊躇(ためら)いなく飛び込んでいく。迎え入れた秀蘖も屈託のない笑みを顔中に広げると、武具に包まれたままの腕で幼子二人をギュムギュムと抱きしめた。


「おー、ただいま! 元気にしてたか? 変わりはないか?」

「うん!」

「みんなも元気だよ!」

「そうかそうか、そりゃ良かった」


 さらにウリウリウリと秀蘖は二人の頬に自身の頬を擦り寄せる。兜(かぶと)も鎧も身に着けたままの抱擁は幼い子供には酷であるはずなのに、『痛いよ、秀蘖兄ちゃん!』と文句を言いながらも幼子はキャッキャッと楽しそうな声を上げていた。


 ──え? 子供?


 あまりにも唐突だったから幼子二人の容貌はよく分からなかったが、背格好を見るに秀蘖の子供と考えられないこともない。


 とはいえ、そうであるならば随分と若い父親だ。玉緋は秀蘖の正確な年齢を知らないが、実の親子であるならば秀蘖自身がまだ『子供』と呼ばれる域を脱していない年齢で子を儲(もう)けたことになるのではないだろうか。


 ──ん? でも今、『秀蘖兄(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)』と呼ばれていなかったか? だが兄弟にしては歳が離れているような……


「秀蘖君、お帰りなさい」


 あまりにも予想していなかった展開の連続に、玉緋は困惑したまま押し黙ることしかできない。


 そんな玉緋の耳に、今度は柔らかな女性の声が聞こえてきた。声が聞こえてきた方へ顔を向けてみれば、声からの想像を違えないたおやかな女性がこちらへ小走りにやってくる。その姿を見た秀蘖は、スクリと立ち上がると礼儀正しく拱手した。


「ただ今戻りました、美(び)燕(えん)義(ね)姉(え)さん」

「母上!」

「母上、秀兄ちゃん、ちゃんと帰ってきてくれたよ!」

「ふふっ、そうね」


 ──姉さん? 母上?


 どうやら彼女は幼子達の母であるらしい。だが秀蘖は彼女に『姉さん』と呼びかけた。幼子達が秀蘖の子供であるならば、何やら矛盾した呼称になっていないだろうか。


「あら、秀蘖君。そちらの方は?」


 玉緋が一人で混乱を深めていると、女性は玉緋を見つけて小首を傾げた。


 その様子は相変わらずおっとりとしていて、特に敵意は見えない。むしろ幼子達も含めて、屋敷から現れた面々はあまりにも敵意や警戒心といったものがなさすぎる。それも玉緋にとっては想定外で、玉緋は何てことないはずの言葉に反射的に身を強張らせた。


「お。そうだ、紹介させてください義姉さん」


 そんな玉緋の様子に気付いているはずなのに、秀蘖は相変わらず玉緋に状況を説明するつもりがないらしい。


 女性からの問いにパッと顔を輝かせた秀蘖は、玉緋との距離を詰めると気安く玉緋の肩を抱き寄せた。突然の接触に玉緋が目を見開くことにも構わず、秀蘖はご機嫌な様子で女性に玉緋を紹介する。


「この度、俺の嫁になってくれました、荷(か)玉緋殿です」


 秀蘖が口にした言葉に玉緋はさらに目を剥く。思わず玉緋はバッと秀蘖を見上げるが、秀蘖は無邪気な笑みを広げたままだ。


「まぁ! まぁまぁ!」


 対する女性も、玉緋の反応は気になっていないようだった。パアッと顔を輝かせた女性は、胸の前で両手を合わせるとズイッと身を乗り出してくる。


「どこで知り合ったの? 秀蘖君、戦に行ってたんでしょう?」

「その戦場ですね」

「まぁまぁ! 秀蘖君らしいわ!」


 ──『秀蘖君らしいわ!』って何だ!? 『秀蘖君らしいわ!』って!


『いい加減に状況を説明しろ!』と玉緋は視線で秀蘖に訴える。それでやっと気付いたというわけではないだろうが、視線を受けた秀蘖はようやく玉緋へ顔を向けると目の前の人々を玉緋に紹介した。


「玉緋殿、紹介する。こちら、俺の長兄、禮(れい)焔(えん)の奥方で、美燕義姉さん。こっちは禮焔兄上と美燕義姉さんの息子で、禮(れい)泉(せん)と禮(れい)耀(よう)」

「え……」


 ──つまり、兄嫁と、甥(おい)?


「初めまして、美燕です」

「禮泉です」

「禮耀です!」

「は、初めまして……?」


『ここは劉秀蘖が暮らしている屋敷ではないのか?』やら『兄がいるのか? さっきこいつを指して御者が「劉家の若当主」って言ってなかったか? 家長は誰なんだ?』やらと、いくつもの疑問が胸中を駆け巡る。困惑し通しでそろそろ目(め)眩(まい)がしそうだ。


 そんな玉緋の様子も、やはり秀蘖はきっちり把握しているのだろう。わずかに策士としての笑みを見せた秀蘖は、玉緋の肩を抱いたまま耳元へ唇を寄せる。


「詳しい事情は屋敷の中で説明する。さすがに中まで入れば、面倒な耳目も消えるだろうから」


 ──面倒な耳目?


 その言葉に、玉緋はスッと目をすがめる。それだけで玉緋が何かを察したと理解したのだろう。瞳の奥に満足げな色を溶かした秀蘖は、玉緋の肩を抱いたまま玉緋を屋敷の内門の方へ誘(いざな)っていく。


 ──何やらこいつにも、それなりの事情がありそうだな。


 混乱に浮つく心をその気付きで引き締めながら、玉緋は劉将軍府の屋敷の中へ足を踏み入れたのだった。


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