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脂肪転移の魔術師 完全なハズレスキルが最強の錬金術スキルでした  作者: レモンティー


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第一話:完全な外れスキル

マリクは、その場で言葉を失った。

神殿の高い天井。差し込む光。厳かな空気。

だが今の彼にとって、それらはただの“処刑台の背景”にしか思えなかった。

「……“脂肪転移”?」

もう一度、口に出して確認する。

聞き間違いであってほしいという、淡い期待を込めて。

しかし、神官は淡々と頷いた。

「はい。自身、あるいは対象の脂肪を別の対象へ移動させるスキルです」

「……移動させるって、どれくらい?」

「量は術者の制御次第ですが、基本的には“身体に存在する脂肪”をそのまま移す形になります」

「……は?」

理解が追いつかない。

「つまり、俺の腹の脂肪を……誰かに?」

「可能です」

「……それで?」

「それだけです」

沈黙。

数秒後、マリクは思わず笑った。

「いやいやいや……それ、“だけ”って……」

「はい。“だけ”です」

神官は一切表情を変えない。

「いや待ってくださいよ。攻撃とか、防御とか……そういうのは?」

「直接的な戦闘能力はありません」

「バフとか、デバフとかは?」

「脂肪の増減による影響はありますが、一般的な意味での強化・弱体とは異なります」

「……」

終わっていた。

完全に、終わっていた。

周囲のざわめきが耳に入る。

「なんだあれ……脂肪?」

「ハズレにもほどがあるだろ……」

「せめて“筋力移動”とかならな……」

笑い声すら混じる。

マリクは拳を握りしめた。

(ふざけるなよ……)

この世界では、スキルがすべてだ。

剣の才能、魔法の資質、回復能力――それらを持つ者は、冒険者として、兵士として、あるいは貴族に取り立てられる。

だが、“脂肪を移す”。

そんなものに、どんな価値がある?

(誰が喜ぶんだよ、そんな能力……)

脳裏に浮かぶのは、せいぜい冗談のような使い道だけだ。

太った人間の脂肪を減らす?

いや、その分誰かが太るだけだ。

痩せたい貴族令嬢の依頼?

いや、そんなもの“他人に押し付ける”だけの話だ。

倫理的にも最悪だし、そもそも発覚したら処刑されかねない。

(……詰んでる)

マリクは静かにうつむいた。

「……他に、何か隠し効果とかないんですか」

最後の望みを込めて、絞り出すように聞く。

神官はわずかに目を伏せ――

「現時点では確認されていません」

無情な宣告。

「……そうですか」

終わりだ。

人生のスタート地点で、すでに詰みを引いた。

そんな感覚だった。

神殿を出ると、外はやけに明るかった。

空は青い。

人々は笑っている。

子供たちは走り回っている。

そのすべてが、自分とは無関係の世界のように見えた。

「……はぁ」

ため息が、やけに重い。

(せめて……せめて、何か一つでも“使い道”があればな)

自分の腹に手を当てる。

少しだけ、柔らかい。

これを誰かに移せる。

それが何だ?

(……笑えねぇ)

だが、そのとき。

ふと、違和感がよぎった。

(……待てよ)

“脂肪を移す”――それだけ。

だが、“それだけ”とは、どういう意味だ?

距離制限は?

対象の制限は?

量の上限は?

速度は?

精度は?

神官は「それだけ」と言ったが、

“細かい仕様”については、ほとんど説明していない。

(もし……)

ほんの一瞬、思考が別の方向へと傾く。

(もし、これ……“任意の部位に”移せるとしたら?)

例えば――

心臓の周囲。

喉。

関節。

あるいは――

(……内臓の中、でも?)

ぞくり、と背筋に冷たいものが走った。

「……いや、まさかな」

首を振る。

そんな都合のいい話があるわけがない。

これは“ハズレスキル”だ。

神官もそう言った。

戦闘には使えない。

価値は低い。

だからこそ、自分に与えられた。

(……そうだろ)

自分に言い聞かせるように、もう一度つぶやく。

だが――

その夜。

安宿の硬いベッドの上で、マリクは眠れなかった。

頭の中を、同じ考えがぐるぐると回り続ける。

“移すだけ”のスキル。

だが――もし。

「……試すか」

ぽつり、と呟いた。

それが、すべての始まりになるとも知らずに。

このときはまだ。

本当に、“完全なハズレスキル”だと――

そう思われていた。

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