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アグリニオン戦記 After Story  作者: 田丸 彬禰


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女王の苦悩 

 アグリニオン帝国の黎明期。


 この時代、皇帝という言葉はアグリニオン帝国の初代皇帝アルディーシャ・グワラニーと同義語であるのだが、それは女王も同じ。

 女王。

 それは新ブリターニャ王国の女王ホリー・ブリターニャを示すものとなる。


 ちなみに、ホリーは皇帝グワラニーの妃のひとりに列せられている。

 遠い昔に、魔族の国、その十一代目の王が正式に制定したこの世界の理のひとつに則れば、グワラニーの妃である彼女はホリー・グワラニーと名乗るべきところなのだろうが、少なくてもブリターニャ女王の立場であるときの彼女はホリー・ブリターニャと名乗っている。


 ついでに言えば、勇者一行のひとりであったフィーネはグワラニーの妃の列に強引に割り込んでからもフィーネ・グワラニーではなくフィーネ・デ・フィラリオと名乗っている。

 それは彼女がグワラニーの妃になったのは、ふたり、正確に言えばグワラニーの正妃デルフィンを含めた三人だけが知るあることを実現するためのかりそめのものであるためである。


 それが、ふたりの中での話なのだが、あれだけ自立心が強いのだ。

 もしかしたら、そうでなくても彼女はグワラニー姓を名乗らなかったかもしれない。


 そして、グワラニーもホリーやフィーネに自身の姓を名乗らせることを強要することはなかった。


 もちろん、ふたりには特別な事情もある。

 だが、基本的にそのようなことは彼にとっては些細なこと。

 いや。

 出来たばかりの帝国の運営や仕組みの再構築、さらに永遠とはいかなくても長く平和と繁栄を享受する世界をつくる義務を自身に課したグワラニーにとってそのようなことに多くの時間を取られるなど馬鹿馬鹿しいかぎり。

 さらに言えば、彼にとっても妻とはデルフィンだけであり、様々な事情により妃にした者がどう名乗ろうがどうでもいいことであり、彼女たちにグワラニー姓を名乗られたほうがかえって困るというのが本音。


 これについてグワラニーはこのような言葉を残している。


「結婚すれば同じ姓を名乗る。その慣習の中で長くこの世界に生きてきた私にとってはおかしなものは何もない。だが、それによって不利益が生じる者や不満を持つがいるのならそれは当人たちに任せればいいことであり、わざわざ皇帝が『ああしろ、こうしろ』と命じるようなものではない。もちろんそれが国の利益に反するものなら、私も自分の意見を変えるが、それをおこなった場合、当然「姓」という看板だけの話ではなくなり、相応の義務も生じ、それによって失うものもあることもよく考えるべきだろう」


 さて、長い前置きとなったのだが、女王という言葉を自身の固有名詞のように使うホリー・ブリターニャだが、彼女は一日に何度も口にする言葉。

 それがこれである。


「人が足りない」


 むろん、足りないのは人だけではなく、金や領地も足りないのだが、現在のホリーにとって最も足りていないのは人だった。


 人。


 彼女の立場と置かれた状況、それらを頭に入れたうえでこの言葉を聞けば、人が足りないとは有能な人材が足りないということ。


 多くの者はそう思うことであろう。

 もちろん現在のブリターニャ王国には有能な人材が足りないことは間違いない。

 だが、ホリーが口にしている「人が足りない」という言葉は、その言葉どおり、人が足りないことを嘆いているものだった。

 つまり、人が足りないとは人口が足りないということだったのだ。


 むろん、ホリーの言う「人が足りない」ことの原因は魔族との戦争。

 そして、それは最終盤に立て続けに起きたとてつもない規模の死者を生み出した大敗にあるのだが、その最後に起きた王都崩壊がそれを決定的にしたと言っていいだろう。


 だが、ブリターニャと同じく対魔族戦の負け組であるフランベーニュやアストラハーニェ、さらに離脱組であるノルディアやアリターナだけではなく、勝者である魔族も多くの死者を出した。

 当然人的被害の影響は程度の差こそあれどの国にもある。


 それにもかかわらずブリターニャだけがそれだけ深刻な影響が出ているのか?


 それはブリターニャの特別な事情がある。

 ブリターニャは他の国々以上に王都サイレンセストにすべてのものが集まっていた。

 そして、国民も農民と軍人を除けば、ほぼすべてがサイレンセストに集まっていたと言っていい。

 そのためサイレンセストはこの世界で一番の人口を誇る特大の城塞都市だった。

 だが、逆にいえば、サイレンセストを除いたブリターニャの国土には軍事的要衝を中心とした小さな町が点在するだけであったともいえるわけで、そのような状況で起こったほぼすべての住民を巻き込んだ王都崩壊。


 残された者たちだけで国を再建するのは簡単ではないというのはこのような事情からだった。


 前述したとおり、とりあえず王都には無縁な存在だった農民と兵士はそれなりの数を保っている。

 だが、それだけでは国を維持することはできない。


 ところで、ブリターニャだけが国家を運営する人材が不足する事態に陥っている。


 実を言えば、この言葉は厳密には正しくない。

 そう。

 少しだけ時間を遡れば、ホリーが直面している事態とほぼ同じ状況に陥った者がいたのだ。


 アレクセイ・カラシニコフ。


 後世の歴史家たちによって「最初にして最後の革命成功者」という肩書を得ることになる新アストラハーニェ王国の王で、そこに知られていない事実をつけ加えるならば、グワラニーと同じく別の世界からの転生者であり、その国の事実上の軍事組織の一兵卒だった者。


 むろん彼は革命家などではなく、多くの者が革命と呼ぶその簒奪は自身を守るためにやむを得ず起こした内戦に勝利した結果なのだが、その戦いの最終盤で、彼は国王とその取り巻きだけではなく国の中核のすべてを物理的に吹き飛ばしてしまった。

 まさに、現在のホリーがおかれた状況と同じ。

 しかも、それを自らおこなったというおまけまでつく。


 たとえば、某世界の英雄譚であれば、ここから覚醒したカラシニコフがすべてのことを差配し、崩壊した国を一気に立て直すということになるのだろうが、残念ながら彼はその才の持ち合わせはなく、別の世界での前職まで遡ってもそのようなものに無縁だった。


 無の状態に陥った国家を立て直すことなどできない。

 このようなことができるのは特別な才の持ち主だけ。


 そして、自分がそこに含まれていないことをカラシニコフは承知していた。


 本来自分は為政者となるべき者ではない。

 特にこのような状況においては。


 自虐的な気持ちを含めて彼は自身の思いをそう呟いていた。


 だが、自身は為政者としの才がないことを知っていたことがカラシニコフに幸運をもたらす。


 カラシニコフはできもしないことはやろうとはせず、その代わりに、それをおこなうことを得意としている者からの誘いを受けパートナーとして迎え入れた。


 アルディーシャ・グワラニー。


 そして、それがそのパートナーの名である。


 むろん、その結果は歴史が証明している。


 それまでの経緯から新国王の決定に反感を持った者もその急速な復興を見せられては黙せざるを得ない。

 そして、彼らは皆、賞賛する側へと舵を切った。


 ブリターニャに新王が誕生する頃にはカラシニコフは完全に国と国民の心を完全に掌握しており、堂々と国外へ出かけられるまでになっていた。


 アレクセイ・カラシニコフの例から考えれば、ホリーの進む道は決まっている。

 そして、もしその道を進むのであれば、ホリーはカラシニコフよりも遥かに条件は良いと言えるだろう。

 なにしろ、ホリー・ブリターニャと名乗る新ブリターニャ王国を率いる女性は、一方でアグリニオン帝国の皇帝アルディーシャ・グワラニーの妃のひとりという地位にあるのだから。

 さらに、帝国はブリターニャへの援助を盛大におこなってきたという経緯がある。

 ホリーがグワラニーに援助を求めれば、間違いなくグワラニーは必要なものすべてを提供するだろう。

 実際にグワラニーの属僚である旧軍官たちはそのための準備も進めており、いつそのような状況になっても手を差し伸べられる状況になっていた。

 そして、直接的及び間接的情報によってホリーもそのことを知っていた。


 だが、ホリーはその最良手を使おうとしなかった。

 いや。

 使えなかった。


 むろん、それはブリターニャ国民の、魔族に対する反感の強さ。

 それはアストラハーニェなど比べようがないくらいのもの。


 それがあるからホリーはホリー・ブリターニャと名乗っているわけなのだが、グワラニーほどではないものの、ホリーも姓に拘りなどなく、ブリターニャ姓を名乗っているのは単に国を統治しやすいという為政者としての都合だからである。

 だが、帝国からの援助となるとそうはいかない。


「王都を焼かれ身内を殺された記憶がある者にとって、帝国の香りのするものなど受け入れられないという気持ちはわかります。ですが、現実問題として、帝国からの資金援助がなければこの国はやっていけないのです」


「金は受け取るが魔族の者が国の運営に関わることはお断りというのはあまりにも自分勝手のような気がします。それに……」


「すべてを自前でやる。もちろんそれが一番いいことはわかっています。国の運営をおこなう役人、商人、そして職人。そのすべてが足りず、その状況を放置したままでは国が動かないのですから、次善の策としてどこからか補充するしかないのです。魔族がダメというのなら、補充先はオンファロスやアリターナ、ノルディアやフランベーニュからということになります。ですが……」


「名前が変わっただけで昔と変わらぬ強欲ぶりを発揮している守銭奴商人に商売の中核を担わせると考えただけでも、帝国に人的援助を求めないというのは非常に悪い選択肢に思えるのですが」


 文官たちを前にしてホリーは方針を説明するものの、居並ぶ者たちの表情から窺えるものは明らかに不満、とまではいかなくても少なくても納得とは対極にあるものだった。


 ……この程度のこともわからないのですか。


 心の中で言葉を吐き出したホリーは思う。


 ……同じように王都を完全破壊されながら、何事もなかったかのように歩み続ける帝国と、二流どころか三流以下の者で国を動かさなければならないブリターニャ。


 ……これは勝者と敗者の差だけではない。


 ……一方は王都に住む者たちを避難させ、もう一方はそれを拒んだ。

 ……誇りと潔さは認めます。

 ……ですが、その結果がこれなのですから、やはり先王である父上の選択は間違っていたと言えるでしょう。

 ……その前にすべてを王都に集めていたことが間違い。


 ……まあ、今さらそれを言っても詮無き事ですが。


 ……そして、なによりも感じるのは、国の基礎は人材であるということ。

 ……破壊された建物はまた建て直せばいい。ですが、失われた人材を回復するのは簡単なことではない。まして、ほぼ無に近い状態からすべて自前でやるとしたら数十年は必要となります。

 ……むろん、それ自体やるべきことではあるのですが、その間も国を動かす人材は必要となります。そうなれば……。


 ホリーは大きく息を吐く。


「もう一度言います」


「皆がブリターニャ人としての強い誇りを持っていることはよくわかりました。そして、この国の王としてそれは非常に喜ばしいことではあります。ですが……」


「それだけではこの難局は乗り越えられない」


「ですので、国の統治機関の再建については帝国の援助を仰ぎます。それがほぼ停止状態にある国政を早急に立て直す私が持つ最も良い方法です」


「ですが、もちろんこれは私としても不本意なもの。この中で、それ以外の方法でほぼ停止している国の運営を一気に立て直す素晴らしい案を持っている者がいるのならそれを示してください」


 当然と言えば当然ではあるのだが、すぐさま無責任極まる勇ましい意見が次々と披露される。

 だが、ホリーの側近で旧王朝の文官団幹部の生き残りクラレンス・シュルーズベリー、ベンジャミン・ランピターから「失敗したときには相応の責任を問う」という言葉が出た瞬間、そのすべてが立ち消えとなる。

 結局、人材すべてを自前で賄ったうえで、帝国のエリートたちよりうまく国を運営できるなどという夢のような案は現れず、ブリターニャはホリーの言葉どおり帝国の文官たちの指揮で国を運営するという屈辱的な方針に舵を切る。


 ただし、それによってブリターニャが暗黒時代を迎えたのかといえば、全く違う。


 ブリターニャの支配を望んでいないグワラニーから強圧的なふるまいを禁止されているうえ、帝国の文官たちにとってブリターニャの再建の成功は自身の評価。

 さらにいえば、彼らにとってブリターニャはあくまで箔をつける場所であり、栄達の場とは帝国。

 その出世レースに復帰するためにはさっさとブリターニャ人へ引き継ぎを終わらせ、クアムートに戻らねばならない。

 ブリターニャにやってきた帝国の文官たちは競い合うように乏しい人材の畑を必死に掘り起こし使えそうなブリターニャ人を探し出すと、徹底した教育を施しながら文官組織を組み上げていく。


 帝国の文官によるその涙ぐましくも狂わしい宴が始まる少し前、グワラニーはホリーに会い、このような助言をしていた。


「傍にいたのでわかっているとは思いますが、軍の指揮官であったときの私は、数の信奉者でした」


「そして、皇帝として国の頂点に立ち、国の指揮を任せられてからもこの気持ちは変わりません」


「すなわち国の強さ。その核は国民の数。それが現在の私の基本的な考えであり、ブリターニャという国を率いるあなたにもこの考えを持ってもらいたい」


「もちろんあなたは女王として、現在ブリターニャに残った国民の幸せのために多くのことをおこなわなければならないわけなのですが、それと同時に、あなたは国の未来も考える責務を負っているのです。そして、国の未来を見据えた場合、あなたが何をおいてもおこなわなければならないこと。それが……」


「国民の数を増やすことということになります」


「むろん、多くの者がいれば必ず馬鹿が現れる。それは事実。ですが、それと同じくらいに有能な者も現れる。そして、その中にはとんでもない逸材がいる」


「百万人にひとりの逸材。百万人しかいない国ではそのような逸材はひとりだけしか現れない。そして、五十万人の口ではひとりとして現れない。ですが、人口一千万人の国ではその逸材は十人おり、一億人いれば百人もいることになります。もちろんこれは一例でありこのとおりというわけではありませんが、一億人の国民を抱えた国の方が五十万人しかいない国よりも有能な人間が現れる可能性が高いのです。このひとつをとっても一億人の国と五十万人の国。どちらの国によりよい未来があるかはいうまでもないでしょう」


「少数精鋭。為政者的な視点でいえば、国民の数が少なければひとりひとりを豊かにすることができると言い換えてもいいでしょう。むろん、どちらを取っても非常に響きの良い言葉です。ですが、数の信奉者である私から言わせれば、それは数を揃えられなかった者の言い訳。一時的な勝利や繫栄はあっても最終的には数の多い方が勝つ」


「国民を増やし、さらにそれと同時にひとりひとりを豊かにしなければいけない。相反する命題のようですが、これを同時におこなうことが出来た者こそ為政者の鑑。いや。これこそが為政者が目指すべき目標」


「確かにそれを達成するのは厳しい道のりではありますし、命題のひとつだけを追う方が楽です。ですが、このふたつは金貨の表と裏のようなもの。ふたつが揃った先に国家の真の繁栄があるのです」


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