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第2話 「嫌われないようにしていたら、誰にも選ばれなかった」

 「なんでも受け入れてくれる人って、安心しますよね」


 結衣がそう言ったとき、

 僕は「そうだね」と笑って頷いた。


 本当は、その言葉が少しだけ引っかかっていた。


 安心。

 それは、たぶんいい意味だ。


 でも同時に、どこかでこうも聞こえた。


 ――何をしても大丈夫な人。


 その違いを、僕はうまく言葉にできなかった。


 断るのが苦手だった。

 昔からそうだ。


 頼まれたことは、できるだけ引き受ける。

 自分が我慢すれば済むなら、その方がいいと思っている。


 その方が、関係が壊れないからだ。


 大学の頃、付き合っていた彼女がいた。


 彼女は気分の波が激しくて、

 昨日まで機嫌がよかったかと思えば、急に不機嫌になることがあった。


「なんでそんな言い方するの?」


 理由は分からない。

 でも、とにかく謝った。


「ごめん、気づかなかった」


 本当は、何が悪かったのか分からなかった。


 でも、ここで食い下がったら、もっと面倒になる気がした。


 だから、自分の感情は後回しにした。


 そうやって、その場をやり過ごす。


 それを繰り返していくうちに、

 “自分がどう思っているか”よりも、

 “相手がどう感じるか”の方が大事になっていった。


「田中くんって、本当に優しいよね」


 彼女はよくそう言った。


 その言葉を、僕は安心材料にしていた。

 これでいいんだ、と。

 ちゃんとやれている、と。


 でも、ある日。

「ごめん。なんか、一緒にいても楽しくない」 


 あっけないほど、静かに終わった。


 理由は、最後まで分からなかった。

 ケンカをしたわけでもないし、

 何か決定的なことがあったわけでもない。


 むしろ、うまくやっていたはずだった。


 それでも、終わった。


 そのあとも、似たような恋愛を繰り返した。


 相手に合わせて、気を遣って、

 できるだけ嫌われないように振る舞う。


 でも、結果は同じだった。


「いい人だよね」


 その言葉のあとに続く沈黙を、僕は何度も経験した。


 結衣と話していると、ふとその記憶がよぎる。


「田中さんって、怒ったりしないんですか?」

「うーん、あんまりないかな」

「すごいですね。私、すぐ顔に出ちゃうから」


 本当は違う。

 怒らないんじゃない。

 怒れないだけだ。


 でも、それを言ったところで、

 この関係にとってプラスになるとは思えなかった。


 だから、また飲み込む。

 何もなかったことにする。

 その方が、楽だった。


 帰り道、電車の窓に映る自分を見る。

 誰かに合わせることに慣れすぎて、

 自分の顔が、少しだけ他人みたいに見えた。


 優しいと言われるたびに、

 何かを差し出している気がする。


 でも、それが何なのかは、はっきりしない。


 ただ一つだけ、分かることがある。

 このまま同じやり方を続けても、

 たぶん、また同じところに戻ってくる。


 それでも僕は、まだやめられない。

 嫌われるよりは、ましだと思っているからだ。


 優しさだと思っていたものが、

 別の何かだったと気づくには、

 もう少し時間がかかる。

(第3話へ)

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