最終話 「###」
「……どこだろう、ここは」
何も見えない。何も感じない。もしかして、俺は死んでしまったのだろうか。
「いいえ、違いますよ」
俺は――#######は目の前の誰かを見る。男とも女とも取れない声で、顔は眩い光に遮られて見ることは出来ない。だが、俺は何処か懐かしさを感じた。
「あなたは生まれ変わったんです。不運な交通事故によって」
「交通事故……?」
「はい。あなたは居眠り運転のトラックから弟さんを庇ったんです。その際に、人生を終えました」
「あれ……それって、やっぱり死んだんじゃ……」
「今は、違いますよ。あなたはこの世界で生まれ変わったんです。ほら、思い出してみてください」
……頭の中に、覚えのある記憶が流れ込んでくる。魔物研究者の魔族の少女、元有名人の同郷の姉弟、前世での唯一の友達、ブラコンが過ぎる食堂の店員さん、得体の知れない先輩、魔物と一体化した元病弱少女、この世界で最初の仲間になった金髪の少女、俺の剣に宿っていた神……そして、俺の大切な弟と妹。
「…………!思い出した……俺は……」
俺は――###ではない。ユウだ。あの世界で、俺はユウという名で生きていたのだ。弟と妹と出会った幸運を終わらせないために。今度は――自分の生きる意味を見つけるために。
「でも、あの時……俺はもう一度死んだ」
思い出すのは、≪深淵の神剣≫とかいう奴との戦い。世界を救うために、俺は奴に挑み、そして……自分の存在を代償に奴を倒したのだ。あの神に後を託して――
「……そうか、神だ!なぁ、そこの……えっと……どちら様?」
「俺の名前でしたら、コウで構いませんよ」
「……コウ、ここに、あの神様はいるのか?」
コウは俺の問いを聞くと、悩むような素振りを見せる。その表情は光に隠れ、感情は読み取れない。
「……うーん、あのお方ですか……ここにはいませんよ。でも、言伝なら預かっています」
「言伝?」
「ええ、「約束は果たした。後は貴様の好きにするがいい」と言っておられました」
「……そうか。上手く、いったんだな」
どうやら神は、俺との約束をちゃんと果たしてくれたらしい。正直賭けのようなものだったが……復活させてもらうという約束は無事果たされたのだ。
「ほら、自分の身体を意識してみてください。徐々に感覚が現れ、元に戻っていくでしょう」
コウの言うように、俺は自分の姿を思い浮かべた。すると、辺りの暗闇が消え、俺の目に自分の身体が写る。手足を動かしてみると、それが自分のものであるという事がはっきりと分かった。
「よし!動けるぞ!」
「では、こちらを受け取ってください」
コウは両腕に見覚えのあるものを抱え、俺に渡してきた。――それは、一振りの剣だった。黒く輝くその剣の名は……混沌剣カースフェイス。俺がこの世界にもらった、特典というやつだ。
「そちらは、今はあなたの所有物ですので。天界からあなたに返すようにスレイプニール様から伝えられております」
「え、良いのか?」
「はい、もちろんでございます」
コウは恭しく礼をし、剣の鞘を渡してくれる。俺はそれを腰に着けると、剣をその鞘に収めた。
「うおっ……やっぱ重いな」
「それでは、あなたがいた世界……あなたにとっての異世界に転送致します。……ちなみに、≪深淵の神剣≫を倒した特典として、元の世界に戻すことも出来ますが……どうされますか?」
「元の世界に……?」
それはつまり、ユウとサオリのいる世界のことだろうか。マジか、そんなことまで出来るのか。俺、本当に凄いことを成し遂げたんだなぁ…………コウの提案は魅力的な提案だが、俺の心はもう決まっている。
「いや、あの世界へ戻してください。――俺がユウとして生きていた、あの世界に」
俺は迷いなく、コウにそう告げた、……正直、ユウとサオリに会いたい気持ちはある。だが、俺はあの世界でもう死んでいるし、何よりあの二人なら、俺がいなくても大丈夫なはずだ。少し心配だが、大丈夫。それに、もしかしたら何かの拍子に会えるかもしれないしな。
「承知しました。それでは、転送を始めます」
「おう、よろしく頼む」
「下に魔法陣が現れますので、動かないようにお願いします。――それでは、いってらっしゃい」
コウの言葉と同時に、俺の視界が青い光で染まっていく。……これからも俺は、あの世界で様々な出会いがあり、いろんなことに巻き込まれていくのだろう。その過程で自分を知り、やがて生きる意味を見つけることが出来るようになるだろう。――その時を楽しみにしながら、俺はそっとあの世界に思いを馳せた。
「……これで、よかったんですよね」
###――ユウを見送ったコウは、誰もいない空間で一人呟いた。それに応えるものはおらず、コウの声だけが辺りに響いた。
「まさか、彼と出会えるとは思いませんでしたが……これも、神の導きなのでしょうか」
コウは脳裏に、自らが信じる神――欲望と虚無の神の姿を思い浮かべる。神の信徒の一人である彼は、その場で感謝の祈りを捧げた。
「……随分と大きくなって……顔は、あの人にそっくりだ」
先程出会った少年、###。異世界に渡り、自らの生きる道を切り開いていったあの世界の英雄。そして……コウにとってのかけがえのない存在。
「###……あなたは、新しい拠り所を見つけたんですね。ルミと同じように」
いつしか、コウが発していた光は消え、その顔が露わになる。……###と瓜二つのその顔が、何処か悲哀に満ちた表情に染まった。
「……俺はここで、あなたを見守っています。それが、我が神に与えられた役割ですから」
コウの言葉は静寂に吸い込まれ、そして二度と響くことはなかった。
この物語はここで一段落とします。ですが、続編や外伝などを書いて投稿する予定です。よろしければ、そちらも見ていただければ幸いです。




