後日談 二人だけの結婚式
結婚式の主役は間違いなく花嫁である。
早々に着替えを終えたディートハルトは、ゆっくりと式が始まるのを待とうと思っていたのに、クラウディアの突撃を受け、苛立っていた。
「アリサのドレス姿、とても綺麗だったわ……。白いドレスに真っ黒な髪と瞳が映えて」
この国のしきたりでは、新婦が新婦の晴れ姿を見られるのは式典が始まってからと決まっている。
だから、アリサの衣装の準備にディートハルトは一切関わっていない。
周囲の既婚者達(複数)から、『結婚式で恨まれたら後々まで引き摺る』と忠告を受けたので、式の準備物を置いてある部屋には近付かないよう、かなり気を遣ってきた。
「本人がまた慎ましくて可愛いのよね。礼装のあんたと釣り合わないかもって自信なさそうにしてるのよ。アリサの方がずっと可愛いのに」
自分の知らないアリサの姿を、姉が先に目撃しているのが非常に不愉快である。
だが、発言の内容は全面的に同感だった。
軍の礼装の自分より、婚礼衣装を身に着けたアリサの方が見栄えがするに決まっている。
今日は、非公式に行われるディートハルトとアリサの二人きりの結婚式――のはずだったのだが、どこからともなく話が漏れて、クラウディアが割り込んできた。
そのせいで、別の人間に頼むはずだった立ち会いの聖職者を任せる事になってしまったのである。
ディートハルトは不本意だったが、アリサが望んだので叶えるしかなかった。
「姉上、わざわざそれを言いにここに?」
ディートハルトは不快感を隠さずに尋ねた。
するとクラウディアは軽く肩をすくめる。
「まさか。それだけの訳ないでしょう? ソレル嬢の縁談がまとまったから、一応伝えておこうと思って」
「そうですか」
「そうですかじゃないでしょ、この馬鹿」
クラウディアが頭を叩きに来たので、ディートハルトは体を引いて避けた。
「なんで避けるのよ!」
「髪が乱れたら嫌なので」
ついでにクラウディアの攻撃を受けるほど鈍くない。
――と油断していたら脛を蹴られた。
大して痛くはなかったが、礼装に姉の靴の形が付いてしまった。
「これから式なのに、なんて事するんですか」
苦情を申し立てながら、ディートハルトは浄化の魔術で綺麗にする。
「あなたはともかく、アリサが平穏に暮らすためには、敵は少ないに越したことはないでしょ! そう思ったから、私からお兄様にお願いして間に入っていただいたの。少しは感謝して欲しいわ」
「それはどうも。誰が何をしてきたとしても蹴散らす自信はありますが」
「やっぱりあんた可愛くないわ。あんたがあちこちのテラ研究者に接触してるのをアリサにバラしてやろうかしら」
「どうぞ。俺はただ、彼女の帰りたいという願いを叶えてやりたいだけです」
ディートハルトはクラウディアに冷たく言い返した。
「本当にそうかしら? 何か新しい発見があった時に、情報統制をかける為じゃないの?」
「情報統制はかかるでしょうね。もしそういう発見があれば、大きな国益になる」
「違うわ。私が聞きたいのは、アリサに対してどうするのかよ」
「話しますよ。アリサの願いは全て叶えてやりたい」
ディートハルトの答えを聞いたクラウディアは眉間に皺を寄せた。
「即答するなんて嘘くさいわ」
姉の疑念に、ディートハルトは苦笑いを浮かべた。
「……本音を言うと、その時が来てみないとわからないです。アリサへの気持ちが強すぎたら、俺はきっと全力で彼女から情報を隠すでしょうね」
「いきなり前言を翻したわね。それ、アリサに言っていいの?」
「どうぞご自由に。アリサは聡いので、俺の葛藤なんてお見通しだと思います。とはいえ、姉上がアリサに言い付ける時には、俺を悪く言うでしょうから、できればここだけの話にして頂ける方がいいです」
「人を性悪みたいに……」
「無自覚だったんですか?」
「…………」
クラウディアはディートハルトを睨みつけてきた。
「…………言わないわよ」
ややあって、姉は小さな声でつぶやいた。
「悔しいけどあなたとアリサは傍から見ていていい感じだもの。できればそのままいつまでも仲良く過ごして欲しい。もし何か研究に進展があって、あの子に隠す時は、うまくやりなさいよね」
「まさか姉上に支持して頂けるとは……」
「……アリサは可愛い。でもあんたも一応、私にとっては可愛い弟なのよ」
「姉上にそういう感情があったんですか? 初耳です」
ディートハルトはぎょっと目を見開いた。姉には悪いがぞわっとした。
「失礼ね。同じ血を分けた姉弟だもの。肉親としての情は一応あるの」
クラウディアは、照れくさいのか頬を赤く染めた。その顔を見た瞬間、ディートハルトの鳥肌がおさまる。同時に姉に対して失礼な感情を抱いてしまった事に罪悪感が湧いた。
「心を許せるパートナーが出来てよかった。おめでとう、ディート」
「ありがとうございます、姉上」
クラウディアの祝福に素直に礼が言えた。姉に対するわだかまりがかなり薄れた気がした。
◆ ◆ ◆
式の会場は、王都の郊外にある寺院だ。
敷地内には、ディートハルトの母、フレデリカの墓所がある。
聖堂の中で待っていると、付添人を務めるビアンカと一緒に、婚礼衣装に身を包んだアリサが入ってきた。
ヴェールで顔が隠れていて良く見えないが、清楚なドレスは、ほっそりとした彼女の体型に良く似合っていた。
祭壇の前に花嫁が到着すると、クラウディアによる婚礼の宣誓が始まった。
正確には結婚式もどきなので、招待客は誰もいない。クラウディアや準備を手伝ってくれた使用人を除けば、二人だけの式だ。
それが申し訳ない一方で、悪くないと思う自分もいた。閉ざされた世界で、二人だけで生きていくつもりの自分達にはこの形式がふさわしい気がする。
ディートハルトとアリサは思考の方向性が似ているので、きっと同じように思ってくれているのではないだろうか。
やがて、ワインを口移しで与える儀式の時間が訪れ、ようやくアリサの顔を拝む事ができた。
クラウディアが聖別されたワインをグラスに注ぐ。その間に、ディートハルトはアリサと向かい合った。
長身のディートハルトに合わせるために、ヒールの高い靴を履いているのか、いつもよりも頭の位置が近い。
ヴェールをそっと持ち上げると、唯一無二の漆黒の瞳があらわになった。
純白の衣装を身に着けたアリサは、顔立ちが幼いせいか無垢な少女のように見えた。
――そんな彼女を何度も穢した。
アリサの体の中で、自分が触れていない場所は存在しない。
仄暗い感情が湧き上がる。ここが寝室なら、いますぐにでも押し倒して滅茶苦茶にしてやるのに。
そんな事を考えていたら、祭壇の方から咳払いが聞こえてきた。
音を出したのはクラウディアだ。さっさと儀式を進行しろと言いたいのだろう。
ディートハルトはワイングラスを手に取ると、軽く回してから一口だけ飲みこんだ。
それから、もう一度グラスを傾け、少しだけ口に含むとアリサに向き直る。
人前での深い口付けが恥ずかしいのか、彼女の頬は、既に赤く染まっていた。
あまりの愛らしさに暴走しそうになる衝動を理性で抑え込み、ディートハルトはアリサに口付けた。
小さな唇がワインを受け入れるために開く。
ディートハルトは慎重に、口に含んだワインを彼女の口腔内に流し込んだ。
できるだけ事務的になるように心掛けたからか、口移しの儀式を終えたアリサは、驚いた顔をしていた。
(アリサは馬鹿だな)
目の前に姉がいる状況で、本気のキスはしない。
『その時』の彼女はとても愛らしい表情をする。それは、自分だけのものだ。
これにて完結となります。
本作品はコミカライズされておりまして、2025/1/31から配信が始まっております。
(隔月連載の予定です)
作画:Yukari先生
出版社:Jパブリッシング レーベル:Petal
公式サイト:https://www.j-publishing.co.jp/petale/book-30718/
コミックシーモア様・ブックライブ様・ブッコミ様にて先行配信中
他の電子書籍配信プラットフォームでは、少し遅れての配信となります。
現在ピッコマ様にて期間限定(~2025/5/31まで)で『待てば0円』で配信されておりますのでこの機会に読んで頂けますと幸いです。
登場人物全員魅力的にデザインして頂いておりまして、原稿を一足先に頂くたびに情緒がやばいです。
ディートの高貴クズ感が本当に素晴らしいのでぜひ…!




