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四章 艦上生活 02

 ディートハルトに書いてもらったこちらの文字は、見た目はルーン文字に似ていたが、ひらがなによく似ていた。

 五十音表に相当するものがあり、一音に一文字が割り当てられていたのである。

 英語のように、アルファベットの組み合わせで音が変わる言語よりも覚えやすそうだ。

 文字の種類は一種類で、濁音や『っ、ゃ、ゅ、ょ』に相当する文字は記号を組み合わせて表現する。ひらがら、カタカナ、漢字の三種類の文字が混在する日本語よりも、習得難易度は低そうである。


「君の祖国とこちらの文字に共通点があって良かったね」

「はい。少し頑張れば覚えられそうです。文字を覚えてしまいたいので、いらない紙を貰えませんか? 書くのが一番だと思うので」

「いいよ。ちょっと待ってて」


 ディートハルトは執務用の机に移動すると、まっさらなノートを持ってきた。


(ノートがあるんだ……)


 書くのがはばかられるような立派な装丁のノートに有紗は目を見張る。

 ちなみにディートハルトから渡されたペンは万年筆によく似ていた。

 もしかしたら筆記用具も自動車と同じで地球から伝わったものなのかもしれない。




 有紗が書き取りを始めると、ディートハルトは書類仕事に戻った。

 黙々と文字を書き綴っていると、漢字を覚えるためにひたすらノートに向き合った小学生の時を思い出した。

 ドアがノックされたのは、文字の練習を始めて三十分ほどが経過した時だ。


「バルツァーです。殿下、よろしいですか?」


 席を外した方がいいのかと思い、ディートハルトの顔を見ると、「そのままでいい」と声を掛けられた。それから彼は入室の許可を出す。


「殿下、そろそろ艦橋(ブリッジ)にお出ましになる時間ですよ」

「もうそんな時間か……」


 室内に入ってきたバルツァーにそう言われ、ディートハルトは面倒そうな顔をしながら立ち上がった。


「不在の間、アリサの相手をしてやってくれ。ついさっきまで文字を教えていた」

「かしこまりました。彼女に少し聞き取りをしても構いませんか?」

「ああ」

「寵姫にされると聞いて、ロイド艦長も是非挨拶したいと申しておりました」

「……そうだね、引き合わせておかないとね」


 ディートハルトは面倒そうな顔をしながら答えた。


(艦長さんの名前はロイド)


 一応覚えておこう。有紗はこっそりとノートに日本語で書き留めた。


「……そろそろ行ってくるよ。アリサ、また後でね」


 気怠そうな仕草で立ち上がると、ディートハルトは執務室を出て行った。


「さて、お茶でも入れましょうか」


 ディートハルトが去って行くのを見送ってから、バルツァーは、手に持っていた本や書類の束を執務机に置くと、壁際の戸棚に移動してティーセットを取り出した。


「よろしければ淹れ方を覚えてみますか? 殿下のご機嫌を取るのに使えますよ?」

「奴隷だから媚びておけってことですか?」


 やさぐれた気持ちで尋ねると、バルツァーは苦笑いを浮かべた。


「あなたを買い取って殿下に献上した私が申し上げてもご不快かもしれませんが、賢く立ち回られた方がいい」

「……バルツァーさん、何か態度が変わってませんか? 前はもっと、なんて言うか……そんなに丁寧じゃなかったですよね、話し方」


 有紗はバルツァーの態度の変化に眉を顰めた。

 すると、彼はふっと笑う。


「アリサ様の事は殿下が寵姫にすると明言されましたからね。これは八位貴族相当の地位に当たります。奴隷の立場は誰が主なのか、また、主からの処遇のされ方で大きく変わるのですよ」


 そう言いながらバルツァーはポットの上に手を翳した。どうやらお湯は魔術で準備するようだ。


「お茶を淹れるのにも魔術が必要なんですね」

「そうですね。お湯は誰かに頼んでください」


 バルツァーの返事に、有紗は眉間に皺を寄せた。


「こちらに準備しております茶葉は殿下が特に好んで飲まれている銘柄のものです」


 彼は、そのままてきぱきとした手付きで有紗にお茶の淹れ方を説明した。


(これって紅茶よね……)


 淹れ方からどうもそんな気配がしたのだが、バルツァーが淹れてくれたお茶は、見た目といい匂いといい、どう見ても紅茶だった。

 有紗はティーバッグ専門である。茶葉から淹れる丁寧な暮らしとは無縁だったので勉強になった。


「いかがですか?」

「美味しいです」


 高級な味がしたので有紗は素直に認める。


「気に入っていただけて何よりです。殿下にも是非淹れて差し上げてください」


 バルツァーは有紗に向かって微笑みかけると、応接セットへの移動を促した。


「こちらの身分制度について、殿下からご説明はありましたか?」


 バルツァーはソファに腰を下ろすと、そう切り出してきた。


「いえ、王族、貴族、奴隷がいる、という程度しかわかりません。さっきバルツァーさんが言っていた八位貴族というのは何ですか?」


「魔力の量を基準として、貴族に与えられる位階です。この国では、一定以上の魔力を持って生まれた者だけが貴族として認められ、一位から八位の位階を与えられます」


「私がその八位貴族に見なされるのは、王子様の夜の相手を務めるから?」


「ええ。無位の者が王族の寵姫に召し上げられた場合は八位相当、国王の寵姫であれば六位相当として遇すると、この国の貴族法では定められています」


「奴隷であってもそれは変わらないということですか?」


「そうです。元の身分は関係ありません。ただ、奴隷身分から解放されない限り、殿下の所有物という事は変わりませんが」


「どうすれば奴隷から解放されるんですか?」


「殿下のお子を産むか、殿下ご自身があなたを解放されるか……ですが、魔力を持たないあなたがこちら側の世界で生きていくのは現実的ではないでしょうね。生活に必要な魔術が使えないのですから」


「…………」


 有紗は顔をしかめた。


「……魔力が階級の基準になるのは、魔術が強力で特別な力だからですか?」


 内心の憤りを必死に堪えながら尋ねると、バルツァーは頷く。


「そうですね。魔力は魔術の源で、魔道具の動力でもある。ですが、それだけではありません。土地を富ませる源でもあります」


「土地……?」


「はい。大地に関わる魔術は国王にだけ扱える特別な魔術です。王族は血統的に特別で、月の女神ツァディーの末裔とされており、例外なく他の家系よりも高い魔力を持って生まれてきます。中でもディートハルト殿下は、神代の先祖返りと言われるほどの魔力をお持ちです」


 バルツァーはここで言葉を切った。


「魔力量は瞳の色にも顕れます。こちらの人間の基本の瞳の色は青。魔力が強ければ強いほど魔力の色である赤が強くなるのです」


「それは教えて貰いました。ディートハルト殿下の目が真っ赤なのは、特に魔力が強いからだって……」


「こちらの人間の体には、心臓の右隣……この辺りに魔力器官と呼ばれる臓器があります」


 そう告げると、バルツァーは自身の右の胸元に手を当てた。


「魔力器官には、月から降り注ぐ魔力を蓄積する機能があります。魔力量とはその臓器の性能を表す言葉でもあります。また、あなた方テラ・レイスとこちらの人間の種が違うと言われる大きな要因になっています」


 有紗はまじまじとバルツァーが手を当てた場所を見つめた。


(その臓器がなければ魔術が使えないという事なら、私には一生無理じゃない……)


 本当に種が違うのだと実感する。


「魔力器官の機能は生涯変わりません。生来の魔力量が少なければ、たとえ生まれが貴族であっても平民という扱いになります。逆に平民の間に生まれた魔力の高いものに関しては、その者の生まれた家の環境や運によって貴族になるかどうかが決まります」


「どういう事ですか?」


「伝手があれば貴族の養子として迎えられますが、幼いうちに奴隷として売られ、高級娼婦や軍奴とされる者も少なくありません。魔力の高い子供は高値で取り引きされますから」


「高い魔力を持って生まれても、貴族の家系に生まれるか、貴族の養子にならない限り、貴族にはなれない、という事ですか?」


「その通りです。ディートハルト殿下は一位王族、私は三位貴族です。一位から三位は上位、四から五位は中位、六位以下は下位貴族とも呼ばれております。ですが一位と認められる貴族は、最近は出ておりませんね」


(平安時代の貴族みたい)


 街並みや人々の見た目がヨーロッパっぽいから、爵位ではないのが何だか不思議な感じがした。


「だいたい瞳の色を見れば相手の位階がわかります。王族は赤、上位貴族は赤紫、中位から下位の貴族は紫で、無位の平民は青紫の瞳をしています」


「顔を見ただけでだいたいの地位がわかる……?」


「ええ。ですから生まれたばかりの赤子の目の色で、こちらでは一喜一憂します。たいてい両親と同じ目の色を引き継くのですが、そうではない事例も度々発生します」


「魔力の量や目の色は、だいたい遺伝するという事ですか?」


「さようでございます」


 バルツァーは頷いた。


「貴族は王から賜った位階に応じて、奉魔の義務、というものを負います。こちらをご覧頂けますか?」


 そう告げると、バルツァーは軍服の左袖を捲った。

 そこには数珠状のブレスレットが付けられている。

 ブレスレットの石は三分の二程が赤く、残りは透明だった。


「これは、魔水晶と呼ばれる魔力を蓄積する特殊な石で出来ております。透明なものは空で、魔力を込めると赤く変色します。我々貴族は魔水晶に魔力を込めて、定期的に国に納めなければなりません」


 ディートハルトの腕にも似たようなものが付いていただろうか。有紗は首を傾げた。


「国に納めた魔水晶は、国王陛下が地脈に魔力を注ぐ時に使用されています。貴族の総合的な魔力量は国力に繋がるのです」


「この国は、王様の権力がすごく強いんですね」


「そうですね。どこの国でも王家は特別な存在です。このフレンスベルク王国では、行政、軍事、政治における権限と財政は王に一元化されていて、貴族は軍人や官僚として(まつりごと)に関わっています。内乱をきっかけに分裂し、国土の半分を失いましたが、かつては大陸の三分の二を支配していたのですよ」


 そう語るバルツァーは誇らしげだった。


「この国の権力は、王を頂点とした階層構造になっています。王の下に貴族があり、貴族の下に平民がいる。奴隷は、その枠組みから逸脱し、市民権を手放した状態の者の事を言います」


 奴隷制度の説明が始まったので、有紗は姿勢を正した。


「戦争捕虜、犯罪者、そして、貧しさのあまり身売りした者が奴隷となります。テラ・レイスであるあなたの場合、そもそもの市民権がないため、世界を渡った直後、かなりの確率で奴隷にされてしまいますね。希少な体質のため高値で売れますから」


「……私にとっては最低です」


「そうでしょうね。私があなたの立場だったら同じように感じると思います。魔力の量や質という制約のため、満たされない生活を送っている貴族は多い。ですから、テラ・レイスの場合、容姿、性別、見た目に関係なく、愛玩用として取引されてしまう。そもそも魔力がないので、労役には不向きです」


 改めて言われると、理不尽に身体が震えた。


「ですが、あなたはとても幸運なんですよ。我が国は世界的にも奴隷への法整備が整っていますし、ディートハルト殿下の寵を得るのにも成功した。王族は月神ツァディーに仕える聖職者でもあります。教義に反する行いは、まずなさらないでしょう」


「どういう事ですか?」


「ツァディーの教義では、奴隷とは前世の罪を(そそ)ぐために落ちるものとされています」

「違う世界の私にも適用されるんですか?」

「もしかしたら前世では、こちらに深い関りがあったのかもしれませんね」


 有紗の反論はさらりと流された。


「こちらでは、奴隷に慈悲をもって教育を施し、解放することは大きな善行になるのです。殿下が飽きるかお亡くなりになるか……。誠心誠意お仕えしていたら、いつか解放されます」


「解放されたとしても、私はこっちの人にとって都合のいい体質なのは変わりませんよね? 別の人に捕まってまた同じ事になるんじゃ……」


「あなたをただ解放しても、ろくな目に遭わないのは目に見えていますからね。そこは考慮して下さると思いますよ。ですが、だからといって慢心して反抗的な態度を取るのはお勧めできません。体のつくりがこちらの人間とは違うテラ・レイスは、医学的にも魅力的です」


(医学的? 解剖とか人体実験とか……?)


 恐ろしい想像をかきたてる言葉に、有紗は青ざめた。


(できるだけあのクソ王子の機嫌を取りながら、地球の知識を小出しにして時間を稼ぐのが正解って事なのかな……)


 まるでアラビアンナイトのシェヘラザードだ。


「わかりました。解剖されたくはありませんから、あなたたちに協力しますし、ディートハルト殿下に気に入ってもらえるように努力します」


 この世界はやっぱりふざけてる。


(絶対に帰ってやる)


 有紗は怒りに震えながら決意した。


「……殿下があなたを気に入った理由がわかる気がします。暴れて泣き叫んで使い物にならなくなってもおかしくない境遇なのに、感情を理性で制御し、どうすれば自分の得になるのかを考える聡明さがある。時折かいま見える反発心も悪くない」


 バルツァーは微笑ましげな表情をこちらに向けてきた。

 こいつも同じだ。こちらをペット扱いしている。


(こんな世界やっぱり大っ嫌い)


 有紗は心の中でつぶやいた。


「……身分制度の話はこれくらいにしましょうか。あなたには個人的にお聞きしたい事がたくさんありましてね」

「……何でしょうか」


 バルツァーは立ち上がると、執務机に移動して、お茶を淹れる前にそこに置いた本を手に戻ってきた。


「まずはこちらを見ていただけますか?」


 そう言ってバルツァーは、本のある一ページを開いてこちらに見せてきた。

 有紗は目を丸くした。そこに描かれていたのは地球の世界地図らしきものだったからだ。

 良く見慣れたものと違って、アメリカ大陸が中心になっており、英語とこちらの文字で国名が書き込まれている。


「五十年前にこちらに来た、テラ・レイスからの聞き取りをもとに作成したものです」


「ロゼッタ妃、ですか……?」


「殿下からお聞きになっていましたか。これは、あなたの知るテラの地図になっていますか?」


「えっと、一応は……? 記憶で地図を書くのはちょっと難しいと思います……」


 かなり不格好で適当だったが、今、自分が世界地図を書けと言われても、似たような感じになるだろう。


「ロゼッタ妃はアメリカの人だったんでしょうか?」


 尋ねると、バルツァーは器用にも片眉を上げた。


「どうしてそう思われたんですか?」

「アメリカが中心になっているし、表記も英語だから……。あ、英語というのはアメリカの言葉です」


 ロシアがソビエト連邦になっている所からは時代を感じる。

 また、アフリカ大陸はエジプトだけ、ヨーロッパは西側の有名な先進国の名前があるだけなど、地図からはロゼッタ妃の知識と興味の傾向が窺えた。


「しっかりとした教育を受けられてきたようですね。仰る通り、ロゼッタ妃殿下は地図の中心に描かれている国の出身だと仰っていました。アリサ様の祖国はどこですか?」

「ここです」


 有紗は地図の中の日本らしき小さな島を指さす。

 ロゼッタ妃は日本に関心がなかったのか、そこには本州と北海道っぽい島が書かれているだけだった。


「アリサ様にはこの地図を出来る範囲でいいので補完して頂きたい。こちらでもテラの研究というのがされていましてね。その史料として使わせていただきます」


 バルツァーはそう言うと、新しい紙を渡してきた。


「……あまり期待しないで下さいね」


 有紗は一応断りを入れてから紙を受け取った。




 補完しろと言われても、日本列島ですらうまく書けない。なんとなくそれっぽい形に修正するだけだ。

 有紗はペンを片手に眉間に皺を寄せた。


(毎日天気予報とかで見てたのに……)


 外国はもっと記憶が曖昧だ。名前はわかるけれど正確な配置や形は覚えていない国だらけである。

 記憶を搾り出しながら地図と格闘していると、突如室内に警報音が響き渡った。

 驚いて顔を上げると、真剣な表情のバルツァーと目が合う。


《ヴィナラント機の接近を確認、当艦はこれより追跡体制に入る。総員、第一種戦闘配置》


 放送が流れると同時に、バルツァーの体からも機械音が鳴った。

 彼は軍服の胸ポケットから懐中時計のようなものを取り出すと、口元に近付けた。


「はい、バルツァーです」

《バルツァー、お前はそのままアリサに付いてやってくれ》


 どうやら通信魔道具らしい。ディートハルトの声が聞こえてきた。


「かしこまりました」


 バルツァーが承諾すると、ブツリと通信が切れた。


「何が起こってるんですか……?」

「隣国の戦闘機がこちらの領空に近付いているようです。今のところ政情は安定しているので、おそらくはただの示威行為でしょう」

「示威……?」

「領空ぎりぎりを飛行して、こちらの出方を窺っているんですよ。何分で緊急発進した戦闘機が到着するのか、一度に何機やってくるのか、機体の編成や練度など、ですね。うちも定期的に同じ事をやっていますので、お互い様です」


 バルツァーは立ち上がり、窓へと移動すると有紗を手招きした。


「見てください。うちの戦闘機が行きますよ」


 窓の外を見ると、飛行船の下部から戦闘機が飛び立つのが見えた。

 グレー系で丸っこいフォルムの機体だ。太平洋戦争のあたりを扱ったドキュメンタリーで見たゼロ戦と似たような形をしている。

 自衛隊の戦闘機のスクランブル発進みたいだ。中国やロシアの軍事行動が活発で、毎年結構な回数していると、ニュースか何かで聞いたような覚えがある。


(世界が変わっても、似たようなことがあるのね……)


 何だか不思議だ。


「あの、こちらの世界の事を教えてもらえませんか? 地図とか、いくつ国があるのかとか……」


 いい機会だと思い、有紗はバルツァーに尋ねた。


「そうですね。ではこちらの地図を使って説明しましょうか」


 ディートハルトの執務室の壁には、世界地図らしきものがかかっている。

 バルツァーはそれを指さした。




 こちらの世界は、一つの大きな大陸と無数の島々とで構成されており、世界の果てがどうなっているのかわからないという事は、既にディートハルトから聞いている。

 月蝕の度に大きな災害が起こり、頻繁に地形が変わるので、基本的に人類は大陸に住んでおり、島のほとんどは無人島になっている。

 大陸には建国の経緯は様々だが、五つの国があり、それぞれ神の末裔とされる王家が頂点に君臨している。五つの国の王家は、家系図を遡ると始祖王家と呼ばれる一族たどり着くそうだ。

 この国、フレンスベルク王国は、かつて大陸の三分の二を支配したこともあったが、大きな内乱が起こって王家が分裂し、国土を全盛期の半分に減らした。

 そして、分裂した片割れである隣国ヴィナラントとは、歴史的経緯から非常に仲が悪いらしい。


「国境を接する国はもう一国ありますが、頻繁にこちらを刺激してくるのはヴィナラントです。ですから、この艦は主にこのあたりの空域を飛び、警戒にあたっています」


 バルツァーは地図を指差しながら丁寧に教えてくれた。


「結構大きな国なんですね……」

「そうですね。五王国の中でも、今なお大国と言える国力を保ち続けております」


 そう告げるバルツァーは誇らしげだった。

 その時である。鐘の音が鳴り、放送が聞こえてきた。


《ヴィナラント機の撤退を確認、第一種戦闘配備を解除する》


「終わったようですね」


 あまり自覚していなかったが、緊張していたらしい。バルツァーの言葉に、有紗はほっとした。




   ◆ ◆ ◆




 ややあって、ディートハルトが戻ってきた。

 彼は一人ではなく、壮年で、金短髪の厳つい男性と一緒だった。

 軍服の装飾はバルツァーと同じくらいで、瞳の色も似たような印象の赤紫だったので、地位の高い軍人なのだろう。


「ただいま。アリサ、バルツァーとは仲良く過ごせた?」

「はい。こちらの事を色々と教えてもらいました」


 ディートハルトから話し掛けられ、有紗は素直に返事をした。

 すると、彼は近付いてきて、こちらの頭を撫でてから、一緒に室内に入ってきた軍人に向き直った。


「アリサ、紹介するよ。この艦の艦長でロイド大佐だ。アリサに会っておきたいって言うから連れてきた」

「ロイドです。アリサ様、よろしくお願い致します」


 ロイドはにこやかに声を掛けてきた。

 黙って立っていると怖い雰囲気の人物だが、微笑むと一気に印象が和らぐ。


「艦内は機密の塊なので、ご不自由をおかけすると思いますが、なるべく快適に過ごして頂けるよう致しますので、何かございましたら殿下を通してお申し付け下さい」

「はい。ありがとうございます」


 顔は怖いがいい人そうである。


「殿下がお戻りになったので私はそろそろお暇します。アリサ様、お願いした地図の補完ですが、お時間のある時に進めて頂けますでしょうか」


 バルツァーは席を立つと、有紗に依頼してきた。


「はい」


 有紗が頷くと、彼はディートハルトに退出の挨拶をする。


「私も失礼致します。寵姫殿に挨拶をしに来ただけですので」


 立ち去ろうとするバルツァーに、ロイドも便乗した。


「アリサ、バルツァーとどんな話をしたのか教えてくれる?」


 二人きりになると、ディートハルトが話しかけてきたので、有紗はバルツァーとの会話内容をかいつまんで説明した。

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