第63話:藤吉郎を戦に連れて行ったら大手柄だったんだが!?
木下藤吉郎という男について、俺は以前から一つだけ疑問に思っていた。
どうして、あんなに口が達者なのだろう。
まだ十三歳ほどの少年だというのに、相手が誰であろうと物怖じしない。厩の古参の小者に叱られても、翌日には平然と話しかけているし、源太から仕事を言いつけられれば、どうすればもっと早く終わるかを考え始める。
そして、その考えを勝手に実行して、また叱られる。
本人に悪気はない。
むしろ、誰よりも働こうとしていることは分かる。
ただ、あいつには、何かを思いついてから行動に移すまでの間に、他人へ相談するという工程が存在しないらしい。
将来、豊臣秀吉になる男である。
歴史の教科書には、優れた知略と人心掌握の才を持つ人物として紹介されていた。
だが、今の藤吉郎を見ている限り、その才能が天下取りに結びつくまでには、まだ相当な時間が必要そうだった。
そんな藤吉郎が、初めて戦場へ出ることになった。
もちろん、俺は最初から、あいつを戦わせるつもりなどなかった。
何しろ、まだ十三歳なのだ。
だが、戦国時代というものは、こちらの都合に合わせてくれない。
そして、藤吉郎という男もまた、俺の予想どおりには動いてくれなかったのである。
*
事の始まりは、尾張北東部にある小さな砦から届いた知らせだった。
冬も半ばに差しかかり、田畑には霜が降り、街道を行き交う人の数も少なくなっていた頃である。父上のもとへ、国境に近い村々で不穏な動きがあるという報告が届いた。
美濃方と通じているらしい一団が、織田方の村へ出入りする商人を襲い、米や塩を奪っているという。
最初は単なる野盗かと思われたが、捕らえた男の一人が、美濃の国衆に仕えていたことが分かった。
つまり、背後に何者かがいる可能性がある。
父上は、家臣たちを集めて評定を開いた。
俺も、その席に加わることになった。
「敵の数は、いかほどか」
父上が尋ねると、源太が書付を広げた。
「確かな数は分かりませぬが、五十から七十ほどと見られます。山あいの古い砦に入り、近隣の村から兵糧を集めている模様にございます」
俺は、少しだけ眉を寄せた。
五十から七十。
大軍というほどではない。
だが、村を襲うには十分な数だった。
しかも、冬場に米や塩を奪われれば、村人たちの暮らしは一気に苦しくなる。
父上は、しばらく考えてから俺を見た。
「信長。お前が兵を率いて参れ」
俺は、息を呑んだ。
「……俺が、ですか」
「うむ。大きな戦ではない。だが、油断はするな」
父上は、静かに続けた。
「敵を追い払うだけでよい。深追いして兵を失うな」
俺は、深く頭を下げた。
「……承知しました」
こうして、俺は再び戦へ出ることになった。
*
出陣の準備は、思っていた以上に慌ただしかった。
兵の数を揃え、武具を点検し、馬の状態を確かめ、兵糧を用意する。さらに、途中で立ち寄る村へ使いを出し、水や薪を確保できるかも調べなければならない。
戦というものは、刀や槍を持って敵へ向かえばよいわけではない。
むしろ、実際に戦うまでの準備のほうが、よほど面倒なのではないかと思う。
俺は、源太と十衛門に助けられながら、何とか出陣の支度を進めていた。
そのとき、厩のほうから聞き慣れた声が響いてきた。
「若殿! お願いがございます!」
俺は、嫌な予感がした。
振り返ると、藤吉郎がこちらへ駆け寄ってくるところだった。
相変わらず、落ち着きのない男である。
「……藤吉郎。何だ?」
藤吉郎は、俺の前で勢いよく頭を下げた。
「このたびの出陣、どうかわしもお連れください!」
俺は、目を丸くした。
「……お前を?」
「はい!」
俺は、少しだけ考えた。
藤吉郎は、まだ厩や雑用を任されている小者だ。
武芸の稽古もほとんどしていないし、戦場へ出た経験もない。
そんな少年を、いきなり戦へ連れていくわけにはいかない。
「……駄目だ」
俺がそう答えると、藤吉郎は目を丸くした。
「な、なぜでございますか!」
「危ないからだ」
藤吉郎は、少しだけ口を尖らせた。
「ですが、若殿! わしは、いつか侍になりたいのでございます!」
「それは知っている」
「でしたら、戦場で働くところをお見せしなければ、いつまで経っても認めていただけませぬ!」
俺は、言葉に詰まった。
確かに、藤吉郎の言うことにも一理ある。
この時代、身分の低い者が出世するには、何かしらの功績を立てる必要がある。
だが、だからといって、まだ十三歳の少年を戦場へ送り込むのは気が進まない。
俺が迷っていると、隣にいた源太が口を開いた。
「若殿。藤吉郎を、兵糧運びの手伝いとして連れていくのはいかがでございましょう」
俺は、顔を上げた。
「……兵糧運び?」
「はい。戦う役目ではございませぬ。荷駄の者たちとともに、食糧や矢を運ぶ仕事にございます」
俺は、少し考えた。
それならば、前線へ出る必要はない。
もちろん、戦場へ近づく以上、危険がないわけではないが、兵として戦わせるよりはずっとましだろう。
俺は、藤吉郎を見た。
「……それでもいいのか?」
藤吉郎は、目を輝かせた。
「はい! 何でもいたします!」
俺は、少しだけため息をついた。
「……ただし、勝手なことはするなよ」
藤吉郎は、勢いよく頷いた。
「承知しました!」
俺は、その返事を聞きながら、心の中で呟いた。
……絶対に、分かっていないだろうな。
*
出陣の日、空は薄い雲に覆われていた。
俺たちは百五十ほどの兵を率い、北東の山あいへ向かった。先頭には道を確かめる者を置き、荷駄は隊列の後ろを進ませる。
冬の街道は乾いているところもあれば、日陰に霜が残っているところもあった。馬の蹄が凍った土を踏み、荷車の車輪が石に当たるたび、鈍い音が響いた。
藤吉郎は、荷駄の一団に混じって歩いていた。
背中には小さな荷物を背負い、周囲の男たちへ何やら話しかけている。
俺は、少しだけ心配になった。
「……源太。藤吉郎は大丈夫か?」
源太は、静かに頷いた。
「今のところは、よく働いております」
「……今のところは、か」
源太は、少しだけ笑った。
「はい。まだ出発して半日も経っておりませぬので」
俺は、思わず苦笑した。
どうやら、源太も藤吉郎の性格をよく理解しているらしい。
*
敵が立てこもっている砦へ近づくと、俺たちは山裾の村に陣を置いた。
砦は低い山の中腹にあり、周囲を木々に囲まれている。古い土塁と柵が残り、正面へ続く道は狭かった。
敵の数は、およそ六十。
こちらのほうが数では勝っている。
だが、山道を登って正面から攻めれば、こちらの兵が一度に進める数は限られる。
俺は、地形を見ながら眉を寄せた。
「……厄介だな」
十衛門は、静かに頷いた。
「正面から攻めれば、敵に有利な場所にございます」
源太も、周囲を見回した。
「迂回できる道があればよいのですが、山の裏手は崖が多く、馬は通れませぬ」
俺は、少し考えた。
敵は、こちらが攻めてくることを知っている。
だから、正面の道を固めているのだろう。
だが、砦に立てこもる以上、食糧や水を運ぶ道があるはずだ。
俺は、源太へ尋ねた。
「……この砦には、昔から人が住んでいたのか?」
源太は、頷いた。
「はい。以前は山道を見張るための砦だったと聞いております」
「……なら、水を汲む場所があるはずだな」
十衛門が、少しだけ目を細めた。
「確かに、そうでございますな」
俺たちは、周囲の地形を調べることにした。
だが、日が傾くまでに分かったのは、正面の道が狭く、裏手の斜面が険しいということだけだった。
俺は、少し焦り始めていた。
敵が砦に籠もっている間、近隣の村人たちは安心して暮らせない。
できるだけ早く、決着をつけたい。
だが、無理に攻めれば、兵を失うことになる。
以前の戦で亡くなった平助や与三郎のことが、頭をよぎった。
俺は、深く息を吐いた。
焦ってはいけない。
父上からも、深追いするなと言われている。
俺は、そう自分に言い聞かせた。
*
翌朝、藤吉郎が俺のもとへやってきた。
その顔は、妙に嬉しそうだった。
「若殿! ちょっと、お耳に入れたいことがございます!」
俺は、嫌な予感がした。
「……何だ?」
藤吉郎は、周囲を見回してから声を落とした。
「昨夜、村の者たちから話を聞いておりましたら、山の裏に古い炭焼き道があるそうでございます」
俺は、顔を上げた。
「……炭焼き道?」
「はい。今はあまり使われておりませぬが、昔は炭を運ぶために人が通っていたそうでございます」
俺は、思わず身を乗り出した。
「……どこにある?」
藤吉郎は、嬉しそうに笑った。
「それがですね、村の外れに小さな沢がございまして、その沢を上っていくと……」
藤吉郎は、地面に枝で簡単な図を描き始めた。
俺は、十衛門と源太を呼んだ。
三人で図を覗き込む。
藤吉郎の説明によれば、炭焼き道は砦の裏手に近い尾根へ続いているらしい。
ただし、道は狭く、荷車は通れない。
馬も無理だろう。
だが、人が歩くことはできるという。
十衛門は、少しだけ考えた。
「……小勢であれば、通れるかもしれませぬな」
源太も、頷いた。
「ただし、敵に知られれば危険にございます」
俺は、藤吉郎を見た。
「……よく見つけたな」
藤吉郎は、嬉しそうに笑った。
「へへっ。荷駄の者たちと話しておりましたら、村の者が炭の運び方を教えてくれまして!」
俺は、少しだけ感心した。
藤吉郎は、誰とでもすぐに話をする。
それが時には迷惑になることもあるが、こうして思わぬ情報を集めてくることもあるらしい。
俺は、ゆっくりと頷いた。
「……よし。まずは、道を確かめよう」
*
十衛門が数人の兵を連れ、炭焼き道の様子を調べに向かった。
俺は、その間に正面の敵を牽制する準備を進めた。
敵に、こちらが裏手の道を探していると気づかれては困る。
だから、あえて正面に兵を見せ、攻める素振りを続けることにした。
しばらくして、十衛門が戻ってきた。
「若殿。道は、確かにございました」
俺は、息を呑んだ。
「……通れるのか?」
「はい。ただし、かなり険しゅうございます。大勢で進むことはできませぬが、二十ほどの兵ならば、夜のうちに尾根へ回り込めるかと」
俺は、少し考えた。
二十人。
それだけで砦を落とすのは難しい。
だが、敵の背後に回り込めれば、正面からの攻撃と合わせて混乱を起こせるかもしれない。
俺は、十衛門へ尋ねた。
「……危険は?」
十衛門は、静かに答えた。
「ございます。足を滑らせれば、谷へ落ちる場所もございますし、敵に見つかれば退くことも難しゅうございます」
俺は、黙って考えた。
戦に危険はつきものだ。
だが、だからといって、無理をさせてよいわけではない。
俺は、しばらく考えてから頷いた。
「……無理に砦へ突っ込む必要はない。尾根へ回り込んで、敵の様子を確かめてくれ。危険だと思ったら、すぐに引き返せ」
十衛門は、深く頭を下げた。
「承知いたしました」
*
その夜、十衛門は二十人の兵を率いて炭焼き道へ向かった。
俺は、正面の陣で待っていた。
夜の山は、恐ろしいほど静かだった。
風が木々を揺らし、ときどき枝が擦れる音が聞こえる。遠くの砦には小さな火が見え、敵の見張りが動く影があった。
俺は、何度も山のほうを見上げた。
十衛門たちは、無事だろうか。
道は、本当に通れるのだろうか。
もし敵に見つかったら。
そんな考えが、次々と浮かんでくる。
俺は、深く息を吐いた。
そのとき、源太が声をかけてきた。
「若殿。少し、お休みになられてはいかがでございましょう」
俺は、首を振った。
「……眠れそうにない」
源太は、静かに頷いた。
「お気持ちは分かります。ですが、明日もお働きいただかねばなりませぬ」
俺は、少しだけ苦笑した。
確かに、そのとおりだった。
だが、十衛門たちが山へ入っていると思うと、どうしても落ち着かなかった。
*
夜明け前、十衛門から使いが戻ってきた。
炭焼き道を通り、無事に尾根へ到達したという。
俺は、ほっと息を吐いた。
だが、使いは続けた。
「敵は、砦の裏手に薪や食糧を置いている模様にございます」
俺は、顔を上げた。
「……兵糧を?」
「はい。砦の中が手狭なためか、裏手の小屋へ運び込んでいるようでございます」
俺は、少し考えた。
敵の食糧が、裏手にある。
しかも、十衛門たちはその近くまで回り込んでいる。
これは、好機かもしれない。
俺は、源太と相談した。
正面から攻める素振りを見せ、敵の注意を引く。
その間に、十衛門たちが裏手の小屋を押さえる。
もし敵が混乱して砦を捨てるなら、無理に追わず、撤退を確認する。
俺は、ゆっくりと頷いた。
「……よし。それでいこう」
*
夜が明けると、俺たちは正面の道へ兵を進めた。
敵は、すぐにこちらへ気づいた。
砦の柵の向こうから弓を構える者が現れ、怒鳴り声が響く。
俺は、兵たちへ無理に近づかないよう命じた。
こちらの目的は、敵の注意を引くことだ。
正面から突撃することではない。
だが、敵はそう思っていなかったらしい。
こちらが進む素振りを見せると、砦から矢が飛んできた。
俺は、思わず身を伏せた。
矢が近くの地面へ突き刺さる。
背筋が冷たくなった。
何度経験しても、戦場の恐ろしさには慣れない。
俺は、深く息を吸った。
「……盾を前へ! 無理に進むな!」
兵たちは、命令に従って動いた。
そのとき、砦の裏手から突然、煙が上がった。
俺は、顔を上げた。
十衛門たちだ。
裏手の小屋を押さえ、敵の兵糧を運び出すために火を使って合図したらしい。
砦の中が、急に騒がしくなった。
敵の兵たちが裏手へ走り、正面の見張りが減っていく。
俺は、すぐに声を上げた。
「……今だ! 前へ出ろ! ただし、柵を越えて深追いするな!」
兵たちが、一斉に動いた。
敵は、正面と裏手の両方を気にしなければならなくなり、明らかに混乱していた。
やがて、砦の中から退却を命じる声が響いた。
敵は、山の奥へ逃げ始めた。
俺は、すぐに追撃を止めさせた。
「……追うな! 砦を確保しろ!」
兵たちは、命令に従った。
俺は、ほっと息を吐いた。
どうやら、勝ったらしい。
*
戦が終わると、俺たちは砦を調べた。
敵が奪った米や塩が、かなりの量残されていた。
村人たちから奪ったものも多いらしい。
俺は、源太へ命じた。
「……持ち主が分かるものは、できるだけ返してやってくれ」
源太は、深く頷いた。
「承知いたしました」
十衛門も、無事に戻ってきた。
幸い、こちらの死者は出なかった。
ただし、矢を受けた兵が一人、足を滑らせて怪我をした者が二人いた。
俺は、すぐに手当てを命じた。
以前の戦で失った兵たちのことを思えば、今回の被害は小さい。
だが、だからといって、怪我をした者を軽く扱うわけにはいかない。
俺は、負傷した兵たちの様子を確かめてから、ようやく少しだけ安心した。
そのとき、藤吉郎が駆け寄ってきた。
「若殿! 勝ちましたな!」
俺は、頷いた。
「……ああ。お前のおかげだ」
藤吉郎は、目を丸くした。
「わしの、でございますか?」
「ああ。炭焼き道を見つけてくれたから、裏手へ回り込めた」
藤吉郎は、しばらく俺を見つめていた。
そして、嬉しそうに笑った。
「へへっ! そう言っていただけると、嬉しゅうございます!」
俺は、少しだけ笑った。
だが、そこでふと思い出した。
「……そういえば、お前は戦の間、何をしていたんだ?」
藤吉郎は、胸を張った。
「矢と兵糧を運んでおりました!」
俺は、頷いた。
「……ちゃんと働いたんだな」
藤吉郎は、嬉しそうに笑った。
「はい! 荷駄の者たちと一緒に、あっちへ運んだり、こっちへ運んだり!」
俺は、少しだけ安心した。
どうやら、勝手に前線へ飛び出したりはしなかったらしい。
だが、藤吉郎はそこで少しだけ首を傾げた。
「ただ、若殿」
「……何だ?」
「矢を運ぶ場所が、少々遠うございましたので、途中から道を変えました」
俺は、顔を上げた。
「……道を変えた?」
「はい。あちらの小道を通ったほうが、ずっと早うございました!」
俺は、思わず額を押さえた。
またか。
俺は、深く息を吐いた。
「……藤吉郎。勝手なことをするなと言っただろう」
藤吉郎は、少しだけ肩を落とした。
「ですが、若殿。今回は、荷駄の責任者にも話を通しました!」
俺は、目を丸くした。
「……本当か?」
藤吉郎は、勢いよく頷いた。
「はい! 源太さまのお言いつけどおり、先に相談いたしました!」
俺は、思わず笑ってしまった。
どうやら、少しは成長したらしい。
*
城へ戻ると、父上が俺たちを迎えた。
戦の経過を報告すると、父上は静かに頷いた。
「よくやった。無理に追わず、砦を押さえたのはよい判断だ」
俺は、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
父上は、続けた。
「負傷した者たちの手当ても、怠るなよ」
「はい」
俺は、頷いた。
そして、少しだけ考えてから口を開いた。
「……父上。今回の戦では、藤吉郎が大きな働きをしました」
父上は、眉を上げた。
「藤吉郎?」
「はい。荷駄の手伝いとして連れていった少年です」
俺は、炭焼き道を見つけたことや、兵糧と矢を運ぶ仕事をよく務めたことを説明した。
父上は、静かに聞いていた。
そして、少しだけ目を細めた。
「……なるほど。面白い小僧だな」
俺は、頷いた。
「はい」
父上は、しばらく考えた。
「では、その者には褒美を与えよ」
俺は、顔を上げた。
「……よろしいのですか?」
「働いた者を褒めるのは、当然であろう」
俺は、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
*
藤吉郎を呼ぶと、あいつは何事かと目を丸くしていた。
俺が父上から褒美を与えるよう命じられたと伝えると、藤吉郎はしばらく固まった。
そして、突然、勢いよく頭を下げた。
「ありがたき幸せにございます!」
俺は、思わず笑った。
「……そんなに喜ぶことか?」
藤吉郎は、顔を上げた。
「もちろんでございます! わしのような者が、戦で働いたと認めていただけるなんて!」
俺は、少しだけ胸が温かくなった。
藤吉郎は、まだ小者だ。
身分も低く、武芸の腕も未熟で、礼儀作法にも問題がある。
だが、あいつには、他の者にはない才能がある。
人と話し、情報を集め、どうすれば仕事が早く進むかを考える力だ。
それは、戦場でも役に立つ。
俺は、ゆっくりと頷いた。
「……藤吉郎。これからも、よく働けよ」
藤吉郎は、勢いよく頷いた。
「はい!」
そして、少しだけ照れくさそうに笑った。
「若殿。わし、いつか立派な侍になります!」
俺は、思わず微笑んだ。
「……ああ。期待している」
藤吉郎は、嬉しそうに頭を下げた。
*
その夜、俺は一人で部屋に座り、今回の戦を振り返っていた。
敵は六十ほど。
こちらは百五十。
数では勝っていたが、地形の不利があり、正面から攻めれば大きな被害が出たかもしれない。
だが、藤吉郎が炭焼き道を見つけてくれたおかげで、別の道を選ぶことができた。
そして、十衛門たちが危険を冒して裏手へ回り込み、源太が兵をまとめてくれた。
俺一人では、決して勝てなかっただろう。
俺は、静かに息を吐いた。
戦に勝つということは、ただ強い兵を持つことではない。
人の話を聞き、情報を集め、それぞれの力を生かすことなのだ。
そのことを、俺は改めて思い知らされた。
そして、藤吉郎。
あいつは、まだ十三歳だ。
だが、今日の働きを見れば、将来大きな人物になる片鱗は、確かに見えている。
俺は、少しだけ笑った。
未来の豊臣秀吉。
その男が、初めて戦場へ出て、敵の裏道を見つけ、兵糧と矢を運び、褒美をもらった。
歴史の教科書には載らない、小さな手柄だ。
だが、あいつにとっては、きっと忘れられない一日になっただろう。
俺は、ふと考えた。
このまま藤吉郎が成長していけば、いつか俺の家臣として、大きな戦で活躍する日が来るのかもしれない。
そのとき、俺はどうするのだろう。
歴史を知っているからといって、あいつの才能を利用するだけでよいのだろうか。
いや、違う。
藤吉郎も、一人の人間だ。
自分の夢があり、家族があり、幸せになりたいと願っている。
俺は、そのことを忘れたくなかった。
……などと、少し真面目に考えていたのだが、ふと気づいた。
そもそも、あいつはまだ十三歳なのだ。
それなのに、初めての戦で大手柄を立ててしまった。
この調子では、将来どこまで出世するのか分かったものではない。
俺は、思わず苦笑した。
……藤吉郎を初陣に連れていったら、大手柄だったんだが!?




