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Fランクの烙印を押され追放された俺、実は数値がカンストを超えて表示されないだけでした  作者: リンコ


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3/3

第 3 章 王都の片隅

追放から三日。俺は王都の市場裏で、木箱を運んでいた。


朝の空気がまだ冷たさを残す時間帯から、親方と呼ばれる五十がらみの男は荷馬車の前でせわしなく腕を振っている。『おい新入り、その十箱を東の倉庫までだ。落とすなよ』俺は無言で頷き、一箱目を肩に担ぐ。ざらついた木肌が、ギルドで振るっていた剣とはまるで違う感触で、手のひらに容赦なく食い込んだ。木屑が指先に刺さり、わずかに血が滲んでいる——昨日のうちにできた、小さな傷だ。


(これで銅貨五枚か)


額の汗を袖で拭いながら、ふと考える。かつての俺なら、魔物一匹倒せば銀貨数枚になった。いや——そんな比較は、もう意味がない。力を隠すと決めたのは俺自身だ。ならば、この銅貨五枚が、今の俺の対価ということになる。


昼の鐘が鳴り、市場に束の間の静けさが訪れる。路地裏の日陰に座り込み、水筒の水を一口だけ含んだ。朝から運び続けた背中が、鈍く軋んでいる。シャツの襟元から、細い紐で吊るした小さな欠片を取り出す。師の遺した石碑の欠片——鈍い灰色をした石の破片が、かすかに温かかった。指でなぞると、表面のざらつきが皮膚を通して微熱を伝えてくる。


(魔除けだ)


そう自分に言い聞かせ、握りしめる。指の間に伝わる温もりが、師の声を連れてくる。『お前の力は誇るべきものだ』——遠い昔に聞いた言葉が、なぜか今日は昨日よりずっと鮮明に蘇った。目を閉じ、三秒だけその熱を感じてから、欠片をシャツの内側にしまう。


市場の喧騒が耳に戻ってくる。露天商の威勢のいい呼び声、馬車の車輪が石畳を叩く鈍い音、路地で遊ぶ子供たちの甲高い笑い声。誰も俺のことなど見ていない。それでいい——そう思った、そのときだった。


「——まだこの街にいたのか」


その声は、俺を逃がさなかった。


振り返らなくてもわかる。嘲笑を含んだ低い響き——ギルド審査官マティアスだ。俺はゆっくりと立ち上がり、正面を向いた。マティアスはギルドの正装——襟に銀の階級章を留めた紺色の上着——をまとい、背後に二人の部下を従えている。細面の顔に貼りつけた冷笑が、見慣れたものだと気づくまでに一秒もかからなかった。彼は俺の姿を、荷馬車の積み荷を値踏みするような目で、上から下までじっくりと眺め回した。


「Fランクの烙印を押された者が、よくも平然と荷運びなどしていられるものだな」


「別に」


短く返す。マティアスの眉が、ぴくりと動いた。片方だけ——左の眉尻が持ち上がる。彼は俺のこの反応が気に入らない。わかっている。だが、長く話す理由はなかった。というより、話したいことなど何一つなかった。


「その図々しさに呆れる」声が一段と大きくなる。周囲の買い物客が数人、足を止めてこちらを窺い始めた。市場のざわめきが、俺たちを中心にゆっくりと遠ざかっていく——まるで水面に投げ込まれた石が波紋を広げるように。「追放されたという自覚はあるのか?お前のような数値異常は、ギルドの恥だ。掲示板には今もお前の追放通知が貼ってある。Fランク——実質、最弱の烙印だ。それを知りながら、同じ街に居座るとは、よくもまあ図太い神経でいられるものだな」


俺は黙って彼の目を見ていた。怒りは、ない。ただ——胸元の欠片が、先ほどよりはっきりと熱を持ち始めている。日差しのせいではない。脈打つような、生き物じみた温度だ。心臓の鼓動に重なるように、その熱は一定のリズムを刻んでいる。


沈黙をどう受け取ったのか、マティアスは一歩、踏み込んできた。値踏みするような目つきのまま、俺の顔を覗き込む。すぐ目の前に立たれても、俺の呼吸は乱れなかった——それが、かえって彼を苛立たせたようだった。


「ならば証明してみせろ」


「……なにを」


「自分の力をだ。評価用石碑の前で——公開だ」彼は口元だけで笑った。目はまったく笑っていない。「ギルドの公示板に貼り出す。明日の正午、石碑広場で。皆の前で、お前の数値異常をもう一度確認してやる。どうした——震えているぞ、Fランク」


震えているのは、恐怖からではなかった。胸の欠片が、燃えるように熱い。俺は拳を握り、その熱を押さえつけるように、シャツの上から欠片をぐっと押さえた。指の関節が白くなるほどの力で。


「……好きにしろ」


それだけ言い、背を向ける。背後からマティアスの声が追いかけてきた。「逃げるなよ。ちゃんと見物人を呼んでおくからな——お前の『真価』を、全員で拝ませてもらおう」


振り返らなかった。路地を曲がるまで、背中に突き刺さる視線を感じていた——が、角を曲がった瞬間、足を止めた。


手のひら全体が、熱い。シャツ越しに押さえた欠片が、明らかな温度変化を起こしている。以前のような、なんとなく温かいという曖昧なものではない。はっきりと熱いと言える温度だ。


(反応しているのか——石碑と、同じものに)


足を速めた。市場の喧騒が背後に遠ざかるにつれて、路地は次第に静寂に包まれていく。西日が傾き、古びた石壁に長い影を落とし始めていた。空気に混じる夕餉の煙の匂いが、一日の終わりを告げている。


その影に——もう一つ、重なる影があった。


「アシュさん」


息を切らせた声が、路地に響く。振り返ると、栗色の髪を後ろで一つに束ねた女性が立っていた。ギルドの受付職員——セリスだ。白いブラウスの襟元が乱れ、スカートの裾にも埃がついている。額にうっすらと浮かんだ汗が、傾いた西日を受けて光っていた。窓口を飛び出してきたことが、その姿から一目で見て取れる。


「マティアス審査官が——」彼女は一瞬息を整え、唇をきつく噛んだ。「公示板に、もう貼り出しました。公開検証、明日の正午。ギルド前の石碑広場で、です」


俺は彼女の目を見つめた。穏やかだったギルドカウンターの職員の顔に、今は明らかな怯えと——別の何かが浮かんでいる。口元は引き結ばれ、眉根は寄っている。怯えの下に、怒りにも似た感情が潜んでいるように見えた。


「逃げたほうがいい」セリスの声が震えた。「本当に。あの人は本気です。あなたを公衆の面前で辱めるつもりで——わざわざ見物人まで集めて。今ならまだ、間に合います。王都を出て——どうか」


彼女の拳が、スカートの布地をぎゅっと握りしめている。指先が白くなっていた。三日前、ギルドの出口で一瞥をくれただけの受付職員が、今はこうして——俺のために、窓口を放棄してまで走ってきたのだ。


「逃げても同じだ」


声は、自分でも驚くほど静かだった。だが、その静けさがかえって彼女の表情を強張らせる。


「でも——」


「お前のせいじゃない」


初めて、ちゃんと彼女の目を見て言った。セリスは何かを言いかけて——そのまま唇を結んだ。栗色の瞳の表面が、薄く光る。泣いているわけではない。だが、泣きそうなのを堪えている——そのくらいは、俺にもわかった。


彼女はもう一度唇を噛み、震える息を深く吸った。「私……ごめんなさい。ギルドで、何もできなくて。あの時も——今も」


俺は短く首を振り、歩き出した。背後でセリスが立ち尽くしている気配——足音は、聞こえなかった。西日の射す細い路地に、彼女の細長い影だけが、いつまでも揺れ続けている。


廃教会に戻ったのは、日が完全に沈み、一番星が穹窿に浮かび始めた頃だった。


扉を押し開けると、篭った空気が鼻をつく。月明かりだけが、崩れかけたステンドグラスの隙間から差し込み、石床に青白い光の模様を描いている。俺はいつもの場所——祭壇の手前、ひび割れた壁にもたれかかる位置——に腰を下ろした。


紐を解き、石碑の欠片を手のひらに取り出す。


灰褐色の表面が、橙金色に脈打っていた。


熱い。だが、不思議と痛みはない。むしろ手のひら全体が温かく満たされる感覚——まるで、この欠片そのものが何かを呼んでいるかのようだ。俺は欠片を握りしめ、ゆっくりと目を閉じる。


師の声が蘇る。『お前の力は誇るべきものだ』——あの日、魔物の爪から俺を庇い、血まみれになりながら師が遺した言葉。その声が、いつもより鮮明に、耳の奥の奥で響いた。まるで、すぐ隣で囁かれているように。


カッ。


音はなかった。だが、何かが変わった——空気の質が、その一瞬だけ別のものに入れ替わった。


目を開け、ゆっくりと背後を振り返る。月明かりに照らされた石畳の床——俺を中心に、半径一メートルほどの範囲で、放射状の亀裂が走っている。細い線が何本も、まるで蜘蛛の巣のように広がっていた。いつできたのか、まったく気づかなかった。音もなく、震動もなく、ただ——静かに、石が割れていたのだ。


息を止め、ゆっくりと欠片を見下ろす。オレンジの光が、指の隙間から漏れている。脈動は止まらない。むしろ——先ほどより速くなっている。俺の鼓動と、まったく同じリズムで。


唇を結び、欠片を胸元に戻す。紐をきつく結び直し、床の亀裂を見つめたまま、俺は呟いた。


「……もう、隠しきれないか」


暗闇の中で、欠片が一際強く輝き——


そして息を潜めるように、光を収めた。


窓の外で、風が止む。これまでかすかに聞こえていた遠くの猫の鳴き声も、草むらの虫の音も、すべてが沈黙した廃教会に——俺の鼓動だけが、やけに大きく、重く、響き続けていた。


明日——正午。石碑広場。


手のひらに残る熱が、まだ、消えていなかった。

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