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ココロネの心音  作者: 存此
34/44

5―3


 ココロネは一人、闇夜の道を歩いていた。

 冷たいまっ暗の中を一人で歩いていると、孤独さが増すような気がした。

 

 一歩も足を止めず、歩み続けていた。

 止まってしまえば、後悔をして、街に戻るため走り出してしまうだろうから。


 少年との約束を守れなかったことに心のなかで謝る。

 恨んでくれてもいいが、ココロネは少年に自分の存在を忘れて欲しかった。

 忘れるほどに幸せになってもらいたかった。


 自分も人からもらった名前で生きてきたから、名前という大切さを知っていた。 名前というのは常に自分を表すものであり、離れることはない。

 だからこそ、名前をつけるという役の重要さ、重たさ、を知っている。


 ココロネは気づいてしまったのだ。

 私が名前を与えてしまえば、ココロネという存在は少年のなかでずっと生き続ける

  

 それは、なんて、怖いことなのだろう。

 いつか別れを告げるココロネが名付けることなど、なんて残酷なことか。

 少年がその名前を名乗る限り、ココロネの存在がついて回るのだ。 その、重さが怖い。


 それならば、約束など果たさず、逃げ出して、ひどい者だったと叩かれ忘れられてしまえば良い。 そのほうがよっぽど楽だ。


 だから、いいのだ。

 これで、正解なのだ。


 一歩一歩土を踏んで歩んでいく。

 歩んでいくほどに、少年との思い出が女々しいくらいに(よみが)る。

 少年は自分のいなくなった部屋でもしっかりと眠れていれるだろうか。 最近は悪夢で夜中目覚める日も少なくなってきていた。 また元に戻らなければいいが。 残酷なことを、してしまっただろうか。

 

 ――強くあるためには一人でなければならない。


 ココロネは自分の感情や意志を無理やりに押し込んで、無心で進む。


 そんなココロネの後ろをひっそりと着いてくる者がいた。

 エフである。

 黒の魔法使いである彼は身隠れの魔法を使いココロネの後ろを密かに着いていく。 それは、今回ばかりではなく、何年も、何年も健気に続けた行為だった。

 戦闘用合成獣であり、魔法の使えないココロネにとって魔法の感知は弱点とも言える。 魔力を持たない者が魔力に気づくのは難しい。 だから、こうしてエフは長年にも渡る付きまとい行為を続けられていた。


 エフはココロネが少年に名前を与えず離れたことに歓喜していた。

 ココロネの少年に対する接し方に今までの違いを覚え、不安を感じたが、それは気のせいだったようだ。 この冷たさこそが、ココロネなのである。

 あの子どもに名前を与えるのに嫉妬して、あまりにも我慢出来ずに子どもの前に姿を現してしまったが、ココロネには自身の存在を認識されていないだろう。


 エフという者は過去にココロネに助けられたことから、ココロネに片想いをしていた。 人から恐れられる黒い魔法使いであるエフは人に助けられるなんていうことがなかった。 いつも一人でどうにかしていた。 孤独でも、寂しくても、それが自分の人生だと思いながら突き進んできた。

 しかし、そこで助けてくれたのがココロネだった。

 エフにとって青天の(へき)(れき)だったココロネの存在。


 そしてエフは思ったのだ。 ココロネを助ける存在でありたい、と。

 ココロネに災難が現れれば、こっそりと手助けをする。 駆除をする。


 力が強力なせいで人間に恐れられるエフだったが、恋をしてみればとても臆病で、話しかけることも名前を名乗ることすらも出来なかった。

 だから、こうやってこっそりと何年も後を追っている。

 ココロネの顔をひっそりと見ると、その表情は(いささ)かいつもとは違う。 苦しそうな表情をしている。 その理由は明らかに、あの子どもが理由だ。

 そのことに嫉妬心を覚えながらエフも歩んでいく。 プロスリカから離れて行く。


 〝本当にいいのですか?〟


 エフは尋ねたかった。 しかし絶対に言葉にはしない。 そんな優しさは持ち合わせてはいない。

 けれど、ココロネのためを思うと言うべきなのか頭を悩ませた。

 一人ぼっちだと思い込んでいる彼女は、絶対に悩みを口にしないから。

 このまま歩みを進めれば、いつかは子どものことも彼女は忘れるのだろうか?

 それとも一生引きずるのだろうか?

 一言問いかければ、彼女は後を戻るのだろうか。

 それなのに、こんなにも考えているのに、実行できない。


 ココロネの前に姿を現してしまえば、存在を認識されてしまう。

 それが怖い。 だって、ココロネはいつも別れを告げるから。


 こんな臆病な自分に情けなくて笑えてしまう。 昨日まではエイミーで殺しの仕事を担当していたというのに。


 そんなエフの存在を知らないまま、ココロネは一度立ち止まった。

 腹がぐううと鳴ったのである。

 そういえば今日は何も食べていないままだ。 少しでも早くプロスリカから離れたくて食事というものを忘れていた。

 ココロネは鞄から乾いたパンと干し肉を取りだした。 そして歩みをまた再開し、食事をしながら歩き進める。

 乾いたパンも干し肉も食べ慣れているものだったが、ひどくつまらない味に思えた。 少年の作った料理を思い出せば、いかにこの食べ物がしれているか。 それでも口にせねば生きていくことは出来ず、干し肉を噛んで引きちぎる。


 ――まだ戻れるぞ。

 頭の中で言葉が浮かぶ。 語りかけてくる。

 今ならまだ、戻って少年と共にいられる。


 黙れ。

 私は一人でないといけない。

 そうでなければ強くあれない。


 こうして人の元から去らないと、強くあれないことに、ひどく自分が弱く思えた。

 弱い生き物が強くあろうと必死になってる。 それは、みじめなことのように思える。

 それでも、私は一人でありたい。 そうすれば負う傷もなければ、去るものもないのだから。


 すると茂みから何かが飛び出してきた。 ココロネに突進するつもりで飛び出たようであったが、殺気を感じたココロネはひらりと軽やかに避けてしまう。

 獣を見ると野良狼だった。 低く唸りながら、こっちを睨んでいる。 体は骨が浮き出しており、食べ物を満足に食べられていない様子だ。



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