同じ穴の蜥蜴
ニーズヘッグほどではないが、そこそこの大きさのトカゲだ。
怖いとは思わない。けれど、どう対処すべきか。
中にカリンカさんがいる以上、あまり手荒なことはできない。黒い光で殺すのも中に影響がないとも限らない。
ならば。
「吐き、出せぇッ!」
とりあえず、トカゲの喉の辺りを殴ってみた。手応えは充分、しかし奴は倒れえづくだけで、嘔吐する気配はない。
止まらず奴の喉を狙い続けても、奴は飲み込んだものを出そうとはしなかった。それどころか徐々に奴の動きは弱まり、息を荒げはじめている。
まずい、このままではカリンカさんを助ける前に殺してしまう。
喉じゃなく腹を狙うべきか? いや、それだと中のカリンカさんまで衝撃が伝わってしまう。
僕が考えを巡らせる一瞬の隙をついて、そのトカゲは爪を振り上げていた。
「くッ!」
血が迸り、来ていたローブに赤く滴った。
咄嗟に前につきだした僕の腕が、奴の手を貫き止めたのだ。
「なんだ、お前けっこう柔らかいじゃないか」
僕はそのまま奴の手を引き裂いた。
皮が固くないのなら、千切ってしまえばいい。
「ぶちまけてもらうぞッ!」
奴の腹に両の指を突き立て、思いっきり左右に開いた。
「ケェェエエエエエ!」
肉がぶちぶちと千切れ、トカゲは悲痛な声を上げた。血が湧き出るように吹き続け、僕の体と辺り一帯を赤色に染める。
あぁ、手袋も服も、靴も買ったばかりだったのに。背に腹は変えられないとはいえ出費が痛い。
僕は奴の悲鳴などお構い無しに、文字通り奴を千切っては投げた。
きっとここの辺りじゃあこいつが最大の捕食者なのだろう。腹にはこってりと油がのっている。
胃と思わしき袋を引きちぎると、でろりと中身がこぼれ出た。
「カリンカさん! 聞こえてたら起きてください!」
「……んぅ……」
ねっとりと糸を引いて、その内容物の中から一人の女が起き上がった。
「よかった、生きてはいるみたいですね」
「あれ、アタシ……? 何して……? って怖ッ! 血塗れじゃないアンタ!」
「ゲロまみれの人に言われたくないんですけど」
「へ? なにこれ臭ッ! ウェッ!」
「ちょっと、あなたまで吐かないでくださいよ」
顔を拭うと、カリンカはきょろりきょろりと周りを見渡した。
傍らには虫の息のトカゲが、ぴくぴく動きながら横たわっている。
「よくわからないけど、アンタが助けてくれたのよね……」
「はい」
「これだけ大きな緑蜥蜴、どうやって……って聞きたいところだけど、とにかくグラピーかナーミンを呼んできてくれる? 浄化の魔法が使えるの、あの二人だけだから」
数刻前から続く地鳴りに、森の生き物たちは我を忘れ興奮していた。
「なんだッ!? 今日のこいつらは!?」
猛り狂うモンスターを前にマグ達は死に物狂いで立ち向かっているが、体力はもう限界が見えており、角兎の突進をいなすので精一杯だった。
「一旦ひいた方がいいんじゃないかッ!?」
「さっき奥に行ったカリンカとオガタくんがまだ帰ってこない!」
「誰か探しに……ってそんな余裕ないね!」
ダカンダカンと地面が揺れる。何かが木々を押し倒し進んできている。
「ブモォォオオオオッ!」
「大牛の群れだ! 脇に下がれ!」
「えっ、ちょっと!?」
「まずッ!? ナーミンが逃げ遅れた!」
「なんだって!?」
「いやあぁッ!」
彼女の体がモンスターの波に飲まれようという時、近くの藪からずぉんと何かが飛び出した。
「伏せて!」
上がった声に従い、ナーミンはその場にうずくまった。
そして再び目を開けた時、彼女の前にあったのは倒れた数匹の大牛と、血を被った一人の少年であった。
「ナーミンさんって、あなたでしたよね?」
「……はっ、はい!」
「いっしょに来てください!」
「え、えぇ!?」
言うやいなや、彼はナーミンの体を抱えとびたった。
「ちょっとぉ!?」
「すみません、カリンカさんが呼んでるので!」
有無を言わさず、少年は進んでいく。目まぐるしく動く視界に目を回していたら、やがて彼女らはひらけた場所に出た。
「なにここ……木がみんな倒されてる」
血みどろの少年は被ったナーミンをおろすと、「お願いします」とだけ言って、また駆け出した。
「お願い……って、なに?」
「ナ~~ミ~~ン」
「うわわぁ!? なになに!?」
ナーミンはとびのいた。いきなり連れてこられたこともそうだが、近くにあった臭い何かが話したことがなによりの驚きだった。
「その声、もしかしてカリンカ?」
「おうよ」
「なにそれ」
「緑蜥蜴のゲロ」
「なにそれ!?」
「綺麗にしてよー」
「う、うん」
ナーミンの手から魔力の光が発されると、汚れは崩れ落ちるようにカリンカの体から離れた。
「あー。ひどい目にあったー」
「本当に何があったの……」
「いやーアタシもよくわからないんだけどねー」
ちょいちょい、とカリンカは指をさした。その先には家ほどの大きさの蜥蜴が、腹から血を流しながら横たわっている。
「……なにこれ」
「なんだろうね、アタシもわからない」
「おーい!」
大きな声が聞こえた。マグと、他の皆のものだ。
「オガタくんから話は聞いたぞ。大丈夫だったか?」
「大丈夫じゃないわ、散々よ。あと少しでコイツの栄養になるところだったんだから」
「こいつって……、えぇ!? なにこいつ!?」
「いきなり地面から出てきてパクー、よ。やってらんないわ」
「こんなの、この辺じゃ見たことのないモンスターだ」
ヤカンが首を傾げた。
「そうなんですか?」
「もしかして、例の巨龍と関係があるのかも」
「例の巨龍?」
「キルシュムの近くに出たっていう巨龍だよ。地下世界のモンスターらしいっていう話なんだけど、どうして地上に出てきたか分からないんだ」
……なにか、心当たりのある話だ。
「何かの前触れとかじゃないといいんだけど……」
「そ、そうですね」
「もしかして、なんか地下にやばい奴がいて、それから逃げてきたんじゃないか?」
マグも顎髭に手をあてて、トカゲの死体を眺めた。
「ありえないことではないな。これから他のモンスターも現れるかもしれない」
「役所に知らせておいた方がいいかもしれんな」
険しい顔で話す彼らの脇で、少年は汗をたらしていた。
まずい。すごくまずい。きっと僕がアレに乗ってきたから、地下のモンスターがいっしょに出てきてしまったのだろう。
ひょっとして僕は、かなりまずいことをしてしまったのではないだろうか。




