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そして僕は死者を抱く  作者: 貧弱眼鏡
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模索

グローブをめくると、中から煙のように黒い光が染み出た。どうやら服など体の一部じゃないもので包んでしまえば、外に効果を及ぼすことはないようだ。


当面の目的はこの光がなんなのかの解明、だろう。そのためにはまずこの世界の(ことわり)を知らねばならない。

イレーヌさんはこの光を魔法か呪術の類いではないかと言っていた。だとしたら、それについての情報がいる。


この世界は僕の世界で言うファンタジーゲームに近い。僕がレベルアップでスキルを得たのと同じように他の人も経験と共に魔法を身につけるとか、そうでなければ本やらなんやらで魔法を覚えているのではないだろうか。


そう思って国中探してはみたが、図書館はおろか本屋すら見当たらない。それに多くの人とすれ違ったが、旅装束(たびしょうぞく)をした人はほとんどが行商人のようだった。


もしかしたら、この世界には僕のように旅をする人――いわゆる冒険者というものは少ないのかもしれない。

冒険者ギルドなる存在も見当たらないし、それなら宿の部屋がやたらと広い部屋だったのが理解できる。


「お兄さん、ヒマ? すこーしでいいの。飲んでいかない?」

途方にくれていると、妙に肌を出した女が肩を叩いた。


「すみません、未成年なんです」

「あらごめんなさい、やけに目が濁ってるからてっきり成人してるかと思ったわ」


彼女は酒場のキャッチーのようだった。

まぁ、僕には関係ない。そう思って立ち去ろうとしたが、ふと頭に考えが浮かんだ。

酒場なら色々な人の話が聞けるんじゃないか?


「やっぱり、行ってみようかな」

「あらいけない子」

「お酒は飲みませんよ。……けど、酒場に興味があるんです」

「いいのいいの。悪いことってやってみたくなるわよね。でもほどほどにね」

「違いますって!」

「はいはい、一名様ご案内ー」


酒場の中に入ると、それなりに(にぎ)わっている場所のようでたくさんの男女が談笑に興じていた。


「いらっしゃい、若ェ奴だな。とりあえずエールでいいか?」

「ああいえ、僕はお酒を飲むつもりは」

「なにィ、冷やかしか」

「えっと、そうじゃなく――」


「その子、未成年なんだってー」

ドアを開けて、先ほどのキャッチーが入ってきた。


「未成年? なんだいけない坊主だな」

「だから飲むつもりはないんですって!」


「だったら、こんなところに何しにきたの? 晩御飯なら向こうの料理屋の方がいいモンだすよ」

女は流れるように僕の隣に座って、カウンターに肩肘をついた。


「ここには、話が聞けないかと思って来たんです」

「話ィ? なんの」

「ええと、魔法とか呪術とかそんな関係の話が聞ければ……」

「ふぅん、するってぇとオマエさん魔法使いになりたいのか」

「魔法使い? いや、そういうわけでもないんです」

「だったらなんで?」

「それは……」


僕はローブの袖を(まく)って、黒い光を二人に見せた。

「なぁに、それ」

「わからないんです。気がついたら体にまとわりついていて」

「へぇ、だったらたしかに魔法ってぇより呪術かもしれねぇな」

「やっぱりそうなんですか」


「アタシちょっと触ってみていい?」

「だッダメです! 素手で触ると危ないんです!」

「えーいいじゃんちょっとだけー」

「ホントにダメなんですって!」

僕はのけぞって、席を一つ隣に移した。


「うーん、魔法ならともかく呪術のことを話すヤロウはあんましいねぇなぁ」

「アタシもそんな話聞かないかなぁー」

二人は仲良く両手をあげた。


困った。手詰まりだ。

ここの店はそれなりに繁盛している。ここで情報が得られないとなると、別の酒場に行ったとしても期待は薄いだろう。


とりあえず、戻ろう。宿に残してきたイレーヌのことも心配だ。


「ありがとうございます。また少し考えてみます」

「おう、ちょっと待ちな」

「え?」

「冷やかしじゃねェんだろう?」

いつの間にか女が背後にいて、立ち上がろうとする僕の肩を押さえつけた。


「すみません、手持ちが無くて」

「ホントかぁ? いくら持ってる?」

「……全部で9シラル」

「エール一丁!」

「飲みませんって!」


「まぁそれは冗談として、お腹減ってるんじゃない? なんか青い顔してるわよ」

「たしかに今日はご飯を食べていませんけど……」

「えっ何も食べてないの?」

「最後に何か食べたのは多分、三日前ですかね」


コトリ、僕の目の前に鶏肉のソテーのようなものが置かれた。

「えーと……これは?」

「いいから食っとけ」

「あ、ありがとうございます!」


美味しい。美味しいということがこんなにも嬉しい。 ちゃんとした料理を食べるのはいつぶりだろうか。筋の感触も血の臭いもしないというのがこんなにも嬉しいなんて思わなかった。


「……久しぶりに人間らしいものを食べました」

「旨かったか?」

「はい」

「ならよし! ようやく若者(わかもん)らしい(つら)になったじゃねェか!」

そう言われて、はじめて自分の顔がほころんでいることに気づいた。あそこのモンスターの肉を食らっていた時とは比べ物にならないほど体が満足している。やっぱり美味しいものは人を幸せにするのだ。


「人間らしいものって、今までの何食べてたのよお兄さん」

「えーと、モンスターを殺してそのまま……」

「はぁ?」

二人は冗談だろという顔で首をひねった。


「オイオイ火も通さずにか? よく生きてこられたなァ。普通ンなことしてたらすぐ腹ァ下すぞ」

「いやいや、嘘でしょー! そんなひょろいナリして」

三杯目の酒を飲み干すと、女は大きく高笑いした。すでにだいぶ酔いが回っているようだ。


「ひょろ……これでも一ヶ月よりは長く狩り生活を続けてたんですよ」

「はいはい、それでどんな奴を狩ってたの?」

「猿みたいなのと、黒い豹みたいな……。あと蜘蛛もいましたね」

「そんなのこの辺じゃ見たことないわよぅ」

「なんでぃ、嘘なのか」

「違いますよ!」


「だったらー」

女は立ち上がり、(そで)(まく)った。

「腕比べ、してみる?」


彼女は空いていたテーブルに座り、期待の眼差しで僕を見た。あまり気が進まないが、誘いを断るのも悪い気がする。

「一回だけですよ」

「あーら、それでいいの? 後から何か言ってもダメだからね」

「腕相撲でいちゃもんのつけようもないでしょう」


「ふふふ、よーい」

ダァン、と大きな音が店に響いた。


「……あれ?」


それほど力を込めたつもりはなかった。なのに僕の腕は、彼女の腕をねじ伏せている。

あまりにも軽すぎた。相手が酔っぱらいであることを考えても、だ。

地下での戦いが僕の体を強くしたのだろうか。


「ええと、大丈夫ですか?」

女は涙を目に浮かべながら、痛みに痺れた右手をさすっている。

「もう一回」

「え?」

「三回勝負に決まってるでしょ!? さっさと構えなさいよ!」

「はっハイ!」


デェン、店内に再びにぶい音が響いた。

「あの、これで」

「三回勝負って言うのはね……三回勝った方が勝ちなの」

彼女の顔は本気だった。完全に酔いが覚めている。


ドォン、三度目の音が鳴り渡り、僕は席を立った。何か声をかけようとも思ったが、テーブルに伏したまま動かない彼女が気の毒で何も言えなかった。


「すみません、ごちそうさまでした」

「お、おう……。坊主、お前すげェな。アイツあんなナリしてっけど腕っぷしは中々なんだぜ」

「そ、そうなんですか」

気がついたら、周りで飲んでいた人らも僕を見ている。


「待って!」

愛想笑いをしてドアに手をかけようとした僕を、女の声が呼び止めた。


「……なんです?」

「代金」

「へ?」


「コカトリスの焼き物、9シラル」

「ちょ、ちょっと待ってください! あれはご馳走してくれたんじゃないんですか!?」

「誰もそんなこと言ってないわ、10シラル」

「増えてるじゃないですか! そんなに払えないですよ!」

「知らないわ、11シラル」

「9シラルしか持ってないって言ってたでしょう!」


「あーあ、拗ねちゃったか。ごめんな坊主、ソイツ負けず嫌いなもんで」

「負けてない! イカサマよイカサマ! でなきゃあんなバカみたいな力でるわけないわ!」


「あの、9シラルしかないんですけど……」

「ああいいよいいよ。気にしなくて」

「でも、あの人が……」


そろりと目を向けると、女は納得のいかないという目でこちらを睨んでいる。

「……ね?」

「うーん、でもなぁ……」


店主の男は上を向いてしばし考えた後、「そうだ」と声をあげた。

「コカトリスを一羽獲ってきてくれよ。それで今日のお代はチャラだ」

「コカトリス……?」


「ほら、あれ」

彼が後ろ指で差した先の壁には、数枚の紙が貼りついている。

「食材調達の依頼が出てるはずだ。いつもは暇な奴が受けるんだが、お前もそれに連れてってもらえ」


「依頼……」

見つけた。これは、ゲームで言うところのクエスト。

ギルドのようなものは見当たらないと思っていたが、なるほど、人が集まる酒場にそういった依頼が出されていたのだ。


「いや、嫌なら別にかまわねェが……」


何をするにしても先立つものは必要だ。これからのことを考えて、この依頼を断る手はない。


「受けます。受けさせてください!」



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