第15話「兵器と兵器と、兵士」
■青島〉伍行『伍行さん、こちら青島です』
■伍行〉青島『青島? 無事だったか、お前今どこのいる?』
■青島〉伍行『軍隊蜂の巣の中っス。新女王を一匹倒しました』
驚愕か不審か、伍行からの通信が一旦止まる。どうしたものか相談しようと青島は隣を向くが、そこにμはいなかった。気がつけば視覚モニターは通常のものに戻っている……つまり、μとのリンクが外れている状態になっていた。
いくら辺りを見回しても見当たらないので、心配になった青島が通信を送ろうとすると、目の前の壁の中からミユの頭がつき出てきる。
「うわああぁ! ……そんなとこにいたのか、驚かせるなよ」
『外の偵察をしてきたのです。タツヤの同僚たちは優秀ですね。旧女王を一匹仕留めてくれました』
■伍行〉青島『こちら伍行だ。聞きたいことはごまんとあるが、とりあえず新女王とは何のことか教えろ。馬鹿でかい女王蜂なら一匹倒したがそれとは別なのか?』
μが戻ってくるのと同時に伍行から通信が入る。疑っていた訳ではないが、μの言った通りもう一つのコロニーの旧女王も死んだらしい。
青島はかいつまんで巣の中にいる新世代の女王蜂について、伍行に説明した。
■伍行〉青島『成程……分かった。お前は最後のコロニーに向かえ、俺達もこっちのコロニーを落としたらすぐに行く』
■伍行》中隊員『全員よく聞け。巣の中にまだもう一匹次世代の女王蜂がいる、コロニーを落としたと言えるのはこれからだ。付近の奪還者は即刻巣へ突入しろ。中にもまだ敵がいるから気をつけろ』
一通り指示を出すと伍行からの通信は再び止まった。青島も急ぎ巣から出る為、来た道を戻るのであった。
青島が巣から脱出したのと、第二のコロニーが落ちたのはほぼ同時であった。
旧女王の死骸と重なり爆煙が上っている第二の巣と、最後の女王が這い出てきた第三の巣を青島は見比べる。
■青島〉μ『どうして女王蜂は、危険を冒してわざわざ巣から出てくるんだろうな』
『おそらくあの鎌を持つ兵隊蜂は、女王の指揮がなければ動かせないのだと推測します。貴方達からしてみれば、奴らは獣や虫と同類なのでしょうが、元を辿れば兵器ですから。なんらかの行動倫理に従わなければ、行動出来ないのです』
成程、と呟くと青島は再び巣目掛けて爆進した。時間をかければかける程、軍隊蜂は爆発的に数を増やす。ぼんやりしている暇はない。
一瞬で遺跡の屋上部を走破し、先程と同じ様に巣に蹴爪を巣に刺し込もうとしたその時、全自動戦闘支援誘導システムが警告と共に緊急回避を提示した。
言われるままに横に飛ぶと、巣の壁を突き破り今まで見た事がないタイプの軍隊蜂が、巨大な顎を突き出してきたではないか。
■青島〉μ『なんだこいつ? まだ隠し玉があったのか』
『……まさかこの短時間で品種改良するとは』
μの言葉に青島も驚く。なんと追いつめられた女王蜂は、この土壇場で巣に攻め込ませない為の新たな兵隊を作りだしたのだ。
巣を登れない以上新女王はおろか現女王蜂すら倒すことが出来ず、兵隊が増える一方である。
青島が手をこまねいている内に、付近に他の軍隊蜂が集結してきてしまった。
■青島〉μ『μ! どうすればいい!?』
『全自動戦闘支援誘導システム、再計算中……並行して回避ルートを算出します』
青島は表示されたルートに従い走りだす。
■青島〉μ『まさかこっちのスピードについてくるなんて……』
μの示すガイドは巣の周りをぐるりと回りながら、時折少しだけ巣に足をかけてみるというものだった。
μの提言に今更疑問を持つ青島ではない、しかし相変わらず青島が足をかけるのとほぼ同時に新型蜂は突撃してきて、しかも蜂蜜が垂れてくる所為か新型蜂が頭をひっこめた穴はまたすぐ埋まってしまうので追撃も出来ない。
他の奪還者が援護してくれているので、今のところ他の蜂にやられる心配はないものの、このままではジリ貧になるのは目に見えている。
登っては邪魔され、また登ろうとしても邪魔され、少し登れたかと思ったら結局邪魔されと、結局あっという間に巣の周りを一周し切ってしまった。
■青島〉μ『どうするμ? 伍行隊長達が揃うまで待つか?』
『そこまで待つ必要はないでしょう、タツヤが……いえ、私とタツヤが一緒ならば、いける筈です』
不敵に笑うμ。こんな顔もするのかと、一瞬青島は魅入ってしまう。
自らが兵器である事に拘りをもっているにも関わらず、どうしてこの少女は兵器には必要ない感情がこんなにも豊かなのだろうと思ったのだ。
『どうやら、敵もこちらと同じ事をしているようですね』
■青島〉μ『同じ?』
『おそらく蜂達は、なんらかの手段で意思疎通を行い、突撃のタイミングを女王蜂から指示されているのでしょう。登る場所によって精度にムラが出たのは、女王蜂の死角だと、伝達が遅れる為だと推測します』
μの説明と共に、新しいルートガイドが表示される。
言われてみれば女王蜂は、青島の動向をつぶさに観察しているように見える。そんな女王蜂を、μはさらに観察していたということか。
カラクリが分かったというのに、μの示したルートはすぐには女王蜂の元へは向かわないようだ。
青島にはその意図が分からないが、ひとまず素直に従い爆走していると、すぐ近くで爆発が起きた。伍行達が第二コロニーを、内部から破壊しているようだ。
火の手は屋上に散らばった植物の残骸に一気に燃え広がり、旧コクーンタワー屋上は瞬く間に火の海となった。辺り一面煙が舞う中、青島はようやくμの狙いに気がつく。
■青島〉μ『煙……そうか!』
『計算通りです。タツヤ、今です』
ルートを示す矢印が、途端にカチリと切り替わった。つまり今までのルートは、煙が充満するのを待っていたのだ。
μの計算は完璧で、煙に紛れた青島がいるのは、丁度女王蜂の死角となっているコロニーの裏側だった。
「くらええええええええええええええええええ!」
女王蜂に気取られる前に一気に巣を登り切った青島は、手にした青い光の刃で瞬時に女王蜂の首を刎ねる。
周囲から歓声が沸く中、青島は一足先に巣の中へ突入するのだった。




