山陰奈落の変 の章(24) ~ 流 あさひの戦い
「……ふふ、アイトスの方で動きがあったようだわ。人数が集まって……戦いの準備をしているよう……」
「ともすると攻めてくるんだね。はは、僕は楽しみでしょうがないよ?クァーシア、だって、君を守れるんだからさ」
「ああ、ウェンシア、サキと地上の奴等を接触させてしまったのも全てはこのためだったのね。私、とても嬉しい」
相変わらず、クァーシアとウェンシアはベタベタと寄り添いながら、互いの名前を呼び合っている。
そんな様子を流 あさひは横目に眺めつつも、彼女たちが話していた、
「アイトスの動き……」
へ思いを巡らせていた。
(もしかしたら……)
今の状況を打開できるのかもしれない。
クァーシアとウェンシアがアイトスの火焔族と戦っている間に彼女達の持っている暗黒石を奪い取り、その力を利用して、
(今度は……)
間違いのないようにしてやるつもりなのであった。
とにもかくにも、今はクァーシアとその護衛の上級邪炎獣に監視されているので、流 あさひ、自らが動くことはとてもできない。全ては、
(あのバカコンビとアイトスの連中が戦いを始めなければ……)
ことは動かないだろう。
その一方で、流 あさひには一つの楽しみもあった。それは、
『地上からの使者』
の件である。
「うーん、せきちゃんも来ているのかなぁ」
思い起こすのは地上で過ごした友人のことであった。
大昔、流 ヒスイのもとを飛び出して以来、流 あさひは『友人』というものを持たずに長い年月を過ごしてきたものだった。
他人との付き合いならばないことはない。『天道あさひ』として天道家に紛れ込んでいた時には、義理の姉である、
『天道そら』
が自分の相手をしてくれていたものだったが、
(私にはヒスイお姉さまがいるから……)
とまるで相手にしていなかったのだった。
しかし、それでいて満更悪い気はしていなかった流 あさひでもあった。
そして最後にはそんな天道そらも八霊山を出て行ってしまったのだ。
その事件の発端となった天道夕矢、また『天道家』そのものを自分の秘密を守るために抹殺した『流 あさひ』なのだった。
その後はしばらく、身を潜めていたところに、偶然、せきちゃんこと佐渡せきと出会った。
一応は八霊山に隠れ住んでいる身である。姿を見られたからには、
(消しておかないと……)
と思ったものだったが、どういう訳か話が込んでしまったものだったのだ。
それは……
もしかしたら流 ヒスイと流 あさひの持つ、共有の感覚であったのかもしれない。
流 ヒスイは前章に『水霊ヒスイの挑戦!』において、佐渡せきへ並々ならぬ愛情を注いでいたものだった。
それは佐渡せきへ流 あさひの面影を感じていたところによるものであった。
勿論、流 あさひにとっては自分の面影を彼女に感じる訳ではないが、流 ヒスイが感じていた、
「懐かしさ……」
を流 あさひもまた感じていたのだろう。
さて……話を元に戻そう。
ともかくも『地上からの使者』が地底へ来ているというのなら、
「佐渡せきも来ている」
という可能性はあるだろう。
「ああ、外へ出たいなぁ」
流 あさひは歯を噛んで、バカコンビことクァーシアとウェンシアを睨みつけている。
「おや、水霊の姫がこちらを見ているよ。きっと僕達が羨ましいんだろうね?クァーシア」
「……ねぇ、ウェンシア」
「ふっ、僕もきっと君と同じことを考えている……」
「あの水霊の姫、それに王子さまも、そろそろ始末してしまったほうが良いのではないかしら?」
「そうだね。いつまでもここに置いておいても、彼女達も黙ってはいないだろう」
「それでどうするの?倒すならどのタイミングにする?」
「それについては僕にいい考えがある。もとより、彼女は僕たちに従うしかないんだよ……それに……」
ウェンシアは小さく笑った。
「僕が戦っている姿を、ずっと君には見ていて欲しい。水霊の姫のことなど、気にしないで欲しい。クァーシア」
「その通りだわ。ウェンシア。」
二人の会話は流 あさひには聞こえてはいなかった。
炎の揺らめきとバーンアウトの低い起動音がこの部屋へ響いていて、10mほどの距離でも二人の会話は流 あさひの耳には届かなかったのだった。
ただ時折、クァーシアとウェンシアの視線が流 あさひへと向けられ、その口元へ小さく笑みを浮かべているところを彼女は見過ごしてはいなかったのだった。
(アイツら、いよいよ私達のことを消そうとしているな……)
このことであった。
クァーシアとウェンシアが流 あさひへ向けた視線や笑みも、
「ほんの一瞬……」
のことであり、そこには殺気も威圧感も含まれてはいない。
それでいて彼女達の企みを見抜くことができたのは、流 あさひの水霊としての資質と長年の経験による部分が大きいだろう。
流 あさひは姉である流 ヒスイを八霊山の支配者へするべく、様々な策を巡らせてきたのだった。
そうしているうちに流 あさひの前に人影が立った。
「……なにか用?」
いつの間にか目の前にクァーシアとウェンシアが立っている。
いつもなら、こちらには目もくれずに二人でイチャイチャしているだけなのだが、
(さっきのことといい、いよいよ……といったところか)
ただならぬ雰囲気をかもし出しているのが目に見えて分かるのだった。
「アイトスの連中がついに動き出すんだよ」
「このバーンアウトを奪還しにくるのです」
「ふぅん、それで?」
流 あさひは気のない返事をしながらも、胸のうちでは、
(これは面白いことになってきた……)
と胸を躍らせている。しかし、それを外へ出さずに、あくまで気のない素振りをクァーシアとウェンシアへ見せている。
「アイトスの火焔族が大挙してこちらに押し寄せてくるのです」
「僕たちはクァーシアの操る邪炎獣しかいない……これでは押し負けてしまう」
「…………」
何を言っているんだ……と流 あさひは心中で舌打ちをした。
このバーンアウトの外には防衛のための邪炎獣が無数に配置されているのを流 あさひは知っているのだった。
そしてそれはまた、自分たちを逃がさないための見張りの意味も兼ねている。
『水の精』……もとい『水霊』である流 あさひは『死霊』であるクァーシアやウェンシア、それに彼女達が操る邪炎獣に対して有効な攻撃を行うことが出来る。しかし、それでも、
(数が多過ぎる……)
のであった。
クァーシアやウェンシア、それに邪炎獣を相手にせず、流 あさひだけがバーンアウトから逃げるのなら出来るだろう。
しかし、バーンアウトには治療中の流 ヒスイを置いているのであった。
未だ彼女の意識は戻っておらず、施設に備え付けられた休憩室で流 あさひが治療を行っているのだ。
そうなると流 ヒスイをおいて、バーンアウトを去ることはできない。言うなれば、
「流 ヒスイを人質にとられている」
と言うべきだろう。
その点については、流 あさひも苦慮しており、事態の打開策を考えてはいるのだが、外には無数の邪炎獣、内にはクァーシアとウェンシア、それに護衛の上級邪炎獣と、前後ともに進路退路を塞がれてしまっていて、手が出せない。
……だが、そうした事態が動こうとしているのである。ウェンシアの話が続いている。
「そこで君にもこちらの防衛の手伝いをして欲しいんだ」
「……私にはそんなことをする義理はないはずだけど?」
バカ二人の言いなりになるのもシャクなので、反抗する流 あさひである。しかし、ウェンシアはそれを意に介さないように小さく笑うと、
「確かに君は暗黒石を僕達に渡して、ここへ匿うことを約束させた……だけど、実際は君ばかりか、君の姉上まで匿わせているじゃないか」
「それは……」
当初はクァーシアとウェンシアを利用するつもりだっただけに、そうした約束事を半ば無視していた流 あさひであった。
「だから君の姉上の分まで、しっかりと僕達に協力して欲しい……それだけだよ?それにさ……」
「アイトスの火焔族がここへなだれ込んできたら、貴方もお姉さまも危ないでしょう?」
「…………」
言われてみればそうかもしれない。だが、外の邪炎獣だけでも体形が崩れていれば、意識不明の流 あさひを抱えてでも、バーンアウトから逃げる自信はある。とはいえ、
(そうしてしまっても、バーンアウトが爆発してしまっては……)
元も子もないだろう。だから、とりあえずは、
「分かった」
と簡単に返事をしておいた。それに付け加えて、
「手伝うのは正面でいいんでしょ?」
まず最初に断った。これ以上、あの二人に主導権を握らせる訳にはいかないのだ。
「ああ、そうだね。それをお願いしよう」
ウェンシアが笑顔で頷いた。その表情には流 あさひが巡らせているような策謀への想いや考えなどは、
「まったく感じられない」
のであった。
いや、そもそも考える必要がないのかもしれない。クァーシアとウェンシアは自分達のやっていることが、
「失敗する」
とはまるで考えていないようであったのだ。
そして、このことについてあまり考えることのない重大な理由は一つある。それはバーンアウト正面と流 ヒスイの療養している部屋は、
「結構な距離が空いている」
点であり、正面の防衛から抜け出して、流 ヒスイの部屋へ向かうことは、
(まず無理……)
なのである。
そのことを流 あさひは理解しているし、またクァーシアとウェンシアも分かっている。
それでいて、この 話が成り立ったのには一体どんな意図があるのだろうか……。




