水霊ヒスイの挑戦! 対決! あやか 対 せき !! の章(22) ~ その利用価値……。
「昔とは立場が逆になったな?」
「バカを言え。私がやったときはもっと手傷を負わせてやったはずだ」
「まったく口の減らない奴だよ……お前は」
はぁはぁと大きく息を吐いている流 ヒスイの呼吸は荒い。
腕を落とされた上で尚も長時間の戦闘を続けたこともあるのだろう、
(くっ、思った以上に……)
戦えていないのである。
正直、奈落王の力が増幅したことについては意外だった。けれども、普段の流 ヒスイならば、
「片腕だけでも倒す」
ことができただろう。それほどに奈落王と水霊たる流 ヒスイの相性、そして力の差は大きいものなのだ。
しかし現在においては、その差が縮まっている……どころか逆転してしまっている。
それは先ほども述べたとおり、片腕を失った上での戦闘が続いたこともあるだろうが、それ以上に流 ヒスイは、
「お前を捕らえて、あさひの場所を突き止める」
ことを意識していたのが、思わぬ苦戦に繋がってしまったのだろう。
「ちっ、お前達は昔もそうやって、俺相手に手を抜いて戦ってきたものだったな……!!」
それは大昔のことである。
あの時は死霊の大群を率いて八霊山を支配する一歩手前まで来たときのことだった。
「ははは!もうこの山は俺達のものだ!!逆らう奴はいないだろう」
辺りには既に誰も居ない。刃向かうものは全て倒してきたはずだった。しかし、
「ふん。貴様ごときが地上を支配しようなど……」
「何っ……!!」
何者かの声が聞こえたと思ったら、
「ぐうっ……」
奈落王の胸元が大きく切り裂かれていたものだった。
声がしてから殆ど間もない。殺気も気配もどこにもなかった。
それなのにこうも大胆に襲撃を受けるとは、
「くそっ、何処の誰だ!!いきなり不意打ちをかけてきやがって……卑怯だぞ!!!!」
奈落王の言い分も分からなくはないものだが、こうなってしまっては、
「卑怯も卑劣もないだろう」
奈落王を襲撃した声の主が、そう返事を投げかけた。
「誰だお前は!!」
「まだ叫ぶだけの力が残っているらしい」
声の主が動けない奈落王へ更に一閃を浴びせかけた。
声の主の髪が風に揺れている。目は冷たい氷のように光っている。
「私の名前は流 ヒスイだ……聞いても意味のないことだが、いきなり襲った非礼は詫びておこうか」
「流 ヒスイ……!!」
力を振り絞り、立ち上がった奈落王は流 ヒスイを睨むと、拳を握り殴りに掛かった。
怨念を纏ったその拳は八霊山の護山家に対しては非常な効果があり、触れた相手を倒し、死霊へと変えていったものだった。
その拳が流 ヒスイ目掛けて向かっている。しかし、
「この汚い手が……!!」
嫌悪感に満ちた低い声が奈落王を突き飛ばした。そして倒れた奈落王を見るや、
「お待ちください。お姉さま」
急に声色を変えて流 ヒスイへ話しかけたではないか。
この声の主、流 ヒスイを『お姉さま』と呼んだということは、
「どうした?あさひ」
彼女こそが流 ヒスイの妹、流 あさひということになる。
流 あさひは流 ヒスイの前へ立ち、
「このボロ雑巾にも未だ使い道がありましょう」
「ボロ雑巾……?」
「そうです。このボロ雑巾を利用して、この山を私達『水霊』で支配しましょう。そうすれば、お姉さまはあんな偏狭の長から、一躍、この山の支配者になれるのですよ!!」
「山の支配者……か」
なんとも魅力的な話ではある。正直なところ、流 ヒスイは八霊山を支配している山神のことをよく思ってはいなかった。
それは自分と同じような立場にある山城 暁との確執がある。
何事においても流 ヒスイの方が優れていた。剣術、武術、そして権謀術数、どれを取っても流 ヒスイの実力は山城 暁のそれよりも勝っていた。
こういったことがありながら、自分の立場は山城 暁よりも下にある。それを流 ヒスイは心のどこかで、
(許せていない……)
と思っているのかもしれない。
事実、妹の流 あさひの方は許せてはいない。
自分の姉である流 ヒスイこそが八霊山で一番であり、今の水霊である母上の後は、
「姉さまこそが水霊を……八霊山を支配するべきなのです!!」
と信じてやまない。それは一重に、彼女の姉である、
「私のことを……」
想ってのことだというのは十分過ぎるほどに分かっているのだが、
「それは、できないよ」
「……何故ですか?どうしてですか?私はお姉さまのことを想って……!!」
「それは違う。あさひの気持ちは痛いほどに分かっているよ。私達は姉妹だよ。分からないはずがないだろう?」
「お姉さま……では、どうしてなのですか?」
流 あさひの目が潤んでいる。自分の提案が聞き入れられなかったことが余程に悔しいのだろう。
歯は噛み締められているし、手はぎゅっと握られている。
そういった様子を見て、流 ヒスイは胸のうちで苦笑を浮かべ、
「私と山城 暁のことは、あさひもよく知っているだろう?」
「はい。お姉さまにかかればあんなハリボテ狼、目ではありません」
(ハリボテ狼……)
「……そんな相手に、こいつの力を使って挑むこともない……そうは思わないか?」
「確かに、そう言われればそうでした。私としたことが、お姉さまの力を見誤ってしまうとは情けない限り」
「分かってくれれば良い。ただ、あさひの気持ちもありがたい。あさひに免じて、こいつは……」
まだ利用価値はある。ということで『蒼流の滝』に封印したのだった。
流 あさひもそう話せば納得はしてくれたし、そのうちに気も治まるだろうと流 あさひは考えたのだ。
「利用価値……か」
あの時の流 姉妹の会話が、今、奈落王の頭の中で思い起こされている。
まさに今の状況は、あの時とは逆となっていると言えるだろう。
ならば、奈落王が流 ヒスイに対する利用価値とは、一体どういったものがあるだろうか……。
(あの毒舌女だけは絶対に許せねえな……)
流 ヒスイも口に毒を持っているが、あの
『毒舌女』
こと流 あさひも相当な毒を持っている。
あの時、意識は殆どなかった奈落王だが、彼女の放った、
『ボロ雑巾』
という蔑称だけは今でも昨日のことのように耳に残っている。
その流 あさひの手により封印を脱することとなったのは、皮肉なものだったが、
(だからといって、あの女に恩を感じるつもりはない)
奈落王なのである。
しかし、それでいて、真正面から流 あさひとぶつかりあえば、とても倒すことは出来ない。
目の前に倒れている流 ヒスイについては油断しているところを不意打ちを行い、更に水銀との2対1での持久戦に持ち込んだ末にやっとのことで倒したくらいなのだ。
更に言うと、奈落王は知らないことだが、流 ヒスイが佐渡せきを連れていたという条件もあった。
あの襲撃の際に流 ヒスイが佐渡せきを庇わなかったものなら、とても片腕は落とせなかったろうし、そうでなければ、こうも奈落王が流 ヒスイを倒すことも適わなかったであろう。
少し余談が過ぎたようだ。話を戻そう。
流 あさひの実力は、その姉である流 ヒスイと比べれば大したことはないだろう。しかし、そこには相性がある。何度も述べている通り、真正面から奈落王が流 あさひと戦って倒すことはできないだろう。
だから、真正面から戦うのではなく、
(こいつを人質にして、あの女を潰す)
ことが自分が倒した流 ヒスイの『利用価値』であり、あの女……流 あさひを倒す最善の手段ではないか……。
そう奈落王が思ったとき、辺りの風景が崩れ始めた。
(ヒスイの結界が消えたのか……ということは、気を失ったみたいだな)
みるみるうちに結界が消えて、太陽の光が差し込んできた。
時間にして午前の7時といったところだろうか。




