新しき風 吹き抜ける世界(50 最終) ~ 吹き抜けた風 シリーズ完結
それから数年が経った。
天道そらも柿留しょうも、すっかり八霊山の護山家として腰を落ち着かせていた。
旅で磨いた剣術は冴え渡っているし、優しくて力持ちである。頼られない訳がなかった。
この姿を風切あやかがみたらどう驚いただろうか?それを思うと非常に残念で仕方がない。
ただ……ここまでの話で語られているように、未だ風切あやかの生死はさだかではない。
生きているのかもしれないし、死んでしまったのかもしれない。
それは筆者にも分からなかった。分からなかったが、ある春の日にそれが分かるような事柄が起こった。
「しょう先生!しょう先生!!」
今では弟子を抱えている柿留しょうである。その弟子2名が小屋へと駆け込んできた。
「どうしたの?そんなに慌てて」
「あの、カゼキリ平原に人が倒れてるんです!!」
「えっ……あんなところに!?」
カゼキリ平原、そこはサン・ラジェイドと風切あやかの決戦の地である。
風切あやかの功績を忘れないようにと、かの変な像とセットで彼女の名前が与えられた由緒ある場所なのだ。
そんな場所だけに、何の手も加えられていなければ神聖な場所として護山家で伝えられているために、滅多なことでは誰も近づかない。
「そんな場所に、なんで行ったの?」
「えぇ~、だってぇ……あそこ最近、変な声がするって噂があるんですよ。護山家として、真相を確かめるっきゃないでしょう!!」
「要するに肝試しってことか」
柿留しょうは溜息を吐いた。彼女達は人間で言うところの11歳に相当する程度の身体と頭脳を持っている。子供である(本人達はそれを認めたがらないが)だけに好奇心も強い。無茶なことも勢いに任せてやってしまうため、柿留しょうも手を焼いているのだ。
(僕が子供のときは、こうじゃなかったと思うんだけどなぁ……)
胸のうちで苦笑しつつ、柿留しょうには気になる言葉があった。
『カゼキリ平原で人が倒れている』
このことである。
前述のとおり、人の出入りは殆どない。場所が場所だけに山の外からの侵入者、あるいは道に迷った旅人などは一切ない。
そんな場所に人が倒れているとはどういうことなのだろうか。
「ちょっと見てこようか。一緒においで」
「えっ、ついてっていいの?」
「ダメって言っても、こっそりついてくるでしょ?」
「あはは、バレてら」
3人は颯爽とカゼキリ平原へと駆けて行った。途中、柿留しょうはカラスを捕まえて高山はるかへの手紙を持たせた。
着いてみると弟子が指差した先に何かが倒れている。
やはり人の形をしているようだ。殺気や気配を感じないところを見ると、どうやら意識はないようだ。
ただ念のため、近づくに至って2手に別れることした。
2人を反対側へやり、挟み撃ちの形で倒れている人影へ接触を図るのだ。
まず最初に柿留しょうが近寄り、その上でなにか危険があった場合は2人が背後から人影を襲う。もしくは敵わないと見たら、その場を離れ他の護山家に危急を告げるという手筈である。
柿留しょうが注意深く近づいた。近づくにつれて、人影がれっきとした人間であるということが判然としてくる。
それは徐々に見覚えのある姿となり、
「あやかさん……?」
それが見覚えのある顔であるのはすぐに分かった。そこからはもう警戒を解いて駆け寄っていた。
倒れている身体を抱き起こして、何度も彼女の名前を呼び続けた。
彼女と別れてからもう10数年の月日が経ってしまっている。それでも柿留しょうは風切あやかのことを忘れたことはなかったのだ。
彼女は生きているのだろうか?そしてどういう訳で、こんな場所で倒れているのだろうか?
「おっ……、お前、柿留しょうか?」
「あやかさん、なんですか?」
お互いがお互いを確認している。したがって、互いに頷きあうと、柿留しょうは涙を浮かべて笑いかけた。
「だいぶ顔立ちが変わったな……それに体つきも立派になったじゃないか。すると随分、年月が掛かったんだな」
風切あやかは死んではいなかった!!
あのとき『ギアカ・ホーオル・イオーガ』の発動で彼女は彼女の持つ力、魔力を全て使いきってしまったのだ。
サン・ラジェイドを消滅させることに成功した一方で、全ての力を解き放った代償により、風切あやかの身体も消滅してしまったかに思えたのだが……。
「ありがとう。地上の人よ」
不意に声が聞こえたのだった。その声は風切あやかへ語りかけてきた。
「私達の炎の魔力の暴走、地上への破滅を食い止めて頂き、本当にありがとう……」
(この声、邪炎帝か?)
姿は見えないが声だけが響いている。この声の主が誰か?という問題は、既に風切あやかにとってはどうでも良いことだった。
今の話の中で一番重要だったのは『地上への破滅を食い止めて頂き』という部分である。
(そうか。アイツを倒したんだな。八霊山を護れたんだ……それなら良かった)
八霊山は救われた。その一事で、風切あやかはやり遂げた思いで一杯であった。
もう思い残すこともない。このまま消滅……死んでしまっても悔いは全くない。
(ただ出来ることなら皆に、別れを言いたかったかな)
高山はるかに蒼水れい、それに佐渡せきの顔が風切あやかの目に浮かんでいた。
(そうだ。しょうのやつは元気にしているかな。しょうとはもう一度、会いたかったな……)
そう思ったところで、ついに意識が途切れた。手や脚の感覚が消えて、視界も真っ暗になったのだった。
そしてまた声が響いた。
「また会うことはできる。炎の魔力は再生の魔力、私の最後の力で、あなたの身体、その命を元に戻しましょう……しかし、私に残された力も小さい。あなたが元に戻るには多くの年月が掛かってしまうことでしょう。どうかそれまで……」
『休んでいてください』その言葉を最後に声は途切れた。
そして風切あやかは眠りについた。何が起こっているのかは分からないが、自分の存在は意識できていた。ただ手や脚といった身体の意識は持てずにいたのだった。
自分から出来ることはなにもない。ただ『あの声』が言ったように、いつか元に戻る日がくるのだろう。
それを信じて、眠りながら待つことにしたのだった。
そして……
ついにその日は来たのだった。
風切あやかがサン・ラジェイドとの戦いで姿を消したあの場所で……
10年の時を経て、ついに彼女の身体は再生し、この世界へと戻ってきたのだ!!
「嬉しいな。こうしてまたしょうに会えたし、はるかさまにもせきにも会えるんだ」
風切あやかの目からは雫が溢れていた。それを一筋の風が宙へと舞い上げた。
太陽の光を受けて、その雫は生命の光のように輝き、そしてどこかへと消えていった。




