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カゼキリ風来帖  作者: ソネダ
カゼキリ風来帖(5) ~ 天の道の章
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カゼキリ風来帖(5) ~ 天の道の章(9)

 その後、風切あやかは、高山はるかと柿留しょうと合流した。

 場所は食事処の『せいりゅう』である。

 「注文は何でしょうか?」

 という川岸みなもへ、

 「その前に、空いている席へお願いしても良いでしょうか」

 「あ、はい。こちらへどうぞ」

 高山はるかが言った『空いている席』というのは『せいりゅう』の隅にある小間部屋のことを指している。この場所は主に護山家の仲間内での話し合いや宴、それに秘め事に使われ、今までも多々利用されている。川岸みなもも新人でありながら、それを知っているのは高山はるかを通しての利用がこれまでも多くあったからなのだ。

 「それとしょうはここで待っていてください」

 そう言うと、高山はるかは手を出し、何かを柿留しょうの手へ潜り込ませた。

 「あっ、分かりました。ありがとうございます」

 それはお金であった。柿留しょうの手触りではそれは紙幣、『せいりゅう』で食事をするには十分な額であり、普段よりも贅沢な注文ができるほどのものだった。

 (うわぁ、こんなに貰っちゃって……)

 実のところ、高山はるかと風切あやかの話合いから外されて、疎外感を感じていた柿留しょうだったのだが、この収入には満更悪い気はしなかった。むしろ気分が高まり嬉しく感じられる。

 「みなもさんみなもさん、しょうを頼みます」

 「分かりました!はるかさんも席の方へどうぞ。注文は……」

 「終わったら呼びますよ」

 「では、ごゆっくりどうぞ」



 「その襲撃者、天道夕矢、と名乗っていたのですね?」

 「はい。間違いありません」

 「その天道夕矢なのですが……実は記録上では既に死んでいる人なんですよ」

 「なんだって!?」

 風切あやかが声を上げた。信じられないといった風である。あの時、自分が戦った相手、あの強さと気迫が死んだ者のものだとはとても思えないのだ。

 「ですから、数年も前に死んでるんです。その名前と悪評、私もよく覚えていますよ」

 天道夕矢が死んだのは高山はるかの姉の高山かなたが八霊山を出た頃のことであった。

 「はァ!あの野郎、逃げやがったか!!」

 このことは高山はるかも知らないことなのだが、天道夕矢は高山かなたへ激しい対抗心と憎悪を持っていた。対抗心の方は元々あった。それをあの事件がより一層強くしたのだ。

 「うりゅうが、けんしの奴に!?」

 天道うりゅうは夕矢の姉である。姉ではあるが、尊敬の気持ちや姉妹愛などは一切持ち合わせては居ない。そしてこの場合、それよりも重要なのが、

 「けんしとかなたの野郎がグルになって!!」

 ということである。これで天道夕矢の高山はるかへの不満が爆発したのだ。だが、そのときには既に遅かった。高山はるかは八霊山を出てしまっている。激しく燃える憎しみは行き先に困り、

 「この野郎!!」

 他の仲間の護山家へと向くようになった。護家山 天道夕矢の素行の悪さは仲間内でも評判であり、これにより悪評はついに極まった。

 仲間の護山家は結託して、

 「天道夕矢を倒してしまおう」

 という話を密かにしていた。山神さまも使者を通して、何度か天道夕矢本人、それに天道家へと注意や警告を促したのだが天道夕矢は聞かなかった。

 そして、とうとう天道夕矢は事故とみせかけて、

 「処分されたのですよ。あの時は、ことの真偽についてあれこれ話が飛びましたから、嫌でもその名前は覚えています。あやかは修行中で殆ど関わることがなかったので、知らなかったでしょうけどね」

 「そんなことがあったのですか……」

 風切あやかは固唾を飲んで高山はるかの話を聞いていたのだった。話の中の天道夕矢という人物、

それは紛れもなく、自分が先ほど戦った襲撃者をイメージさせるものだったのだ。

 「では、私が戦ったのは……?」

 「はい。恐らく天道夕矢を名乗る別人か、あるいは……亡霊でしょうか」

 「亡霊にしては強い意志と、力を持っていました」

 「そうでしょうね。病みあがりとはいえあやかが手も足も出ないような相手ですから、それにしても……」

 高山はるかはちらりと部屋の外を見た。僅かに開かれている襖からは『せいりゅう』の店内が見えるようになっている。

 「その天道夕矢を名乗った人物は、あの餓鬼……つまりしょうを狙っていたのですよね?」

 「はい。途中から私を狙うことに目的が変わったそうですが」

 (だとすると……)

 先日、柿留しょうとの話に出ていた青い羽織、あれは護山家で特別な立場にある天道家が着ているもの。それに風切あやかを襲撃した天道夕矢。天道の影がちらつき、

 (何かが起ころうとしている……)

 高山はるかは嫌でもそう思わざるを得なかった。

 そして、次なる変化はすぐに起ころうとしている。勿論、高山はるかに風切あやかはそれを察知しては居なかった。



戻ってみると柿留しょうは居なかった。

 「おや、しょうがいませんね……」

 高山はるかと風切あやかが二人で話し合う前に、柿留しょうが座っていた席がある。しかし、そこには今は柿留しょうの姿はない。食べかけのトマトのサラダが残っているだけなのだ。

 「あ、はるかさん」

 そこへ川岸みなもがやってきた。どうやら高山はるかのことを待っていた様子である。高山はるかが部屋を出るとすぐに前へ進み出た。

 「しょうさんなら、先ほど外へ出て行かれましたよ」

 「なんですって?」

 それは10分ほど前のことだった。高山はるかが部屋を出るのと、間もない時のことだった。

 「しょう、食事中のところで悪い。……少し良いかな?」

 「‐‐さんも一緒にどうですか」

 「いや、二人きりで……大事な話があるんだよ。時間は取らないから、少しだけ、さ」

 「えっ……あっ、分かりました」

 といった具合だという。このことについて川岸みなもは高山はるかへ、

 「すぐにそれを伝えなきゃ」

 そう思ったものだ。しかし、その高山はるかは、機密ごとで特別な部屋へ入っている。

 そこへ川岸みなもが伝えに入れば、話し合いの邪魔になってしまうと思ったのだった。

 そういうこともあって、川岸みなもは柿留しょうが外へ出たことをすぐには伝えられなかったのである。

 これは外へ出ることを高山はるかへ伝えずに外へ出た柿留しょうにとっても同じことだった。

 そして、その二人にとって同様であったことがもう一つある。それは……

 「その人物が顔馴染みの人」

 であったことだった。

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