カゼキリ風来帖(5) ~ 天の道の章(8)
(やはり、こいつ強い!)
風切あやかはその襲撃者の刃を受けつつ歯を噛んだ。
一撃、一撃が重く速い。そして的確な攻撃を次々と打ち込んでくるのだ。
さっと、相手の横一線を身を沈めてかわすと、風切あやかは後方へと飛び退いた。
両者に大きく距離が開いた。
(あいつは……)
実体がある。浪霊ではない。怨念や不浄の魂である浪霊ならば、ここまで力の入った動きが出来る訳がないのだ。浪霊は主に人の形を持つが、実体を持たないが故に大地を滑るように動く。
刀を構えつつ、風切あやかは相手を見やった。
全身を流れるような黒い装束で纏い、顔は黒い覆面で覆い隠されている。そして足元まで流れているその装束の裾からは確かに二本の足が出ているのだ。
(何者だ……)
襲撃者の顔は覆面で見ることができない。見えるとすれば、布の間から覗いているその両目だろうか。針のように鋭く、冷たい光が灯っているのが距離をとって向かい合っている風切あやかでも充分に見据えることが出来るのだ。
「おい貴様、何者だ?」
風切あやかは問いかけてみた。この場合、返事などは全く期待していない。ただ柿留しょうが逃げる、そして高山はるかへ応援を出すまで、どうしても、
(時間を稼いでおかねば……!)
ならないのである。
以前までの風切あやかならば、無理をしてでも相手を倒そうとしただろう。先の精霊鳥の一件がまさしくそれである。だが、それにより、
「もう一人で無理をすることは許しません。これは……命令ですよ?」
などと、養生中に高山はるかが見舞いに来る度に口を酸っぱくして言うものだから、
(そこまで言われては、聞かない訳にも行かない!)
風切あやかは飽くまで冷静である。その一方で、
「…………」
襲撃者は刀を構えたまま黙っている。
(やっぱり返事はないか)
風切あやかがそう思い、再度、襲撃者へ斬りかかろうと、意を決した時である……
「俺か……?」
「……っ!!」
風切あやかの身体がピタリと止まった。声をかけたとはいえ返事は全く期待してはいない。相手が声を発したことに完全に不意を突かれたのだ。
今ならば、動きの止まった風切あやかを襲撃することは容易いことであろう。しかし、襲撃者はそこを攻めようとはせず、
「ははは、俺がしゃべったことが本当に意外そうだな?じゃあついでだ。俺の名前と目的も教えてやるよ!」
「何だと!?」
「俺の名前は天道夕矢!目的は柿留の野郎を叩き斬ることだったが……」
天道夕矢、と名乗った相手は顔元へ右手をやると、
「あんな雑魚を倒したところで何にも面白くねえ!それよりもお前だ!!お前のその剣、戦いぶりがあいつにソックリでなぁ!!」
ばっ、と顔を覆っていた黒い覆面を一気に脱ぎ捨てたものだった。
黒い布が風に乗り、まるで雲のように流れ、やがて消えていった。風切あやかに天道夕矢、双方、共に黒い布の行き先など気にもしない。思いもしなかった天道夕矢の名乗りに驚いていた風切あやかも、今では既に臨戦態勢に戻っている。
「…………」
風切あやかは冷静に、その相手、天道夕矢を分析していた。
(あいつは……)
風切あやかは天道夕矢を全く知らないのだ。顔も声も初めて見、聞くものである。ただ、これが風切あやかの上役の高山はるかであったなら、少しは判明する部分もあったかもしれないが、高山はるかにしても、
「天道夕矢」
については余り知らない。
さて、その天道夕矢である。髪は短く、目が鋭く釣りあがっているのが特徴であった。
(あの目……)
風切あやかも目を見張るほどのものだった。いかにも攻撃的な……まるで殺生を生きがいとしている狼のような目をしている。
(こいつはやはり)
相手を倒すまで退くつもりはない、と風切あやかは改めて思った。
ごくり、とツバを一つ飲み込み、
「その天道夕矢ってのが、一体あいつに何の用だったんだ?」
「ああ?知らないなぁ。でも、分かってんだろ?そんなん、知りたきゃ、俺を倒して言わせりゃいいってんだからさ!」
飽くまで好戦的な天道夕矢である。そう言い終わると同時に黒が飛び、火花が散った。
力強い一撃が風切あやかを襲ったのだ。まるで鷹が爪を立てて地上の相手へ飛び掛るような具合であり、風切あやかのすぐ正面に刀を構えた天道夕矢が居る。風切あやかは天道夕矢のそれを黒刀で受け止めて、
「たあっ!!」
全身の力をもって、天道夕矢を押し返した。天道夕矢は後ろへ飛ぶと、
「はっ……」
間髪を入れずに再度、風切あやかへと向かう。
(速い……!)
未だかつて感じたこともない程の瞬身である。目で追うのは辛うじて出来る……が、そこからは見てからではどうにもならない。
(感覚だ!!)
である。
今の風切あやかには天道夕矢の姿は殆ど見えてはいない。見えてはいないが、その殺気と気配を通して、一つ一つ、とっさの判断で刀による一閃を弾き返していくのだ。そしてその上で、
「そこだっ!!」
「……なっ、くうっ」
数々の連撃の中に生じた一つの隙を突き、風切あやかは見事、天道夕矢へ一撃を見舞うことが出来たのだった。
「ちっ……」
あれほど俊敏だった天道夕矢の動きが止まっている。その姿もまた、風切あやかの正面へと現している。
「はっ、この俺に傷を負わせるとはなァ」
装束の一部が割け、そこから赤い血がじわりと黒い装束を濡らしているのが見える。だが、
(致命傷にはならなかったな……)
傷は浅い。その先の動きには殆ど支障をきたさないほどのものだった。
「はぁ……はぁ……」
浅いとはいえ傷を負っている天道夕矢に対して、風切あやかは無傷である。あれだけの凄まじい攻撃を全て防ぎきったのだ。しかし、それでいて、
「ふん。それで精一杯か。中々面白かったぜ。その礼に、一思いにやってやるよ!!」
遠くでカラスの鳴き声がした。刀を構えた天道夕矢が一歩一歩近づいて来ている。
「くっ……」
脚がふらついている風切あやかだった。先ほどの激しい攻防もあるが、それ以上に、
(ちっ……しょうとの稽古も結構……だったか)
思わず苦笑が洩れた。万全の状態であったならこうもならなかったろう。まだまだな柿留しょうの相手とはいえ、風切あやかは全力で向き合っていたのだ。それで消費した体力が今になって効いてきている。
(こうなったら、しょうの奴には後でみっちり反省させてやらないとな……そのためにも!!)
未だ風切あやかは諦めていない!意を決し、気合を込めて目を見開くと、もう目前に迫っている天道夕矢へ向けて、
「そうらっ!!」
「何っ!?」
足元に合った石、それに土埃を、渾身の力を込めて蹴り上げたのだった。
「ちいっ」
完全に不意を突かれた天道夕矢であった。そのため思わず、両手で顔を護ってしまった。
「しまった!!」
「遅い!!」
そこへ風切あやかが黒刀を突き出した。腕を上げ、がら空きとなった天道夕矢の腹へ、
ぐぐっ……
と力一杯黒刀を突き入れてやる。
「くっ……てめえっ!!」
鬼のような怒りの形相が天道夕矢の顔に浮かんでいる。しかし、風切あやかはそれを見ることもなく、
「たああっ!!」
渾身の蹴りを天道夕矢へ見舞った!その勢いを利用して黒刀を引き抜き、そしてそのまま、その場を離れ、駆け去った。
天道夕矢はその場に倒れたまま動かなかった。




