新しき風 吹き抜ける世界(38) ~ 待ちわびた刻
4つの刃がぶつかり合っている。
刃は4つあるのに対して、それを持つ者は2人である。
……つまり、一人の人間が刃を2つ持っているということか?
いやいや、もしかしたら一人が1つでもう一人が3つ有しているのかもしれない。
おっと!火花が散った。見たところ、刃は一人につき2つのようだ。
「珍しいね。そんな武器みたことないよ」
「地底でも使い手の少ない武器だよ。紅蓮ナギナタというんだ。炎の魔力を刃に変えて使うから、使い手を大いに選ぶ」
「聞いてないよ。そんなことは」
刃がぶつかるたびに蒸気が音を立てて立ち上っている。流 あさひの持つ『翡翠刀』は双剣による二刀流である。
火紗の持つ紅蓮ナギナタが魔力を炎の刃に変えているのなら、流 あさひの翡翠刀は魔力を水の刃に変えている。
炎と水、ぶつかり合えば蒸気が発するのは当然だろう。それにしても――
(戦いにくいな……)
流 あさひは舌を打った。
紅蓮ナギナタという武器自体、地上ではまず見たことがない。そのうえ扱い方も特殊なようで、武器を大きく、そして高速で回転させることで攻撃を弾くことも出来るようだ。
2度ほど隙を見て翡翠刀を投げつけてみたものの、両方とも武器の回転により弾かれて手元へ戻ってきた。
あれでは正面から攻撃することは難しい。背後に回り込んで、斬撃を入れる必要があるだろう。
しかし、紅蓮ナギナタも防御を重視しただけの武器ではない。柄を挟んで上下に炎の刃を持つその武器は、もちろんリーチも長い。背後に回り込めばよいといっても、そう簡単にはいかないだろう。
「隙がないなら……」
作るしかない!!流 あさひは翡翠刀を1本投げつけた。翡翠刀は大きく回転しながら、火紗へと向かって飛んでいく。
火紗もまた駆け出した。向かう先は流 あさひのもとである。一気に間合いを詰めようというらしい。紅蓮ナギナタを大きく振り回し、飛んできている翡翠刀を弾こうという魂胆だ。
「甘いな。その程度の攻撃では、なんら問題はない」
火紗は呟いたが、そこに一つの違和感を感じた。
『簡単すぎる』
というのである。まさか手に持っている武器を1本投げつけたくらいで隙ができると思っているのだろうか?
先ほどからも、同様の攻撃は何度か行ってきている。その度に攻撃を払いのけているのだ。
何度同じことを繰り返しても結果は変わらない。しかし相手は赤金ほたるを倒したほどの使い手だ。
それ相応の実力を持っているはずなのだ。油断してはならないだろう。
「む、見えたぞ!そういうことか!!」
火紗は、飛んできた翡翠刀をさっと避けた。先ほどまでのように紅蓮ナギナタで弾かなかった。
それを見て流 あさひも疾風のように駆けだす。1本の翡翠刀と紅蓮ナギナタの片方の刃ががっちりと噛みあった!!
「先ほどの短刀、手品が施してあったようだな……そう、弾いていたら爆発していたところだな?」
両手で1本の翡翠刀を持ち、流 あさひは火紗の紅蓮ナギナタを支えている。グラグラとその手が揺れている。
(コイツ、リィザの能力を持ってるね……)
最初に地上でリィザを見たときに感じていたリィザの魔力を、今は火紗から感じているのだ。力強い、圧力を持った魔力である。
(いや、それだけじゃない)
地底に潜入したときに戦った――
「えーと、なんだっけ?邪炎霊のちっさいヤツ……」
「彼女は赤金ほたるというんだ。名乗っていなかったかな?」
「あー、そんな名前だっけ?どうでも良かったから覚えていないよ」
その赤金ほたるの魔力もまた火紗から感じているのだ。
これらのことを合わせて考えると、火紗は仲間の能力を自分のものとしているようだった。
さっきから刃を合わせているときに感じていた『既視感』は赤金ほたるが操っていた体術によるものだったのだ。
しかし、彼女は体術を主体に操っていて、紅蓮ナギナタのような武器は使ってはいなかった。
「その武器はアンタの能力なの?それともリィザの力?」
「強いて言うならば、両方だよ」
火紗の背後に先ほど避けた翡翠刀が迫っている。ブーメランの要領で彼女が避けた後は弧を描いて戻ってきていたのだ。
それを火紗は一度、流 あさひの構えている翡翠刀を押し、体勢を崩したところを自身の身を低くすることで回避した。
戻ってきた翡翠刀は流 あさひの手に戻っている。流 あさひは翡翠刀に込められた魔力を解除した。
この魔力は衝撃に反応して水の波動を巻き起こす。一種の爆発と言っていいもので、爆心地には強い水圧が生じ、相手にダメージを与えると共に体勢を大きく崩すことができるのだ。
すかさず流 あさひは立ち上がり、体勢を立て直すと、戻ってきた翡翠刀を火紗へと叩き付けた。
「…………むっ!!」
咄嗟に火紗が体を横たえたまま、回転してその一撃を避けた。
その一瞬に考えたことはおよそ一つだった。
(あれは先ほど私に投げた短刀……)
このことである。それが故に、あの短刀には未だ魔力が宿っていると思い込んだのは仕方がないと言っていい。
だが、その魔力は流 あさひによって解除されている。解除されたことにより、衝撃を与えられても術は発動しない!!
いや……それよりも今回の一撃によるメリットはそんなところにはない。
『短刀に魔力が込められたままである』
という勘違いを火紗に起こさせることが重要だったのだ!!
流 あさひの狙い通り、火紗は無理な回避行動を行い無防備になっている。
「あとは……」
首筋を狙い、確実にとどめを刺すだけである。
蒼い瞳が火紗を捉えている。このタイミングならば、紅蓮ナギナタを手に取り、更に体勢を立て直すまでにも時間が掛かる。
あっという間に流 あさひは距離を詰めると、翡翠刀を手に握り、火紗の首を掻っ切ろうとした……しかし、
「まさか……」
不意に声が漏れた。その声をあげたのは流 あさひではなく、火紗である。
普段なら聞く耳も持たない流 あさひなのだが、その声を聞いて、瞬時、手を止めた。
「まさかあさひに倒される日が来るとは思わなかった。あれだけ私のことを好いていたあさひだ。こうして戦う日が来てしまうとは夢にも思うまい」
「どういうこと!?」
手が止まったばかりではなく、口まで動いてしまった。
思わぬことを喋り始めた火紗に流 あさひはあっという間に動揺してしまったのだった。
「とどめを刺すのだろう?手を止めてしまっていいのか?」
「くっ……!!」
ここまでくればそれは確信というべきだろう。流 あさひの中では、もはやそう決まっていた。
『コイツ(火紗)は……お姉さま』
だということだ。
声も姿も全く違うのだが、今の火紗が持っている雰囲気、そして喋り方は大昔、ずっと一緒だった頃の流 ヒスイそのものなのだ。
火紗の言葉に動揺し、手を止めている流 あさひは隙だらけである。体勢を立て直し、反撃に転じればすぐに倒すことができるほどだ。
しかし、それをしないということは……それが流 あさひが彼女をヒスイだと思わせている一つの根拠であった。
「お姉さま、なのですか?」
「ああ、そうだ……だが、あさひと話すことはない」
「どうして!?」
「それを話すならば、2択になる。一つはお前が私を殺すことだ。そしてもうもう一つは私と共に消えること、だ」
「答えになってない!!」
「答える必要がないからだよ。なにもなければ、お前が私を殺せばそれでいい……すべてが解決するだろう」
「クソッ!!」
握った拳が思わず火紗を――いや、流 ヒスイを殴っていた。
倒れたまま起き上がろうともしないその身体は、もはや抵抗をする意思はないようだった。
只々、流 あさひの答えを待っているようだった。
「話を……」流 あさひが呟いた。
「話をして。私はそのために、生きてきたんだから……お姉さまに会って、話をすることが生きている意味でもあった」
「分かった。消える時は、一緒か……」




