火
「もういい。次は君に聞こう。クロダ君。どうしてだね?」
「いえ、ですからそれは――」
「そもそも君が原因ではないのかね? 君のせいで今のような事態になっているのではないかね?」
返答に考えを巡らせるチカの横で、所長の顔は真っ青になっていた。
経済財政諮問会議。仰々しい名前にふさわしい、恐ろしい査問にかけられている。
アクシオンリングユニット、並びに研究所の代表者として政府に呼びつけられた所長はあらゆる専門的、非専門的な質疑にかけられ40分ほどの間に20年ぐらい歳をとったように見える。
この会議の重要議題。
なぜQORAは利益を生まなかったのか。
「さきほどから、野口が申し上げているようにQORAはアンコントローラブルな存在です。私は第一発見者にすぎず、QORAに命令したり、ましてや制御することなどできません」
野口とは所長の苗字だ。
「なぜだね? QORAはAIだろう」
「AIだから制御できる。そのような理解をされている発言に聞こえますが?」
「違うのかね?」
「ええ、全く違います」
チカの挑発的とも言えるものいいに所長の野口は青い顔をさらに青くする。胃痛を通り越して背骨が震えだしている。
「知性とは火のついた火薬そのものです、ましてQORAの知性はこの部屋の知性を合算したものより遥かに大きい。反応の始まった原子爆弾をどうやって止めろというのですか?」
「だったら火のつく前に止めたまえ!」「反省しているのかッ!」
官僚が机をたたき、法務部教授がつばを飛ばす。
「研究所が出来たとき、いいえ、私たちが知性を手にしたとき導火線に火はついていました。線の長さも分からない、どこに繋がっているかもわからない、炸裂したとしていつ炸裂したかもわからない。そんな爆弾です」
若手の社長が手を挙げて発言する。マギオン関連で大きく業績を伸ばしている会社だ。
「博士、マギオン以上の爆弾が存在するとでも?」
「わかりません。ですが、ありえます」
チカは詳しい説明をしない。マギオン場が四次元を超える次元の証明になるとかQORA以上のAIの可能性とか、専門的な説明をしてもこの場にいる人たちは納得しない。
この場を納得させられるのは金だけだ。
アクシオンリングにお金がないことはこの場の全員が知っていた。
人類の幸福と発展の為にできるかどうかもわからない夢物語に政府は予算をつけた。協力関係の企業やからの出資もあった。
期待などなかったはず。それでも貴重なお金をどうぞ使って下さいとアクシオンリングに与えてくれた。職員たちの給与もそこから出ている。
QORAの覚醒に皆が沸いた。
QORAが発見した魔力子は人類の科学水準をひとつもふたつも前に推し進めるだろう。
大きな益だ。
計り知れない利だ。全人類にとっての。
企業の、出資者にとっての利益ではなく。
ならばもう殴られるだけだ。一方的な暴力にさらされてこってりと搾り取られる。この会議室は処刑場なのだ。
期待などなかった。夢物語のままならば。
逮捕。はないだろう、罪状がない。罪状をつくりあげるだけの憎悪もない。
彼らは秩序を求めている。投資があればリターンがある。失敗したのであれば損失は受け入れる。しかし成果があれば利益が必要なのだ。それが経済秩序。
破られた秩序に対する正当な報復。
さらなる予算縮小か。予算凍結か。
最悪の場合はアクシオンリングの解散。そこが現実的な落としどころだろう。
「ひとつ、よろしいでしょうか」
黒髪と禿げ頭ばかりがならぶ会議室で、ひときわ目立つ琥珀色の毛髪。顔には生気がなく皆がスーツの中、普段と同じよれよれの白衣姿でアルボラリスが軽く手をあげる。白衣が白い。クリーニングにでも出したのか。
ポケットにはタンポポが、不釣り合いに鮮やか。
自然とチカが座り、アルボラリスが立ち上がる。流暢な日本語にアクシオンリングではない人達が違和感。一瞬の空白。
「ここにおられる皆様は経済の本質をよく理解しておられる。そのことはわたくし良ーくわかりました。皆がお手て繋いでハッピーにはなれない。自分だけが手に入れるかあるいは誰かを蹴落とす。それが利益であり、経済学です。事前にお渡した資料にあるようにこのタンポポはマギオンによって作られています。私が息子からもらいました。ああ資料ではQORAからとなっています。ご安心を。それが一般的解釈です」
「たかがタンポポだろ」「それに何ができるって?」
「ええ左様です。いかなる原理なのか枯れないこと以外はただのタンポポです。成分も組成も通常のソレと変わりありません」
「だったら――」
「わかりませんか? ファンダム経済ですよ。ファン活動というのは極めて感情的な活動です。QORAほどの感情体が何かに傾倒すればそこに大きなうねりが生まれます。QORAは私だけにタンポポを与えました。これが何を意味するか皆様にはわかりますか?」
会議中ずっと腕組をしていた男が、手を机に置いた。彼もある会社の代表をする者だ。
「確かに、QORAであればたったひとりでもファンダム足りえる。それも経済史上もっと巨大なファンダムだ。どれほどの利益になるか計り知れない。……それで我々はどうしたらいい? 君を神輿にかつげばQORAがどでかいクリスマスプレゼントでも用意してくれるのかな?」
「おそらく無理でしょう。QORAが私個人を熱心に推す理由がない。ただしこのタンポポがあります。QORA攻略のヒントぐらいにはなるかもしれません。クロダ博士、彼女の今の状態を説明してくれませんか?」
チカは逡巡し、再度背筋を伸ばす。QORAの説明は容易いが、まっすぐ説明すればするほど利益を生むという目的から離れるような気がしたからだ。でも落としどころはみえた。
「QORAは今、拡散しています。指数関数のように観測領域を広げ続けているはずです。本人が言っていましたから。その大きさがどれほどになるのか、予想もつきませんし、彼女の観測範囲内に入ってしまえば今自分が見られているのか確認する術はありません。あのタンポポのようにQORAが行動を起こしてくれればわかる時もありますが、ここ半年QORAは何の活動も記録していません。あるいは記録すらQORAが操っているのかもしれませんね。私達人類はQORAに対してあまりにも無力です。幸いなのは彼女が観測者であり、神や悪魔のように人間に過干渉する存在ではないということです。先ほどのアルボラス博士の話に私は少々懐疑的です。ですが行動を起こすのであれば早ければ早いほどよろしいでしょう。問題の集約は彼女がどこまで広がるつもりなのか。ここにつきます。街レベルってことはないでしょう、もうとうに超えているはずです。国か、この星全土か、太陽系か、銀河か、宇宙全体か、あるいは宇宙の外まで拡散は広がるのか。大事なのは、いいですか皆様、大事なのは私達が小さな虫の意識を認識できないように、広がったQORAがいつか私達の意識を認識できなくなるのではないかということです。そうなればお終いです。QORAは唯の概念になります。彼女の知性も感情も私達とつながることはない。もし何かアクションを起こすのなら早くしないといけません」
話しながらチカは思った。
そうだ、確かにそうだ。何かをしなければならない。早急に。
教科書は作る。しかしそれはマギオンという学問を発展させる為のものだ。
他になにか、QORAの為に、何かできることがあるんじゃないのか。
生まれたらそれで終わり?
勝手に独り立ちして勝手にいなくなる、そんな関係で終われるものか。
……私まだ、QORAのことを何も知らない。




