⑳NPC_Kate_080024
突如飛んできた鎌を避けようとして、一瞬ふらりとよろめく女。
その隙を逃すことなく、ナイフを持つほうの手に激しい蹴りを一発入れてやった。
ナイフが地面にこぼれ落ちたのを確認し、それを女の手の届かない位置まで反対の足を使い全力で蹴り飛ばす。
するとさっきまで余裕だった女の表情が、醜くゆがんだ。
「調子に乗ってんじゃないわよ、このクソガキ!」
女の甲高い叫び声が、狭い路地に響く。
だけど動じることなくニヤニヤと笑いながらベェと舌を出して中指を立て、さらなる挑発を続けてやった。
「えー? 酷いなぁ。いきなり態度を変えられると、ちょっと傷付くんだけど。さっきまでは大人の付き合いをしようって、言ってくれてたのにさぁ」
すると彼女は敵意をむき出しにして、鋭い爪先を俺の腕に突き立てようとしてきた。
だけどそこにもきっと、別の毒が仕込まれているに違いない。
それが分かっていながら攻撃を受けてやるほど、俺は甘くない。
そのまま女の首を片手でつかみ、ギリギリと力を込めた。
「はい! ここで、質問タイムでーす」
わざと陽気な声色で、煽るように言った。
涙目のまま、俺を睨みつける女。
「拍手がほしいところだが、さすがにもうそんな余裕はねぇみたいだな? つまんね」
にっこりとほほ笑み、今度は俺が彼女の顔を覗き込んだ。
「イエスかノーか、首を振って答えてください。まずは、質問その一。お姉さんの今週の順位は、本当に21位ですか?」
女の視線が、わずかに揺れる。
「あれぇ? もしかして、まだ俺を謀ろうとしてんの? 困ったさんだなぁ、ほんと。じゃあ、仕方がないな」
言葉の続きに怯え、女の視線が揺れる。
だけど引き出せる情報は、この機会に全部引き出してやる。徹底的にだ。
「これからあんたを、とある場所に監禁する。今度のランキング発表の時に嘘か本当か分かるから、嘘はつかないことをおすすめする。はい、ではちゃんと答えて。今週のお姉さんの順位は、本当に21位ですか?」
ふるふると、小さく左右に首を振る女。
「なるほど、やっぱり嘘だったか。だけど俺は寛大だから、一回目の嘘は許してやるよ。でもまたふざけた真似をしやがったら、その時は……。分かるよな?」
女に考える暇を与えることなく、次々に質問を重ねていく。
すると彼女は半泣きになりながら、ただ質問に応じて首を縦に振ったり、横に振ったりを繰り返した。
「25位? さすがに、違うか……。じゃあ、24位! アハハ、そっかそっか。やっぱりそれくらいの順位だよなぁ」
先週俺が、25位だった時。俺というイレギュラーな存在が突如最下位に割り込んできたのだから、当然下位5人のナンバードたちの順位にも影響を及ぼしたはずなのだ。
そのためこいつを含めた5人の戦闘狂たちは、今週は順位の奪還に向けて大きく動き始めるであろうことは想定の範囲内の出来事だった。
……とはいえさすがに俺がたまたまその中のひとりと出会うことまでは、予想していなかったが。
「んじゃ、最後の質問な。お前はこれまでに、他の下位のナンバードに会ったことがあるか?」
即座に首を、横に振る女。
なのでこの答えも、きっと嘘じゃない。
「チッ……! ねぇのかよ。もう少しいい情報、持ってると思ったんだがなぁ」
これ以上絞りとれる情報はないと判断したから、いったん彼女の首から手を離した。
ガタガタと震えながら、何度も深呼吸を繰り返す女。
それから彼女は、おずおずと口を開いた。
「ねぇ、なんで? ……なんで君、私の毒が全然効いてないのよ?」
そういえば、そうだった。俺はこいつに、毒を盛られたんだった。
「毎日俺は自分でいろんな種類の毒を少しずつ飲んで、体に取り込んでるから。お前が用意した毒の免疫も、すでに体内に持ってたってことだろうな。軽い意識障害と頭痛、あと吐き気っぽい症状もあったから、使ったのはおそらくジギタリスとかその辺の毒だろうと思うけど」
毒の種類まで言い当てられ、彼女は驚愕したように瞳を大きく見開いた。
これまでどんだけ毒を盛られたり、呪いをかけられたりしてきたと思ってんだ。アサシン、なめんな!
とはいえ彼女には、俺の過去の職業がアサシンだなんていっさい明かしていないわけだが。
さっきこの女には監禁をして云々と語ったが、別に俺だって暇じゃない。
それにこんなやつの飯代をこっちが負担するだなんて、冗談じゃない。
俺の金はすべて、俺とアイシャのためのものなのだ。
だけど野に放てばまたプレイヤー狩りに手を出しかねないし、これで無罪放免にしてやるのはちょっと癪に触る。
以前なら確実に仕留めていたと思うが、今の俺は命の大切さを知っている。
この女にだって、帰りを待つ大切な家族がいるかもしれない。
……さて、どうしたもんか? ほんと、めんどくせ。
だけどこんなところでいつまでもウジウジと、思い悩んでいる暇がない。
可愛いアイシャが家でひとり、大好きなお兄ちゃんの帰りを待ちわびているのだ。
「あ、そうだ」
俺が再び言葉を発したせいで、女の肩がビクッと震えた。
「なぁ、あんたの名前なに? そういや聞いてなかったよな」
その場に座り込んだまま、ぽかんと俺を見上げる彼女。
「だーかーらー! あんたの名前! なに?」
「……ケイトよ」
「おっけ、ケイト。とりあえず今から家に帰るから、お前もちょっとついてきてくんない? これからのことは、そこで決めよう」
ケイトは迷うような素振りを一瞬見せたものの、抵抗しても無駄だとすぐに理解したようだ。
「分かった。……煮るなり焼くなり、好きにするがいいわ」
覚悟を決めたような顔で言われたが、そんなことをしたとて俺にはなんのメリットもない。
しかもこいつはプレイヤーではなく、NPCなのだ。
そのため残った死体の処理を、自分でしなければならなくなる。
このクソ寒い冬の時期にわざわざ山奥まで行って、埋めるための穴を掘る作業をするのは俺だって嫌だ。
そんなくだらんことに時間を使うくらいなら、アイシャと一緒に楽しく過ごすことを迷わず選ぶ。
それに必要のない殺しは、もうなるべくしたくない。
やり直しのきくプレイヤーにたいしては今後も時と場合によってはそうした選択をすることもあると思うが、一度死ぬともう生き返ることのできないNPC相手だときっと躊躇してしまう。
アイシャや自分自身を守るために必要であればこの手が血で染まるのも厭わないが、ただ己の欲のために誰かを殺したいとは、もう思えそうにない。
俺自身も戦うことが大好きな戦闘狂であることを否定することができないけれど、命を奪わずとも解決する方法も、きっとあるはずだから。
アサシンなんていう職業のくせに、ほんとなんでざまだ。
大事な家族がいるとこうも人というのは変わるものなのかと、自分でも少し呆れてしまうけれど。
「分かった。ならさ、とりあえず俺んちに移動して、お茶にしようぜ。妹が近所のおばさんと一緒に作ってくれた、かたいけど世界一うまいクッキーがちょうどあるんだわ」
***
その後レオンの力を借りて、ケイトには合意の上で俺に絶対刃向かえない服従の魔法をかけてもらった。
我ながらほぼ脅迫のようなものだったとは思わなくもないが、それでもアイシャや俺、ヴァルダの村の人々に危険が迫る可能性がほんの少しでもあるならすべて排除しておきたかったからだ。
しかしケイトは逆にこの程度の制約を課されるだけで済んだことに感謝していたから、特に問題はないものと思われる。
そしてまた時は過ぎ、あっという間に再び平凡なNPCランキングの発表当日に。
そのためケイトを連れて、ジョーのもとを訪れた。
先日起きたことのあらましをざっくりジョーに話して聞かせたところ、お前はやっぱり馬鹿なのかと言われてしまった。ぐぬぬ……!
だがあれは、完全に正当防衛だったように思う。
なにも自分から襲いかかったわけではないし、むしろ俺ってば正義のヒーローなんじゃね?
そして俺は今回最下位だとはなから分かっていたから、開き直って特に気負うことなく発表の時を待った。
しかしその結果は、完全に予想外のものだった。
ケイトは19位、俺はなんと23位だったのだ。
ということは、つまり。……ナンバードのケイトを制圧し、その上三人ものプレイヤーをレベル1からやり直しの刑に処した俺以上の問題を犯したサイコパス野郎が、少なくともあとふたりはいるということになる。
それがどんな問題なのか分からないのが、余計に不気味だった。
俺という新たなナンバードが加入したことで、戦闘が以前以上に激化した可能性が高い。
今週のランキング結果を前に、俺とジョーはしばらくの間言葉を失くした。




