終の棲家(予定)
檻のような馬車に揺られて約10日。山のふもとの小屋にたどり着いた。
宿屋にも泊まらぬ徹底っぷりの監禁。さすがにトイレくらいは行けたけど、水をあまり飲まないように言われる人権のなさだ。しかもトイレに行けたと言っても腰に紐をつけられての屈辱対応……。
役人も嫌そうな顔だったが、前に信用してトイレにいかせたところ、そのまま逃げられたそうだ。3回も。
ちなみに支度金を持たせた時点で逃げたのが2回、話をして検討しますねと逃げられたことは数しれず。他、人さらいと思われ追いかけられたり、親が話をまとめたが本人が乗り気ではなく自殺未遂、もうすでに死にそうな病人がやってきたなどあったそうだ。さすがに人の良い人間も疑心暗鬼になる。
お疲れ様ですと言えば、君は逃げないようにと返された。逃げる気はないのだけど、信用もなさそうなのではぁいと生返事しておいた。
それでも疑いの眼差しを向けてきたので、戻れないし、戻ったっていいことないということをさらりと話しておいた。
わりとありふれた不幸ではあるが、同情を買えたのか神妙な顔で大変だったなと言われた。
私はこの役人、やっぱり、いいとこ育ちだぞと確信する。本当に下層に降り立ったことなどないだろう。私よりもひどいことなどよくあった。
そんな話をすれば卒倒するのではないだろうか。
心証を悪くしたいわけではないので言わない。
その代わりに、よくわかってないきょとんとした顔をしておいた。健気さと愚かさは役に立つ。取るに足らないモノ、そこら辺の石より役立たず。そのほうが、利用されなくていい。
世の中、知識の確かさよりも誰が言ったかのほうが大事である。
そう考えると父は私の話を聞き流してはいたが、役立ちそうな時にはきちんと聞いてくれはした。圧迫面接ばりの詰められ方をしたが。それに道理があると思えば、その知識を他者にも分け与えることもした。お前の手柄だとちょっとだけ分け前を増やしてくれたこともあった。
ちょいと酒を飲みすぎるのが心配だが、旨い酒ちびちび作戦が功を奏していることを願おう。
母には少しばかり不気味そうに扱われたが、他の兄弟よりも優遇はされていたような気はした。水仕事だけは私は免除されていたし、それに不満を覚える兄弟にお姉ちゃんは立派に稼いでると説教していた。その手仕事には価値があると。
そう握ってくれた手の温かさを覚えている。カサカサで荒れていたけど、あれこそが価値ある手だった。
まあ、兄弟は、兄弟だ。姉の飯を付け狙い、おやつを作ると褒め称え、寝る前に語る前世のおとぎ話をねだるようないきもの。ご近所でいじめられたら、こうすれば良いという処世術も教えておいたし、おそらく、きっと、この先もだいじょ……。
……やばい、泣きそうだ。
新天地に行くよう渡した布に書いておいたが、ちゃんとうまくやるだろうか。
ちょっとばかり、不安だ。
一応、父はあのあたりでは一目置かれる立場ではあった。でも、急に金が手に入ると悪い人でなくても悪さしたくなってくるものだ。裕福であれば別なんだろうけど、徐々に貧乏になりつつあるので周囲もあんまり信用できない。
物取りによる一家惨殺、なんてのにならないといいなと思う。しかも犯人見つからないとかいって、周囲の人が金を山分けとかな、あり得るから……。
ほんと荒んだ世界である。
もっと楽しい異世界転生したかった。
……もう、生まれてしまったのだから仕方ないのだけど。
さて、私の方は新天地についたのである。
小屋だ。
真新しいが、広くもなく、最低限でつくりましたという状態だ。しかも、なんか荒れてる。野生生物なのか人間なのかわからないが、金目のものはもうない感じだ。
「またか」
ため息を付く役人を見ると前もあったらしい。
最低限の生活用品は馬車から出てきた。なんだか荷物があって狭いと思ったが、このために用意されたらしい。狭いと苦情を言って悪かったなと反省した。
半日ほど役人は家の掃除などを手伝ってくれた。ここに来るまでに私の身の上を雑談で話したらやたら同情的になったからだろう。
そんな彼も夜になる前に帰っていった。その理由は掃除中に聞いた。
ここに夜になると化け物が現れるそうだ。最初にそれに気がついたのは山小屋を使っていた猟師。食われるのかと思われたそれはただ唸っているだけだった。猟師の話を信じなかった仲間たちも泊まりに来て、同じように唸り声を聞いた。怯える猟師を笑ったものが肝試し気分でやってきては震えが上がって帰っていく。バカなのだろうかと首をかしげるが、そんな状況が一年ほど続いたのだそうだ。
誰かが先王の無念がここに現れたと言いだした。それはひそやかに確実に感染でもするように国に広がりついに王都であった場所までたどり着いた。
そのころ、その元王都は呪いに苦しめられていたそうだ。感染源の見つからないささやかな病。伝染するでもなく、一人、また一人とその病に感染した。不思議なことに治るものもいたが、それというのも先王への謝罪をしたことであったらしい。
それも心からの謝罪でなければ効かなかった。
そのことからこれもまた先王の呪いと言われている。
また、ほかの町では水が腐り、土地が枯れた。これもまた、呪いというわけである。
困った結果、とりあえずはその地で弔っておけばいいんじゃないかと墓守が募集された。私は10人目だそうだ。かなり前任者がいるが、誰もかれもが一月ももたず逃げ出すか、帰してくれと懇願するか、正気を失ったそうだ。なお、その前に金を持ち逃げしようとしたとかそういう人は数えないものとする。
ハードである。
おかげでその噂の出回っていない町で生贄をさがしていたそうだ。
イケニエとはっきり言いやがった。睨めば逃げれば家族はどうなるかわかってるでしょ? と軽く返された。家族は皆殺し、町は逆らったとして処罰。追加の税と言ったところだろう。
上手い話には裏があるのだなと思いはすれど、私がここから去ることもない。
ただ、従順だけでは疑われもするとわかっているとふてくされたように返答するにとどめた。
それにしても祟り神という思想はこの世界では聞いたことがないが、もしかしたら知識人にはあるのかもしれない。
そんな事をぼんやり考えながら夜ふかしをした。日が暮れれば寝るような生活を長く続けていたので、もう眠いがいるというのなら見てみたい。
万が一夜中にトイレと外に出て大失態はしたくないのだ。
そろそろいいかなと外へ出てみた。
夜は冷えるなとショールを持ってこなかったことを後悔しながら、小屋の周りを一回りでもするかと視線を巡らせる。
「……!」
白いなんかが浮いてた。
私にも悲鳴を上げるほどのかわいげが残っていたようだ。
その白いものはびくっとしたように山のほうに逃げていった。山に何があるのだと視線を向けても闇があるだけだった。




