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あなたを見送るための  作者: あかね


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墓守

 平穏ではあるが、良くはない日常はある日突然終了を告げた。


 工場がなくなったのだ。

 ぼやで工場が半分焼けたのだ。火の始末がわるかったのだろうとされたが、あの工場は火の気はあまりない。春も終わりかけのころで暖炉も火を落としたままだった。

 疑問に思いながらも、皆はそのうちに再開するであろうと思っていた。


 それが再開しないかもしれないに変わったのは数日のうちだった。

 残念ながら、工場で親方が亡くなっていたのだ。それだけでなく、奥方とは違う女と、である。同じ工場に勤めていた皆の噂だと、最近怪しいと思っていたのよね、ということだった。

 ただのぼやが心中騒ぎになり、再建はできなくなった。奥方は権利を他の者に売り、ここは工場ではなくなる。

 それでおしまいだ。働いていたものの保証もなにもない。前世では使ったことはないが、今ほど雇用保険があればなと思うことはなかった。


 失業した私を両親は持て余してしまった。この家は両親と私で家族を養っていた。それで余裕はないが、くらしていける。それが一人分の稼ぎが減り、当たり前だが生活は苦しくなった。次の仕事というのもすぐには見つからない。国が乱れつつある中で、徐々に仕事は減り続けている。

 何もせずにいることもできず、兄弟の世話や家事、日雇いの手伝いなどに行くが、働いていた時ほど稼げるものでもない。

 今となっては私が嫁に出せないほどに器量が悪いのが問題だった。

 口減らしに売るにも良い値がつかないと嘆く両親の声を夜に聞いたことがある。


 そのうち二束三文というやつで売られるだろうなとため息が出る。その前に何とかしたいが、この街をでることもないどころか布を織る以外にできることもない私ではたかがしれている。

 流通に乗せられ売られるのと世間に流されて結婚することのどちらがましかはわからない。男女平等など程遠く、嫁など使える労働力か子を産むだけのもので。

 いっそしがらみがない売られたほうがましかもしれない。たぶん、野垂れ死ぬけど。


 そう思う日々を送っていた時。

 知らせが出た。

 王都からやってきたらしい役人が看板を立てたという話はその日のうちに街中に広まった。しかし、内容は誰も口にすることはなかった。

 いつもは良い知らせでも悪い知らせでも、娯楽と言わんばかりに尾ひれもついて泳ぎ回るのにである。


 私はそれを見に行くことにした。いつもはそれなりに人のいる広場なのに、ここを家としているものくらいしか残っていない。

 あの看板ってと広場を住処にしているものに話しかける。しかめっ面で、かかわらんほうが良いよ言う。お役人に捕まってもう戻れなくなると。

 私は怯えたような表情で、お役人はいつ来るのかを尋ねた。

 この街にもあまり字を読む人がいない。そのために読むものが必要になる。だから、数時間おきに読み上げに来るはずだ。


 俺もそろそろ退散するよ、お嬢ちゃんも帰りなよと子どもに言うように彼は言って去った。


 誰もいないときに見た看板にはこう書かれていた。


『先代の王の墓守を求む』


 今まで、あの男、あの疫病神、あの間抜けといいように言われていたあの人を。


 いまさら、王と。


 笑いがこぼれた。

 押し殺しても零れる嘲笑。


 私はそのまま看板の下で待った。読み上げる人は応募を受け付けている人でもある。売られる前に良い売却先が見つかってよかった。

 家族も安堵するだろう。しばらくの間は、暮らしが楽になる。売り払ったでもなく、無理に連れて行かれたと体面も保てていい事ずくめだ。


 そうしてしばらく待っているとコツコツと足音が聞こえた。いい靴のいい音。木靴ではこうはいかない。


「あー、君、小銭の持ち合わせはないから去りたまえ」


 偉そうな男だなというのが第一印象だ。だが、思い直した。少なくとも私のために目線を合わせることはしてくれた。上から小突くようなこともない。

 見上げれば少し困ったような顔をしていた。


「応募する」


「うん?」


「墓守、する。家族困ってるから、お金欲しい」


 たどたどしい言い方はわざとだ。賢しげに語ったところで、聞き流されておしまいだろう。そもそも、先代の王を弔いたいものなどきっといない。それなのに乗り気では気が触れたとでも思われるに違いない。

 それほどに悪評が流れ、皆に染み付いた。それ以前の良かったことも何もかも忘れたふりをして、糾弾し、良くなるはずだといい続けている。


「……前、来た?」


「んーん。知り合いに聞いた。とてもお金もらえるって」


 ちょっと焦ったが、にぱっと笑って誤魔化した。私の笑顔は貴重だ。あまりの無表情に頬が引きつりそうになる。


「そ、そう……。

 じゃあ、よろしく頼むよ!」


「うん」


 そこまでは、予定通りだった。

 まあ、ひとまずはこの馬車に乗って行くのだよと案内され、誘われるままに中を覗き込んだ瞬間背中を押された。


 悲鳴を上げて転がった背後でバタリと戸が閉まる。がちゃりと鍵を閉めた音もした。


「悪いと思わないでくれよ。

 逃げるやつもいるんだ」


 苦々しい口調でそう告げられる。


「にげません。おうちにお金、ほんとに渡してくれる?」


「ああ。住まいを教えてくれ」


「道は迷子になる」


「人に聞くからいいよ」


 どうあっても外に出したくはないらしい。私は少し考えた。


「ここにはずる賢い人もいる。

 地図書くから紙ちょうだい」


「……まあ、いいだろう」


 ちょっと迷ったくらいで応じてくれた。少しざらついた茶色い紙片とペンが小窓から差し込まれる。


「あとナイフ」


「は?」


「私からの話とちゃんとわかってくれるように、証拠として髪と服の一部渡す」


 話の通りは通っていると思ったのか、切れ味の悪いものを提供された。ひとまず服を切り、ペンで走り書きする。さらに一房髪を切り、布でつつんだ。

 気がつけばいいし気が付かなければそれまでだ。


 私は新しい場所で楽しくやっていく。ならば、多少の情はある家族に対しても幸運の足がかりを残してもいいだろう。


 それとは別に紙に地図を描く。広場から家はそれほど遠くないが、路地が入り組んでいる。


「まだか」


「できた」


 ざっくりとした地図を渡すと役人は唸ったようだった。


「どこかで習ったのか?」


「織物職人だから図案化するの得意」


「そんなものか」


「私、優秀」


 返ってきたのは苦笑とじゃあ、大人しくしてろよという言葉だった。

 言われずとも大人しくしている。この街を出るだけではなく、もっと良いことがあるのだから。

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