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20.わたし、つかまる!

 ミムヤは最強の部隊である。

 それは帝国内においてだけではなく、この世界において、そう称されている。


 かつて、私が産まれるより少し前、シンビセツ神霊国とカビレイ帝国との戦争において、亡国の危機に瀕した神霊国は世界の国々に支援を要請した。


 政治だけでなく宗教においても既存秩序の一柱とされた国の危機である。


 シンビセツを宗主国としていた東方の小国だけなく、長年に渡り外交においてかの国と神経戦を行っていたオーデルワリアも、その西方に構える奉剣同盟と呼ばれる巨大同盟体も、そして東方の神霊国に対して西の神聖国として常に意識し合い敵対し合っていたフパリエ神聖国も、千年以上に渡り東方に覇を唱えてきた国家の窮乏に、国を挙げて軍を派遣した。


 遠くはフパリエからやってきた数万の軍は歩くごとに人々が合流し、数十万の軍に膨れ上がったという。


 銃部隊を大々的に運用していた帝国に教会も非難の声明を出すと派遣軍は主の御心は我らの側にあるとさらに意気軒昂し、どの国を通るにしても民の歓声を背に東方に赴いた。


 そして訪れた戦場に地にて、――玉が弾けるように露と消えた。


 同時に、どこからともなく、ミムヤという単語がそこかしこから聞こえてきたという。


 帝国の最強の剣。それが西方よりやってきた無数の軍を叩き潰した。そういう声が、噂が、沸々と上がった。


 事実であった。


 ミムヤの総数は千に満たない。だが、その実力は数では計れられないと言われている。

 数十万の派遣軍を一蹴するほどである。一体、彼らの限界はどこなのか、誰も想像がつかないからだ。


 帝国は自身の広大な版図の中から、さらには占領地から、さらには遠く離れた他国から、人材を求めた。


 他国であれは身分の差によって芽が出ずに終わる者が、帝国であれば歴史に名を残すことができる。

 その噂は帝国のシンビセツ侵攻よりもずっと以前から人々の口に上がり、文字通り世界中から才に覚えがある者たちが帝国の門を叩いた。


 その中から特に戦闘に特化した一騎当千の猛者を集め創られたのが、ミムヤという組織であった。


 ミムヤと他国の一般的な軍の戦闘は幾度も研ぎ澄まし鍛え抜かれた業物と道中に落ちていた棒切れがぶつかるようなもの。


 一騎当千というのは比喩ではない。文字通りの意味である。


 一般的には、例えば一面に広がる草原を火の魔法で灰燼に帰すことができる魔法使いは天才と呼ばれるだろう。

 だが、ミムヤにおいてはそれだけでは平々凡々の一員に過ぎない。


 問題は一面を燃やすことができる魔力をいかに速やかに強力に圧倒的に他者の追随を許さぬほどの一撃とするかであり、同時に如何に安全に迅速に完璧で鉄壁な防御とするかである。


 ミムヤを十万に一人の逸材を世界からかき集めて、帝国式の実力主義にて形成された一つの傑作とも言うべき部隊と考えると、掌の上に火の玉を出すことが精々の兵で大部分で構成された、しかも各国の派遣集団故に指揮系統も量も質もてんでバラバラの有象無象が幾ら集まったところで対して脅威にならなかったのも納得できる。


 ――あれは宴であった。

 当時、シンビセツの都は既に帝国の内にあり、神霊国との戦争が終わったタイミングで、我らミムヤの名を世界に知らしめる絶好の機会がまるで天からの贈り物のように訪れたのだ


 そう述べたのは、隊に入ったばかりの私をスパルタで鍛え、その後も直属の上官としてミムヤが如何なるものであるかを背中で語り続けてきた、いまは目の前にいる、筋骨隆々の上官である。


 その名をガノシア・ミムヤと言う。


 ミムヤは所属する者に姓を与える。


 中には由緒ある家系にてミドルネームに取り入れる者もいるが、ガノシアは私と同じく出自が定かでない平民の生まれである故、そのまま有難くラストネームに頂戴している。


 二つ名は『不死身』。


 私のただ産まれ持っての才があるだけに付けられた『水氷の皇女』と違い、幾度も絶望的な死線を乗り越えた末に付けられた壮絶な名である。


 私にとってミムヤというものを体現した存在であり、それは私以外の多くの者にとっても同様であろう。

 帝国の忠誠のためには喜んで死地に赴くことを躊躇わない姿は、時には狂気的にすら映る。


 今の姿を見られたらミムヤの風上にも置けないと殺されるだろうと、ベッドで何度もうなされていたが、その悪夢にでてくる下手人の張本人が、目の前にいる。


 ガノシアは腕を組んで私を見ている。

 彼は多くは語らない。言葉よりも行動で示すこと代表例の人物であると言える。


「……」


「……」


 とは言っても、この場において声を掛けられないというのは、非常に気まずいものである。

 まるで私を責めているような……まあ、紛れもなく責めているのだろうが。


「あの、その……申し訳ございませんでした」


 謝罪を口にすると、ガノシアの大きな口から大きなため息が漏れた。


「お前が出奔した後、殿下はずっと胸を痛めていた。一時はミムヤを総動員して行方を探させたほどだ」


「……迷惑を掛けました」


 出奔の際、人のいるところならまだしも、私は一目散に魔境の森の中に駆け込んだのである。

 まさにミムヤの目から逃れるために。


 その意味では作戦通りであったが、そのために奔走した人物を目の前にすると、やはり罪悪感が沸き上がってくる。


「最近お前に似た奴がこのピョウの街にいるとの連絡が来て、ちょうどそこに居た俺が迎えにきたわけだ」


 ――迎えにきた。

 その言葉に唾を飲み込む。


 帝国に見つかった。

 ミムヤに捕捉された。

 そしてやって来たのはガノシアという顔を知った上官である。


 幸運な方なのであろう。多くの内情を知った人間が逃げ出し見つかれば、物理的に始末されるのが通常である。

 さらに脱走兵となれば裁判なしで処されても文句は言えない。


 この全身が筋肉でできている上官は、仲間、殊にミムヤの人間には、温情を持つことで有名であり、それもあって隊内でも多くの尊敬を集めていた。

 勿論、その温情というのは愛の鞭のスパルタ的な体罰とセットであるが。


「やはり街で、見られていたのですか」


「そうだ。帝国はある人物がピョウに滞在していていることを把握していた。故に多くの人員を割いていた。気づかれぬよう慎重にではあるが」


「人物……?」


「黒の災厄だ」


 心臓がひと際大きく乾いた音を立てた。


「私を、これからどうするのですか?」


「まずは帝国に連れて帰る。それが最優先だ。その後は殿下がどうにかされるだろう」


「……見逃す、なんていう選択肢は、ないですよね……?」


「――ない」


 オレンジジュースを口に含む。味もなにもしない。幾ら飲んでも喉はからからでサンドイッチもパサついて食べられない。


「そろそろ良いか?」


 ややあって、ガノシアは聞いてきた。

 食事をするのを待っていてくれたようであるが、私はその半分を食べないうちに手を付けなくなっていた。


「一応言っておくが、要らぬことは考えるな。ここにいる帝国の者は、俺だけではない」


 そう言われて咄嗟にさっと視線を周囲に巡らすと、冒険者に扮したそれらしき者たちがそこかしこにいるのを感じた。


 何ということだ。なまっていたとはいえ、言われるまで何も気づかないとは。


 私は戦場での捕虜のように、促されるままに力なく立ち上がった。


 すぐ後ろにガノシアが続く。

 座っていたテーブルの上にガノシアが置いたいくつかの通貨を置く。ジルさんから貰ったお金はポケットに入ったままだ。


「大通りに出て左に行くと、茶色の馬車が停まっている。そこにいけ」


 後ろからの大男の命ずるままに、私は歩を進めていく。


 大通りに出ると、確かに視線の先に茶色の馬車があった。

 気品高く漆を塗られ、如何にも貴族のもの見えるものが。


 少し距離を置いた後ろからガノシアが付いてくる。

 いや、彼だけではない。様々なものに扮した帝国の者たちが、じっと、私の動向を瞬きせずに監視している。そう感じる。


 馬車の横につくと、こちらが取っ手を取るまえに扉が開いた。中は黒く、外部からは見えないようになっている。

 一歩、馬車の中に足を踏み入れると、その瞬間、黒ずくめの男に肩を掴まれ、中に引き摺りこまれた。


「……な!」


 急なことに驚く暇もなく、引きずり込んできた者は手慣れたように私の口に布の詰め、両手を縄で縛る。


 そして、両足も縛ろうとしてきた時、野太い声が聞こえた。


「やめろ。そいつは帝国の人間だ」


 その言葉に足を縛る手が停まった。


「それに意味がない。その程度の拘束など、我らミムヤにはないに等しい」


 ガノシアが馬車の扉の向こうからこちらを見ていた。


「……申し訳ございません」


 ややあって、自らの過ちを認めるように黒ずくめの男が謝罪した。

 そして懐からナイフを取り出すと、また慣れた手つきで拘束を解いていく。

 普段はこうやって要人の誘拐を生業としているのだろう。


「いや、仕方のないことだ。ミムヤに脱走兵が出るなぞ……こんなこと、誰も予想できなかっただろうからな」


 盛大な皮肉が散りばめられているようなことを言いながら、ガノシアも馬車に乗り込んできた。


 扉が閉まると、馬車の車輪が動き出した。


 どなどなどな。


 私は、もう身に起きたことを考えるのは放棄していた。


 ただ、不安という内から無限に湧き出てくる濁流に飲まれた心臓が、激しく音をたてたり、きゅうぅと小さくなったり、不器用で無様に踊り狂っていた。

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