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21.わたし、つめられる!

 都市の郊外には貴族の畑が広がっている。


 ツギハギのチュニックを着た農奴たちが汗を流して働いているのを横目に走り、馬車はやがて青を基調とした大きな屋敷の中に入っていった。


 馬車は広大な庭を持つ屋敷を我が物顔で走り、堂々と玄関の前に停まる。


 待ちかねたように玄関の扉が開き、ビシッと燕尾服を来た執事……ではなく、粗野な黒の布で全身を覆った不気味な男が迎えた。


 こういう格好の人間は何度も見たことがある。帝国暗部の者だ。


 明らかに、ここは帝国の拠点となっている場所であった。


 スロクア連邦には多くの貴族が内通しているのを聞いているが、この屋敷の本来の所有者もそうなのであろう。


 私はこれから起こることを考えた。

 これまで何をしていたのか、いま何をしているのか、問い詰められるのは必定。


 馬車の扉が開き、ガノシアが外にでる。


 両手が自然と鎖骨を押さえる。肉体からは消えたが、魂に刻まれた、いまの境遇を最も象徴的に表している箇所を。

 すると、急に手で押さえた鎖骨が異様に熱くなった。

 炎で焙られるような、焼印が入れられるような。


 反対の扉から私を縛ろうとしてきた黒づくめの男も出た。


 ぎゅっと目を瞑り、俯くように鎖骨を押さえる。


 私は、だめだ。ここにいてはいけない。

 帰らなければ。こんな恥辱を、身内の人間に見せるわけにはいかない。


「コココ、どうした?」


 馬車の扉の前にガノシアが立っている。


「すみません、でもやはり、私は戻らないといけません」


「戻る? お前が戻る場所は帝国であろう。それ以外に何処がある」


「……都市の中に戻してください。いや、自分でいくので、どうか追いかけてこないでください」


「駄目だ。何よりも優先してお前を帝国に連れ戻すことは殿下からの直々の命だ」


「私なんかのことは、もう放っておいてください――!」


 その時、目の前の景色が急に空けた。


 こなごなになった木片が――馬車を形成していたもろもろが、空に散っていく。


 ああ、既視感。魔境の森の住まいを突如壊されたことを思い出す。

 

 どうしてこう、こっちの世界の人間は暴力的なのか。

 

 馬車に繋がれていた馬が悲鳴を上げて逃げていくのを見た。


 前にはガノシアの一撃で砕け散り無残な姿となった馬車であったものが横たわっている。


 気品高く塗られた漆の光が、砕けた木片のかつての栄光の次代の面影を残すようである。


 ガノシアが岩のような拳を振り下ろした形で停まっている。

 

 彼の戦場での鬼神のような闘いを思い出し、ぶるりと体を振るえた。

 眩暈がするほどに熱い。鎖骨を中心に汗が全身から噴き出ている。


「わがままは其処までにせよ」


 ゆったりと残心を取りながら静かにガノシアは告げる。


「これまでどれほどの時間と労力がお前に割かれたと思っている」


「だから放っておいてと――」


「お前はミムヤだ。ただの一兵とは違う。

 帝国が世界中から見出し、あらゆる手段を用いて育て上げた、特別な兵士だ。

 その身も心も、帝国にとうに捧げられている」


 ガノシアは一息に言う。まるでこれまで我慢してきたものの限界が来たかのように。


「そのお前に身に、帝国の化身たる帝の、最も血を濃く継がれたお方から、直にお呼びがかかっているのだ。

 涙を流し拝謁こそすれ、断ることなどあり得ん」


 そうして、一撃のもとに馬車の半分を破壊した巌の如き手が、私の襟を掴んだ。


 襟から激しく布が破れる音がした。

 着たきり雀で着続けた魔法使いのローブは、ダメージが蓄積され続けられていたのだろう。

 戦闘にも使えるはずのローブは、ガノシアの握力を前に限界に達し、破れてしまった。


 首元が露わになる。


 そこには消えたはずの鎖骨の上に書かれた呪縛の文字が、復活していた。


 ガノシアの目が見開かれる。


「なんだ、これは……」


 彼は歴戦の戦士であり強者である。


 どのような状況になろうと我を忘れることなく、例え自らの命の危機が瀕していても、いや、そのような状態にこそ冷静沈着に常人ならざる忍耐を持って事を成してきた男が、この時、呆然とした表情を見せた。

 この瞬間であれば、暗殺者は容易に彼の首元にナイフを突き立てることができたであろう。


 だからこそ、目の前のこの光景は、万の言葉よりも心に突き刺さった。


 私はごくりと唾を飲み込んで、少しでも現実から逃れるために視線を下に彷徨わせるしかできなかった。

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