提案
『やあ、とりあえずこれを渡しておくよ』
回線が繋がるなり、ドクター・フェイスはそう切り出した。話したい事があると打診があり、聞いておこうと繋いだ結果がこれだ。
元々はフェイスの隠れ家だったこの場所に、フェイスの声が響く。当たり前だった筈の現象は、今やとっくに異常事態の一つとなった。
片羽唯はソファに腰掛けたまま、モニターに映し出されたフェイスの笑みと図面を一瞥する。左義手が僅かに疼く。これはエルの遺した腕でもあり、フェイスはその結末を手繰り寄せた原因の一人だ。
「……知らない図面ね。貴方の作品?」
銀色少女、リンがそう問い掛ける。彼女は交渉窓口として、モニターの前に座っている。小さな背中を、大きな白衣と銀の長髪が覆っていた。
『開発段階でちょっと関わったぐらい。聞かれたから答えた、それぐらいだから、殆ど無関係みたいなものかな?』
リンの隣には車椅子が並んでおり、そこに座っている鈴城緑が思案顔で図面を読み解いていく。
「人工衛星、ですか。それも、大規模な攻撃機能付きの」
「みたいね。悪趣味だわ」
緑の導き出した解答に、リンが同意する。
緑の車椅子の後ろにいる狗月光が、ちらとモニターを見た。大規模、攻撃という言葉に反応したのだろう。
モニターから離れた位置で、金髪隻腕の青年が壁に背を預けている。エイトは黙ったままモニターを見据えていたが、図面よりもドクター・フェイスを注視しているようだった。その真意を推し量ろうとしているのだろうか。
そんなエイトの足下に金色少女、ゼロがぺたりと座り込んでいる。我関せずといった様子でスナック菓子を口に運んでいるが、時折エイトの様子をそれとなく確認していた。
『開発コードは鉄槌、用途は名前通り。正式名称は知らないからもう鉄槌でいいよね。こいつを君達と』
映像の向こうでフェイスが微笑む。
『僕のレリクスが墜とす。共同作戦だ』
リンは溜息を吐き、緑と光は顔をしかめる。エイトは僅かに目を細め、ゼロは微細な変化を感じ取ったのかエイトの方をちらと見た。
唯は目を閉じ、滞留していく怒りを処理する。今ここで感情をぶつけても、話が拗れるだけだ。
「説明、いえ説得する気はある?」
『勿論。君達は最終的にイエスと言うだろうから、無駄な時間にはならない』
リンが代表して発言し、フェイスがそれを承諾する。何度も見てきた光景だ。
『まず、この鉄槌はシンプルな大量破壊兵器だよ。プラトーが都合の悪い事実を隠す為に、全て‘おじゃん’にする為に使う。でも、大抵の場合はもうちょっとスマートな方法を選ぶ。鉄槌がもたらす破壊はピンポイントかつクリーンだけど、隠蔽には向いていないんだ』
映像の中でフェイスは指を立て、つらつらと言葉を並べていく。
『相応のコストも掛かる。それこそ、ミサイル一発撃ち込んだ方がマシだったりするんだ。鉄槌は見て分かるように人工衛星で、こいつにはアートマン合金製の杭が十二発装填されている。人の身長よりもでかい杭だ。この杭を』
フェイスが自身の指を上から下に振るう。
『目標地点に射出する。シンプルな兵器だ。高度と質量だけで目標を破壊する。迎撃は困難、というよりも不可能だよね。宇宙空間から杭が落ちてくるだけだし』
端から聞いている分には、その脅威はいまいち理解出来ない。だが唯は、リンと緑が発する空気感からそれがどれ程の物か何となく分かった。
「その鉄槌がここを狙っている。そう言いたいの?」
「衝突時のエネルギーは想像も出来ません。依守市が地図から消えます」
リンと緑の返答に、フェイスは満足げに頷く。
『稼働は既に確認済みだよ。鉄槌は今高度を下げつつ接近している。プラトーに新しいドクターが来てね。そいつらがやってる事だと思うけど。僕としては、こんなつまらない物で実験場を掻き乱して欲しくないんだ』
どこまでもフェイスらしい物言いだった。それこそ、街を守りたいと言われるよりも説得力がある。
「大気圏の更に上、高度三百キロ付近。いわゆる熱圏に位置する人工衛星を、レリクスが破壊する?」
リンの懐疑的な質問を受け、フェイスはうんうんと何度も頷く。
『射出直前なら高度百キロ圏内に入る。可能だろ?』
「そんな訳ないでしょ。レリクスは宇宙空間で活動出来るようには作ってない」
『まあ本来ならそうだね。空を飛べる《ブレイクドロウ》に、盾を含む豊富なオプションが存在する《シールディア》……鉄槌破壊にはもってこいの性能だけど、これらのレリクスは宇宙という環境には耐えられないだろう』
フェイスは一旦言葉を切り、そして映像越しであってもはっきりと分かる視線でただ一人を……唯を見た。
『君なら、耐えられるだろう? 唯くん』
唯はソファから腰を上げる。そしてモニターに、映像の向こうにいるフェイスへと歩み寄っていく。
「少なくとも、宇宙に行ったことはない」
『そうなのかい? なら今日行けるねえ』
楽しげなフェイスに、感情を押し殺し続ける唯……リンが咳払いをし、無言のぶつかり合いを制する。
「もっと具体的な話が聞きたいんだけど。レリクスは宇宙空間で活動するようには作られていない。可能であるならば、証明出来るんでしょうね?」
『いや? 僕は証明出来ない。君達自身が証明している現象だからね。レリクトによる進化を体現し、君達は《アブレイズ》を作り出した。レリクトによる可能性を収束させ、君達は《ブランデッド》という力を得た。宇宙ぐらいどうとでもなるさ』
リンは頭を抱えるも、後ろを振り返って唯と視線を絡める。
分かっている、と唯は小さく頷く。
ドクター・フェイスを信用出来ない。だが、確かに存在する脅威として、鉄槌は破壊しなければならない。
「難しい事は分からない。だからお前の作戦に従う。協力しろというならしてやる」
じろと、唯は殺意の籠もった視線を向ける。
「一つ答えろ。そっちのレリクスっていうのは、黒崎芽依か?」
映像の向こうでフェイスは自身の両手をぱちんと合わせ、満足げに頷く。
『お察しの通りだよ。いいかい?』
「ああ」
了承だけを返し、唯は背を向ける。それだけ分かれば充分だった。




