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きっかけ

 ギルド。

 世界全ての国が加盟している国際連合が設立した国際捜査組織だ。完全に独立した組織で、支部がある国なら捜査権を行使することも可能だ。支部は数か国を除いた国々にあるので、ほぼ全世界で捜査することが出来る。構成員はギルド員と呼ばれ、非常に厳しい試験を合格した超エリートたちのみで構成されており、その中にはドジッ子や天然、口下手や乱暴者なども居るが、全員がその心に正義を宿し、日夜犯罪者たちと戦っている。

 そして今、特に注目されている犯罪組織がある。

 犯罪組織「アンダーグラウンド」。

 アルスメリア王国にある都市リーザを中心に裏武闘会という名の格闘大会を開き、時に人と人。時に人と魔物。時に魔物と魔物。それらを戦わせ、その結果で違法賭博を繰り返すギルドが定める十段階ある危険度の内、中間である上から五番目の危険度Aと判定されている組織である。

 ボスはラオロンと呼ばれる老人。その下に幹部、構成員となっている。

十数年に及ぶ捜査によって判明している幹部は三人。魔物や物品を調達・密輸を管理しているギュンター・ジェド。裏武闘会軽量級責任者ベム・シュライン。裏武闘会無差別級責任者フェイン・アッサルード。他にも居ると推測はされているが、未だにその姿は確認されていない。

 アンダーグラウンド壊滅の為、ギルドは何人ものギルド員を潜入させて居たが、その全てが失敗。そのほとんどが殺害され、見せしめとしてリーゼの市街に晒され続けてきた。

 そして今日。またギルド員の死体がリーゼに晒されていた。

「ギルド本部から来たウィリアム・マックイーンだ」

「お待ちしておりました。こちらです」

 度重なるギルド員の死亡。それによってアンダーグラウンドの危険度の再考が行われることとなり、その為に本部から派遣されたのがウィリアムだった。

「これは……」

ウィリアムはその凄惨な死体を見て言葉を失った。

資料で見ていた為に知っているが、衣類を全て剥ぎ取られているのはいつもの事だ。しかし、それ以外は全く違った。体中を痛めつけられたらしく、痣や刺し傷が無数にあり、頭部に至っては首から引きちぎったような痕跡を残して存在しないので顔での判別は出来ない。かろうじて判別できる身体的特徴からアンダーグラウンドに潜入していたギルド員だと判明出来たのは奇跡だとリーゼ支部のギルド員は語る。

「詳細は?」

「魔法の痕跡はありませんので、恐らく物理的に殺害されたと思われます。凶器は不明ですが、至近距離での下からの振り上げ。その一撃で頭部を吹き飛ばされて即死。それ以外の傷は全て死後に付けられたようです」

 リーゼ支部のギルド員からの報告を聞き、ウィリアムは違和感を感じた。

 順番が逆なのだ。正体がバレて捕まった場合は、まず最初に行われるのは拷問だ。そうして情報を吐かせてから初めて犯罪組織はギルド員を殺害するかどうかを考える。今回の場合、考えられるのは捕まえられずに殺すしかなかったか、不慮の事故で死亡してしまったか、死亡後にギルド員と分かったか。

(前者は無いな。至近距離で、しかも一撃で殺せるくらいなら捕まえられる。それに死体を晒すのに顔は重要だ。頭部を吹き飛ばさずにやる方法もあったはずなのに、わざわざ頭部を吹き飛ばすやり方を取るはずもない。そうなると他の二つ。不慮の事故の可能性は事故に遭う自体がかなり低いので考えなくていいだろう。となると試合に出て殺された後に部屋を整理した際にギルド員と分かって体裁を整えた、といったところか?)

 ウィリアムは殺された経緯を推測し、次に凶器と犯人の推測を行う。

(至近距離から、下からの一撃で殺されたこと。抉られたように、跡形もなく吹き飛ばされていることから見るに凶器は大槌か何か。それを扱うには筋力が必要。大柄な男か?)

 そこまで考え、ウィリアムは自分の推測に疑問を抱く。

(簡単に殺される実力ではギルド員にはなれない。大槌を持った大男の攻撃を手でかばう事も出来ずに殺されるなんて不可能だ)

 そんな芸当が出来るのであれば噂の一つや二つは耳に入っているはずなのに、ギルドには何の情報もない。であれば、凶器と犯人の推測が全く違うのかもしれない。だとすると、これを行った犯人は誰か。

 アンダーグラウンドの関係者の中で出来そうなのは幹部と裏武闘会に登録している選手たちの中でも最上位の数人のみ。

(捕まって殺された今までとは全く違う……ギルド員をこんな形で殺すとしたら、幹部や古参ではない。つまり……)


「……で、やっちゃったんだけど」

「顔を潰したら言い訳出来ねぇだろ……」

 頭部が完全に消し飛んだ死体を前に、アガサとフェインは困り果てていた。

 この死体はギルド員で、裏武闘会へ選手として潜入捜査をし、その過程で突如現れた出自不明の絶対強者。アガサの事をしつこく嗅ぎまわっているというのはフェインの耳に入っていた。嗅ぎまわれるのはアガサとしても組織としてもマズイので、始末しようと乗り出した所だった。

 それを事前に察知したらしく、与えていた部屋に乗り込むと既にもぬけの殻。慌てて捜索を始めたら、アガサが場外で殺しをしたとフェインに報告が入り、駆けつけると頭部が吹き飛んだ死体がそこにあった。

身体的特徴からギルド員だと分かったので、アガサに詳細を尋ねると、試合会場へ向かっているとギルド員が現れて保護しようとしてきたらしい。何でも「試合に無理やり出されているんでしょ」とか「安心して!」とか言って話も聞かずに腕を掴んで無理やり連れて行こうとしたので、思わず殺人アッパーをかましちゃったというわけだ。何ともまぁ正義漢のギルド員らしいと言えばらしい最期だが、殺し方がマズかった。

「殴殺ならどうとでもなるが、ギルド員の頭部を一撃で吹き飛ばす事が出来る奴は限られてくる。隠してもこいつが死んでんだからギルドは捜査するだろうし、お前も犯人候補も挙がるだろうな。……確実にギルドに睨まれるぞ、お前」

「うぇぇ……」

「俺もその候補に入るんだ。とんだとばっちりだ」

 ほら、とっとと試合に行ってこい。とフェインに背中を押され、アガサは肩を落としながら会場へと向かう。それを見送ったフェインは天井を見上げ、そこにこびりついたものをどうしようかとタバコに火を点けながら考える。

「おいおい、こいつはどういうことだよ」

「……」

 考えているとアガサが歩いて行った方向とは別の方向から、一人の男がやってくる。その男は蛇のような印象を抱かせる雰囲気を纏っており、アガサが見ればしつこそうと言うだろうが、まさにその通り。この男は凄まじくしつこい性格をしている事をフェインは知っている。

「こっちは無差別級だ。お前の担当は違うだろ、ベム」

「ギルド員が居たのは俺の担当だからなぁ。確認も兼ねて見に来ねぇといけねぇだろうが」

(チッ……こいつの所に居たのか、こいつ)

 男の言葉で死体を睨みつけ、フェインは苛立たしげにタバコの煙を吐く。タバコでも吸っていないと殴りかかりそうだ。

 この男の名はベム。フェインと同じ組織の幹部で、アガサにちょっかいを出していたフェインを目の敵にしている男だ。ベムはギルド員の死体を一瞥すると下からフェインを睨めつける。

「顔が吹き飛んでちゃ確認に時間がかかんだろぉが。見せしめにも出来ねぇし、入れ替わられてても気づくことも出来ねぇだろ」

「口だけは達者だな。ネズミを逃がす奴は違うってか」

「んだとぉ?」

「まぁお前の所に居たのなら後始末はお前がやれ。まさかその年で自分のケツも拭けねぇって言うよな?」

 タバコの煙を吐き出し、もう用は済んだと言わんばかりに踵を返すフェイン。ベムは呼び止めずその姿が見えなくなるまで、その背中を睨み続けていた。


「おい」

 全試合を終えたアガサはいつも通りにフェインの部屋へと戻ろうと歩いている途中、妙な男に呼び止められた。

 しつこくて粘着質。小さなことをいつまで経っても根に持ってグチグチ言いそうな奴。友達少なそうな皆の嫌われ者。蛇。初対面ではあるものの言葉遣いと雰囲気から感じたのはこんな感じだ。正直、もう既に嫌いだ。関わりたくない。だが、余計な問題を起こしてフェインに迷惑をかけるわけにはいかない。

(当たり障りのない対応をしてとっとと帰ろう)

 手早くそう決断し、呼び止めた男に近づいて無言で顔を見つめる。こう言う奴にはあまり情報は与えたくない。声から分かることは大量にあるから、声を変えるギフトを作ってと……。

「何か御用ですか」

喉を焼かれたような掠れた声。相手は情報を集めたかったのか、全く情報を読み取れない声に一瞬不機嫌そうに眉をひそめたがすぐに戻してアガサを頭から足まで。品定めするように見ると不満層に鼻を鳴らした。

「こいつが本当にギルド員をやったってのか。信じらんねぇな」

「……」

「まぁいい、俺はベム。お前が世話になってるフェインの野郎と同じ地位に居る。分かるな?」

「いいえ」

「なんで分かんねぇんだよ! いいか、俺はフェインの野郎に頼まれてお前を呼びに来たんだよ!」

 いきなり怒鳴り始めたベム。熱くなっていくベムに対してアガサは真逆に冷えていた。

(フェインから何も聞いてないし、俺が人と会いたくないって知ってるフェインがそんなことをする訳が無い。第一、会ったばっかの奴を信用するわけねぇだろ、馬鹿かこいつ)

 アスモから疑うことを教わったアガサは、見知らぬ人物に対して警戒心が高くなっていた。なのでベムの言葉を一切信用することはなかった。それとは別にベムの事が全く信用できなさそうと思っていたので、余計に信用することはない。

 もう相手をしたくないので無反応で返す。

「おい、何か反応しろよ!」

 首を横に振って行かないことを伝える。

「あ? 俺はフェインの野郎に頼まれてだな!」

 首を横に振る。

「言葉通じてんのか、テメェ!」

 頷く。

「ナメてんのか!!!」

 一際大きく怒鳴られても首を横に振る。

 何でもかんでも気に障るのか、どんどんイライラを募らせるベム。それからもベムに対して変わらない対応をし、ずっと怒鳴り続ける状態になって暫く。騒ぎを聞きつけた野次馬たちが集まり出してきたのに気づいたベム。

「……チッ好きにしろ」

 人目に触れずにアガサを何処かに連れて行きたかったのか急にベムは引き下がり、舌打ちをして言い捨てるとそのままどこかへ行ってしまった。仮面の下で舌を出し、一昨日きやがれと心の中で悪態をつくと、また変なのに絡まれたら嫌なのでさっさとフェインの部屋へと早足で帰っていった。

 そして帰ってきたフェインに即行でチクると、聞いたフェインは激怒したようで子供かよ! と怒鳴るとベムについて詳しく教えてくれた。陰湿でしつこい蛇みたいな奴で、下っ端時代にベムが出来なかった仕事をフェインがこなしてからずっと目の敵にされており、嫌がらせから気づかなかったが俺を殺そうとしたことや懐柔しようとした事まで全て。

「……殺していいか、あいつ」

「ボスから許可を得たらな。あいつなりに価値があるから、当分は出ないだろうけどな」

 頭を抱えて深い溜息をつくフェインにアガサは同情する。唯一の救いは、回りくどい手を使わずにベム自身が出向いて声をかけてきた事だろうか。そこを突けば優位に立てるはずだ。

「しかし俺のことになると直情的になりがちなのは分かっていたが、まさかここまでとはな……あいつも幹部なのに馬鹿過ぎんだろ」

「色々とイライラしていたんだろ」

 なんで俺が蛇野郎のフォローをしないとなんねぇんだよ。

 と言いながら思うが、同じ幹部のフェインも同じくくりになることを防ぐ為だとアガサは自分に言い聞かせた。まぁベムが馬鹿なのは変わらないが。

 アガサがベムの肝入りであるジレンを再起不能になるまで痛めつけた為に他の幹部から馬鹿にされている事がベムから冷静さを失わせたこと。そしてその事が耳に入っているがどうでもいいと言ったフェインに腹を立てていること。この二つの要因が重なって短絡的に行動してしまったことが真相なのだが、アガサはそれに全く気づくことはなかった。


 同居人が寝た後、施錠をしっかりしてから周りを警戒しつつボスの下へ足早に向かう。

「夜更けに申し訳ありません」

「構わん。しかしお前一人とは……お嬢ちゃんはもう寝たのか」

「はい」

 ボスにベムの事を報告し、判断を仰ぐとボスは予想していたのか即座に決断を下した。

「お嬢ちゃんには稼がせてもらったからのう……うむ、決めた」

 下された決断を聞き、仕方ないと納得は出来ないがそれに従うことに決め、そのまま自室へと戻る。ぐっすりと眠っている同居人の頬を軽く撫で、飛んできた拳を避けるとそのまま風呂に入るべく脱衣所へと向かっていった。



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