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第21話:神界のブラックフライデーと「押し付け美少女」

 神界カスタマーセンター、第7統合オペレーションルーム。


 神聖なる純白のオフィスには、今日もカタカタカタと軽快なキータッチ音と、栄養ドリンクの空き缶が転がる乾いた金属音が響き渡っていた。

 デスクの前に陣取った女神アラヤは、虚空に浮かぶホログラムディスプレイを食い入るように見つめ、その華奢な肩をワナワナと震わせている。


「な、なんで……!? なんでよぉおおおおおおっ!!」


 アラヤの絶叫が執務室に木霊した。

 ディスプレイに表示されているのは、異世界アストリアの顧客【サガラ・レイ】の個人アカウント情報。

 そのカルマ口座残高は、燦然と輝く『5,200.00 pt』を示していた。


「カルマは増えてる……! 大聖堂クラファンに太古のドラゴン討伐、果ては国家最高名誉騎士団長就任で、一般人の転生百回分に匹敵する徳がチャージされてる! 数値だけ見れば、超優良なヘビーユーザーそのものじゃない!」


 アラヤは頭を抱え、艶やかな白銀の長髪をぐしゃぐしゃと掻きむしった。


「なのに……なのにどうしてッ! あいつの【解約への執着度メーター】が、ピクリとも下がってないのよぉおおおおっ!? むしろ『国家英雄就任の反動で、意図的に軽犯罪を犯してマイナスカルマを稼ごうとしている』って、行動予測ログに真っ赤なアラートが出てるじゃないのよーっ!!」


 アラヤの爪がデスクをガリガリと引っ掻く。

 レイの解約希望申請が通ってしまえば、神界運営の分散コンピューティング基盤は致命的な演算エラーを起こし、世界はサービス終了へと直行する。

 それだけは絶対に防がなければならない。アラヤのボーナスと有給休暇と出世コースのためにも。


「こうなったら……奥の手よ。規約スレスレの強制リテンション施策(顧客引き止めキャンペーン)を発動するしかないわ!」


 アラヤは瞳をギラリと光らせ、管理者権限のコンソールを激しく叩いた。


「男という生き物をこの世界に縛り付ける、太古から伝わる最強のアンカー……! それは『愛と未練』よ! 大切な女ができれば、『この子を残してログアウトなんてできない』って必ず未練が発生する! 運営の特別予算枠で、とびっきりの最高級美少女をぶつけてあげるわ!!」


 アラヤが選んだのは、隣国の王都で起きた政変に巻き込まれ、身寄りをなくして森を彷徨っていた没落貴族の令嬢。

 金髪ツインテール、透き通るような白い肌、大きな蒼い瞳。男の庇護欲を極限まで刺激する、非の打ち所がない王道ヒロインのステータスデータだ。


「さあ行け、運営特選プレミアム・ヒロイン! あいつの心にログインして、一生解約できない強力なキャッシュを焼き付けてやりなさいッ!!」


 アラヤの指が、決定ボタンを勢いよく押し込んだ。


 * * *


 一方、その頃。

 ハイランド騎士公国の爽やかな木漏れ日が差す街道を、俺――レイは一人で歩いていた。


 周囲には誰もいない。

 大騒ぎするレオンとセシリアには、「国家騎士団長就任の重圧に耐えかね、魂の沈黙を求めて瞑想の散歩に出る」ともっともらしい嘘を吐き、宿屋に留まらせておいたのだ。


「……さて」


 俺は懐から、木片に殴り書きしたメモを取り出した。

 そこには、俺が昨晩一睡もせずに練り上げた【マイナスカルマ獲得作戦計画書】が記されている。


『作戦一:街角でのゴミのポイ捨て(公共マナー違反:推計▲5pt)』

『作戦二:酒場での無銭飲食および警察への自首(軽犯罪:推計▲500pt)』

『作戦三:仲間や街の有力者への理不尽な暴言(精神的加害:推計▲400pt)』


 これだ。

 この完璧なロードマップに従ってコツコツと悪行を積み重ねれば、現在の五千二百ポイントなど数週間で消滅する。

 口座残高がゼロになった瞬間に、俺は晴れてこのクソゲーから完全解約し、無の安らぎへと旅立つのだ。


「ふふ……待っていろよ運営。貴様らの敷いたレールなど、俺のコンプライアンス違反の前に粉微塵にしてくれる――」


 俺が会心の笑みを浮かべた、その時だった。


「きゃあああああああああああああっ!?」


 突如として、頭上の虚空から絹を裂くような悲鳴が降ってきた。

 見上げると、木々の梢を突き破り、青空から何かが猛スピードで落下してくるのが見えた。


 陽光を浴びてキラキラと輝く、見事な金髪ツインテール。

 フリルがあしらわれた上質なドレスの裾が風に捲れ上がり、華奢な手足をバタつかせている少女。

 絵に描いたような「空から美少女が降ってくる」古典的ボーイ・ミーツ・ガール展開だ。


 放っておけば、少女は数秒後に俺の頭上へと直撃し、俺がとっさに抱きとめて「だ、大丈夫かい?」「あ、あの……助けてくださって……ぽっ」というお約束のラブコメイベントが強制発生する位置関係である。


 だが。

 現代日本で幾多の悪質な無料アプリや違法サイトの罠を潜り抜けてきた元IT法務の動体視力と法務感覚を、舐めてもらっては困る。


「……なるほどな」


 俺の目は、氷のように冷たく細められた。


「画面中央に突然割り込んできて、タップミスを誘発させるタイプの全画面ポップアップ広告か」


 無料コミックサイトなどでよくあるやつだ。

 ×ボタンが異常に小さく、少しでも指が触れれば怪しい課金誘導ページへと強制リダイレクトされる、あの忌まわしきダークパターン。


 この美少女を受け止めるということは、すなわち「利用規約に同意して次へ」を誤タップすることと同義。

 一度でもフラグを立ててしまえば、「行き場のない美少女を保護」「同棲生活の開始」「責任を取って結婚」という地獄の長期課金プランが自動更新されるに決まっている。


「お断りだ」


 俺は一切の躊躇なく、右足をスッと半歩横へと引いた。

 衝突予測座標から、完全に自キャラの当たり判定をスライドさせる。


 いわゆる【画面外へのフリックスワイプ】である。


 ドサッッッッッグシャアアアアアンッ!!!


 凄まじい鈍重な激突音が森に響き渡った。

 俺の真横の腐葉土に、金髪ツインテールの少女が顔面からダイナミックに突っ込み、土煙と舞い散る落ち葉が周囲を包み込む。


「……ふう。危ないところだった」


 俺は埃を払うように服の袖を軽くパンパンと叩いた。


「不審なトラフィックは受信拒否(ドロップ)に限る。これでキャッシュの汚染は防げたな」


 土に埋もれた少女から「うぅ……ぐぇ……」と蛙が潰れたような呻き声が漏れ聞こえてきたが、俺は一瞥もくれず、街へ向かってスタスタと歩き出した。


---


### 【本話のカルマ会計報告】

- **開始残高**:5,200.00 pt

- **本話の増減**:±0.00 pt(【ポップアップ広告スワイプ】没落貴族令嬢エレノア投下ガン無視判定)

- **終了残高**:5,200.00 pt

- **現在の魂ランク**:国家英雄域(解脱可能基準値:0.00 pt まで、残り 5,200.00 pt の減算が必要)


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