81.庭拡張と聖波気の練習
爽やかな朝日の降る午前中。
俺は店に帰って通路を通って森の屋敷に出た。
薬草採集をするため。そのほかにもいろいろ試したいことがあった。
塀に囲まれた庭では、母ペガサスのミレーヌがのんびりと散歩をしていた。
畑や泉、岩屋に危険がないか見回ってくれている。
子ペガサスのシエルと、エルフ少女テティは仲よく遊んでいた。
シエルを追いかけるテティが俺に気が付くと、大声で手を振る。
「あのねー、アレクさま! ミレーヌさんには断られたけど、シエル君が大きくなったらあたしを乗せてくれるって~!」
「それは良かったな。面倒見てやってくれよ」
「は~い!」
テティが元気な声で答えた。
俺とリリシアは畑に来た。
野菜の列の隣に薬草が生えている。
リリシアが目を丸くしていた。
「立派な葉っぱを付けた薬草が100、いえ200ほど……もう収穫できますわ」
「それは良かった。これで任務依頼が簡単に終わるな」
「はい……んん?」
葉っぱを一枚手に取ったリリシアが、急に首を傾げた。
指眼鏡で葉っぱを見る。
「どうした? リリシア」
俺の言葉に、リリシアが信じられないものを見る目つきで顔を上げた。
なぜかドン引きしている。
「ご、ご主人様……この薬草は任務に使えません……」
「え? やっぱり畑で作ると効果がないのか?」
確かそう言う話を聞いたことがあった。
森で自生している薬草を畑に植えるとなぜか効果がなくなるという。
「逆です、ご主人様。薬草の時点で、すでに聖属性が付いています」
「ええっ! そうなると、どうなる?」
「薬草はポーションの素材として使われているはずですが、ヒールポーションではなく、より効果の高いものができるはずです」
「……ひょっとして俺のせいか?」
「ご主人様の聖波気で運営されてますから……凄いのですけど、すごすぎて、もう……」
リリシアが辺りを指眼鏡で見ていく。
野菜や果物も当然のように聖属性つきだった。
シエルがおいしいと言ったリンゴも聖属性つきだから、聖獣にとってよりおいしく感じられたのかもしれない。
しまいにはリリシアが呆れた声で、ふふっと笑う。
「どうした?」
「厩舎にも聖属性が付いてまして……付属効果に【全属性抵抗Lv5】と【闇属性無効】、あとなぜか【防御効率Lv4】までついてます」
「それって鎧だと強そうだが……意味あるのか?」
「装備できないので何の意味もないでしょうね」
「俺の聖波気、無駄すぎるな……」
リリシアが笑いながら首を振る。銀髪がキラキラと光った。
「そんなことありません。ご主人様のすばらしさがすべてに満ちている証拠ですっ」
「まあ、そういうことにしておこう。残念だが薬草栽培は別の方法を探すしかないか」
「ですね。次はわたくしがコウちゃんに魔力を渡して、それで作ってみてもいいかもしれません」
「ああ、頼む。いろいろ試してみよう――あとこの薬草は店で売るポーションの材料にしようか」
「はいっ、それがいいと思います! ぷちエリ以外にも販売できるポーションがあれば、きっとお客さんが増えるでしょう」
「だな――じゃあ、コウ。適当に何種類かポーション作っといてくれ。効果の高いものから低いものまでできるようにな」
俺が子機で連絡すると『らじゃー』と返事が来た。
それから別の試したいことをリリシアに頼む。
「それで、リリシアは俺の聖波気を感じ取れるんだよな?」
「はい。ご主人様の聖波気でしたらもう、どこにいても感じ取れますっ」
「じゃあ、ルベルがやってた、漏れだす聖波気を圧縮してみたい。まずは半分からだ」
リリシアは細い眉を寄せて周囲を見渡す。
「ですが、周りは森ばかり……ご主人様は広範囲に漏れているはずですから、距離がわからなくなるかと」
「さすがに木を切るわけにはいかないし、広い場所に――いや、待てよ?」
「どうされました?」
リリシアが可愛く首をかしげる。銀髪がさらっと流れた。
俺は白い翼を指さしつつ言う。
「探知の魔法で使ってたように、白い羽を使って測定できないか? 等間隔に配置して」
「まあ! 確かにその方法なら、できそうですっ。さすがご主人様!」
リリシアがほっそりした手で口元を抑えて驚いていた。白い翼がひこひこと羽ばたく。
俺は頷いて言った。
「じゃあ、それで頼む」
「はいっ! お任せください!」
リリシアが額に指を当てて念じるように目を閉じた。
すぐにカッとすみれ色の瞳を見開いて、白い翼を広げた。
羽が一列になって飛んでいく。
それからしばらく聖波気のコントロールの練習をした。
けれどなかなかうまくいかなかった。
半分に圧縮したはずだが、リリシアが首を振る。
「400メートルぐらいです、ご主人様」
「100メートル縮んだだけか……難しいな」
「いえ、でも……確かに聖波気の濃さは上がっています」
「これ以上となると、むむむ――っ!」
俺は力を込めた。自分の周囲に留める感じ。
しかし聖波気は見えにくいし、害も全くないからわかりにくい。
ふとリリシアが言う。
「そうですわ。ひょっとしたら最初の状態が違うのかもしれません。力を抜いてみてもらえないでしょうか?」
「こうか?」
俺は腕をだらんと垂らして、口も半開きにして全身の力を抜いた。
何にも考えない。ぼへーっと青い空を流れる白い雲を眺める。
しばらく穏やかな時間が流れた。
そよ風が吹いてリリシアの白い修道服を揺らし、また森の上を小鳥が飛んでいく。
だが突然、リリシアが目を見開いた。
「ご主人様! 合ってますわ! 500メートルじゃありません、800メートルでした!」
「なんだって!? そんなに広範囲に漏れていたのか」
「500メートルと思いこんでいたから、500メートルになっていたようですね」
「じゃあ、400で半分、200でさらに半分ってことか」
気合いを入れて、ちょっと試してみる。
ただ今度は330メートルぐらいでまた400に戻ってしまった。
圧縮は難しい。まあ400メートルでもBランク以下を消滅ってことだろうけど。
でもさらに圧縮したとき、ペガサスの親子がこちらを見て目を丸くしていた。「気持ちいい……」「心が洗われるようですわ……」などとうっとりして呟いていた。
なんかいつもより聖波気がすごかったらしい。
リリシアも興奮した様子だった。
「すごいですわ……出会った頃からけた違いでしたが、もう人間の限界を超えているかもしれません」
リリシアがどん引きしながらも感動していた。スミレ色の瞳が潤んでいる。
俺は首を傾げた。
「生きてるだけで増えていくものなのか?」
「能力はカンストされてますが、魔力量だけは敵を倒せば増えていくはずで……でも桁数の表示がおかしくて」
「リリシアと出会ってから倒したのって100匹もいないだろ。経験値の少ない雑魚ばかりだったし。さっき倒したSランク、といっても何もしてないから経験値も入ってないだろ?」
「さあ、入っているかも……ただ、それを加えたとしても聖波気の最大値が増えすぎです。いったいどうやって経験を積まれたのか、想像もつきません。さすがご主人様です」
とても感動している様子で声を震わせていた。
俺は頭をかいた。実感がなさすぎる。
「まあ、これからも圧縮の練習はしていこう……ああ、そうだ、リリシア」
「なんでしょう?」
「この森に聖獣がいないか調べてもらえるか? いるなら仲良くなっておきたい」
「はい、調べますね――」
リリシアを中心に白い羽が波紋のように飛んでいく。
それから、たれ目がちの瞳をきりっと光らせて俺を見た。
「一人、いえ二人いらっしゃるようです。一人はイノシシ、もう一人はウサギ、のようです……が、イノシシさんはまだ半聖獣といった感じです」
「よし、じゃあウサギの方に案内してくれ。話し合ってみよう」
「はい、こちらです」
リリシアが翼を広げて、ふわっと浮かんだ。
ゆっくりと飛んでいく後ろを俺はついていった。
木漏れ日の差す爽やかな森の中を十五分ほど歩くと、リリシアが止まった。銀髪を揺らして地面に立つ。
「どうした?」
「この辺にいます……そこです!」
小さな茂みを指さして叫ぶ。
ガサッと音を立てて白いウサギが驚き戸惑いつつ、跳びだした。
額から一本の角が生えたウサギ。
まだ子供らしく手のひらに乗りそうなぐらい小さかった。
「ふぇぇ。……見つかっちゃいましたぁ。逃げっ」
素早く移動するものの、リリシアが瞬間移動的にウサギの背後に立つ。
ウサギはびくっと小さな体を震わせた。
「ふぁぁ、回り込まれちゃいましたぁ……いじめるいじめる?」
「いじめません。大丈夫ですよ、ご主人様はお話をしたいだけですから」
リリシアがしゃがみ込んで優しく言う。
俺は少しだけ近づいて言った。
「何もしない。むしろ困ってるなら助けたいんだ」
「わ、わたしを……? わたしなんて、だめでゴミでくずで、生まれてきてごめんなさい……」
「なんでそんなに卑屈なんだ?」
「だってぇ……わたしは、いらない子だからぁ」
「「いらない子?」」
「お母さんに、いらないって。うちの子じゃないって……ぐすっ」
ウサギはしくしく鳴き始めた。
リリシアが悲しい微笑みを浮かべて、そっとウサギの小さな背中を指先で撫でる。
「お母さんはふつうのウサギだったのですね。おそらく眠りウサギでしょう」
「その子は違うのか?」
「伝説の聖なるウサギ、アルミラージです」
「すごいじゃないか。特別な存在だぞ?」
元気づけようとして言ったが、ウサギはいっそう泣き出した。
「特別なんていらないですぅ――お母さんに愛されるふつうのウサギがよかったぁ」
号泣してしまった。
俺は困って頭をかいた。
「気持ちをよく考えず悪かった……どうしよう、リリシア?」
「ご飯もあまり食べてないようですし、いったん保護しましょう。ご飯を食べれば元気も出ますよ?」
「もうなにもいらないっ。死んでしまいたいですぅ」
「困ったなぁ。まあ、一度戻ろう」
リリシアが泣いているウサギをそっと両手で包んで立ち上がった。
――これ、どうしたらいいんだろ。
俺としては聖域認定につながる聖獣は助けたいし、仲良くしたい。
でも幼子の心のケアなんて俺にはできそうにない。
リリシアと顔を合わせるものの、彼女もまた困りながら首を振るばかりだった。
ちょっと忙しいので不定期になるかもしれません。
次話は明日更新
→82.ミレーヌママと大家の遺品




