1-8 最弱のモンスター
――小鬼。
迷宮の上層では、雨後の筍の如く出現するモンスターだ。
小鬼ぐらいは容易に倒せなければ、一般的に冒険者とは認められない。
支援特化の俺ですら、数体は一人で倒せる。
群れると少々厄介だが……四体以上で固まっていることはほとんどない。
ともあれ俺は杖を掲げ、口頭で術式名を呟く。
「彼の者に鉄壁の守りを――《ディフェンド》」
それが術式起動の合図だった。
サラの体を薄く青い光が包み、彼女の防御力を約二倍にアップさせる。
防御力という曖昧な概念に対する効果だけれど、要は本来受けるはずのダメージを半減するわけだ。サラの体を膜のように包むあの光が、敵の攻撃の力を吸収してくれる。
効果の割に消費魔力も少なく、俺が最もよく使う支援術式と言っても過言ではない。
「ありがとう」
サラは振り返らず端的に呟くと、そのまま小鬼に向かって駆け出した。
ばねのように体をしならせて大地を蹴り、一直線に小鬼の眼前へと踏み込んでいく。
小鬼はサラの速度に目を剥きつつも、慌てたように右手の棍棒を振るった。
サラがこのまま突撃すれば、棍棒が直撃する。
しかし、サラと小鬼では根本的な速度が異なっていた。
速度が違えば、取り得る選択肢の数も異なる。小鬼は自らのスペック内においては最良の行動を取っていたが、それでもサラという冒険者には及ばなかった。
サラは臆せず突っ込み、棍棒を持つ右手の手首を咄嗟に左手で掴み、ダメージを受けずに棍棒の勢いを止めると、そのまま右手の剣を小鬼の腹に突き刺した。
鮮血がまき散らされ、小鬼が「ゴァァ!?」と悲鳴を上げ、そのまま意識を失った。
サラが剣を抜くと、ドサッと地面に倒れ込む。
「……ふぅ」
サラは胸をなでおろすように、ゆっくりと息を吐く。
迷宮での初戦闘だ。
それなりに緊張していたのだろう。
「倒したよ!」
「よくやった」
笑顔のサラに対して、俺は素直に賞賛を贈る。
悪くない。
というより、強い。
新人冒険者の初戦闘としては、規格外のものがあるだろう。
とはいえ外でモンスターと戦ったことがあると言っていたし、その経験を鑑みると順当な結果なのかもしれないけれど。
そもそも、迷宮の外でモンスターに接敵すること自体が稀だ。
「魔石の剥ぎ取り方は分かるか?」
「うん」
俺が尋ねるとサラは頷き、小鬼の心臓部分から光る宝石のような物質を抉り出す。手慣れている――とまではいかないものの、やったことはある手つきだった。
やはりモンスターの討伐経験があるのは本当らしい。
……そういえば、サラの過去について俺はまったく聞いたことがない。
たまたまサラの故郷に現れたモンスターを俺が討伐したことがある――それだけだ。
興味が湧いてきたので、今度尋ねてみることにしよう。
「こう……だよね?」
「ああ」
「良かった。久しぶりだったから。はい、ロイド」
サラに手渡された小鬼の魔石を軽く眺める。
これが魔石。
現代文明における重要なエネルギー源だ。
とはいえ、小鬼の魔石はどんよりとした鈍い輝きが示す通り、魔力蓄積量は少なく、最大容量も少ないので市場価値は低いけれど。
価値の高い魔石は基本的に強いモンスターの核となっており、純度が高く輝いている。
「よし、じゃあ先に進むか」
「うん! がんばって倒そうね!」
一体を倒して自信をつけたのか、サラは元気よく頷く。
その数秒後、鮮血を撒き散らして倒れていた小鬼の体が光の粒子となって消えていった。
迷宮に棲みつく異形の怪物――モンスターは、魔石を核としている魔力生命体なので、それを剥ぎ取られると存在を保てなくなり、消えてしまうのだ。
「さっきわたしが青い光に包まれたのは、支援術式だよね?」
「ああ」
「どんな効果だったの?」
「まあ端的に言えば、防御力が高くなる」
「そっか。じゃあ、わたしが効果を感じなかったのも当然だね」
「とりあえずお前の実力を見てみたいからな。今日はあんまり支援するつもりはないぞ」
「望むところだよ!」
サラは気合を入れ直したようだった。
「気をつけて進めよ」
洞穴のような細道を進んでいくと、大きな広間のような場所に辿り着いた。
ここには木々も鬱蒼と生い茂っていて、先が見通せない。
若干ながら、霧のようなものが辺りを覆っていた。
何だか不気味な雰囲気だった。木々がざわついているようにも感じる。
……とはいえ、ここの雰囲気はいつものことだ。
地下一階層、迷宮初挑戦者への洗礼といったところか。
事実、霧や木々に紛れて、モンスターが襲ってくることもある。
……そう考えながらサラを後をついていくと、モンスターの気配を感じた。
噂をすれば何とやら、というやつか。
俺はサラにアドバイスをしようと口を開きかけるが、その前にサラの一言があった。
「ロイド」
「どうした?」
「来るよ」
言葉の、直後の出来事だった。
威嚇の咆哮と共に、木陰から三体の小鬼が飛び出してきた。
いくら小鬼とはいえ、不意打ち。しかも三体が連携を取っている。
普通の新人冒険者なら驚いて防御するのが精一杯だろうが――サラは違う。
「――ふっ」
鋭い呼気を吐き出し、腰の剣を抜き放つ。
サラはまず俺に最も近い小鬼への対処を優先した。
振り返り、小鬼へと踏み込む。あまりにも真っ直ぐな踏み込みに小鬼が動揺した一瞬の隙に、剣撃を叩き込んでいく。
「――次」
サラは呟きと共に反転し、その勢いで剣を横に振るう。
しかし、二体の小鬼は後退して剣をかわした。が、それは俺に迫っていた一体がやられたことによる動揺の副産物。
あのまま奇襲を続けていれば二体とも首を刈り取られて終わっていたはずだ。
サラは小鬼に攻撃の隙を与えないまま、右から曲線を描くように踏み込んでいく。
並び立っている片方の小鬼の動きを限定するための動きだ。
「破神流剣術三式――」
サラは回り込んでから木の幹を蹴り、さらに勢いを増して突撃していく。
しかし次の瞬間、俺の目でも霞むほどの速度を叩き出した。
……そしてサラの雰囲気が、確かに変質する。
「――《連続剣》」
あまりにも一瞬の早業だった。
時が止まったかのような静けさが支配し、二体の小鬼が崩れ落ちた。




