1-6 宿屋の夜
テーブル、イス、ベッドの三種のみが置かれた簡素なワンルーム。
俺が新人冒険者だった頃にお世話になった小さな宿屋で部屋を借りていた。
相変わらず儲かっていないのか、夜に俺とサラが尋ねても部屋は空いていたし、朝食付きの一晩で銅貨五枚と、商売をしているとは思えないほど安い。
宿屋の外にある井戸の水で体を洗い、さっぱりした状態で部屋へと戻る。
すると、隣の部屋を借りたはずのサラがベッドでごろごろしていた。
「あ、おかえりー」
綺麗な蒼髪が、僅かに濡れていた。
……こいつには警戒心というものがないのだろうか。
サラは金のない俺と違ってシャワー付きの部屋を借りているので、俺が外で寒風を浴びながら体を水で流している間も、ぬくぬくとしていたのだろう。
ちなみにシャワーとは、魔石に含まれる魔力を水分に変換する魔道具のことだ。
「ここは俺の部屋だぞ」
「分かってるよ?」
「男の部屋のベッドに無断で寝てる奴がいるか」
「?」
サラはきょとんと小首を傾げたが、数秒後に頬を紅葉色に染める。
「……そういうこと、考えてたんだ」
「別に考えてはないけどな。多少は警戒しろと言ってる」
適当に言うと、サラは恥ずかしくなったのか、立ち上がり、イスに座り直した。
「――で、何で俺の部屋にいる?」
「パーティを組んだわけだし、これからのことを相談しようと思ったんだ」
何だか拗ねたような調子でサラは言う。
なるほど。
そのへんは明日でいいだろうと俺としては思っていたけれど。
「……まあ、明日はとりあえず迷宮の上層に潜り、お前の実力を見たい」
「うん」
サラは真剣な瞳で、こくりと頷く。
「その前に、迷宮探索の装備は大丈夫か?」
「剣は持ってるよ。わたしがローブの下に着てる革鎧も、それなりに丈夫だと思う」
「なら、大丈夫か。上層ならテントもいらないしな」
マルグスリア迷宮は上層、中層、下層に大きく分けられる。
上層を地下一階層から地下二十階層、中層を地下二十一階層から地下四十階層、下層を地下四十階層から、それ以降の階層――という風に、だ。
現在の到達最高階層は、『勇気あるもの』による地下四十六階層となっている。
――下層は、地獄だ。人間の生きられる環境ではない。
「中層より下に潜るなら泊まり道具は必須だけど、まあしばらくはいいだろう」
「……しばらくは上層にしかも潜らないってこと?」
サラの言葉には、僅かに不満そうな色が出ていた。
自分の実力に自信を持っているのだろう。
たとえ中層や下層のモンスターが相手でも、勝てると思っている。
「そうだ。お前の自信は買うが……中層以降は、二人じゃどうしようもない」
中層以降は個人の実力がどうこうではなく、せめて四人はいなければどうしようもない。
そもそも一夜を過ごす前提になる以上、荷物はやたらと増えるし、深く潜るほど分かりにくいトラップも増えていき、モンスターの数と質も跳ね上がっていく。
いくら強くとも回復ができなければ死ぬし、罠を発見できなければ危機に陥るのだ。
それを覆すのは一人で何でもできる魔法剣士のギルバードぐらいだ。
あんな例外を基準に話をしても仕方がない。
「じゃあ……パーティメンバーを探さなくちゃいけないってこと?」
「そうだな。俺が後衛の支援術師、お前が前衛の剣士として……回復役、盾役あたりは必須か」
「あと、トラップを見抜ける盗賊や、遠距離砲撃ができる魔法使いも欲しいよね」
「基本は分かってるな」
「冒険者になるって決めてから、多少は学んでるからね」
ふふん、とサラは胸を張って微笑する。
……胸を張っていても変わらないような気がするけれど、触れずにスルーした。
「パーティメンバー、ロイドは心当たりある?」
「そうだな……」
サラの質問を受け、俺は顎に手を当てる。
新しくパーティを作る上で、メンバーになってくれる人物。
それも、いくら俺がいるとはいえ、リーダーになっているのはド新人のサラ。
実力者を引き入れるには厳しいものがあるけれど、心当たりがないわけではなかった。
「二人ほどいる」
「本当!?」
「だが、しばらくは無理だな」
「どうして?」
「一人は迷宮都市を出ていて、居場所が分からない」
俺の頭に浮かんだのは、緑髪の美少年だ。
一応は俺の仲間を名乗っているけれど、自由人すぎて風のように消えていく。
とはいえ拠点はあくまで迷宮都市なので、そのうち戻ってくるはずだ。
「もう一人は?」
「――家に引きこもっていて出てこない」
「ええ……本当にそんな人が使いものになるの?」
「意外とな」
次に脳裏を過ったのは、不健康そうな顔色をした紫髪ロングの美女。
彼女に関しては、まず家から引っ張り出せないのなら、どうしようもない。
金のあるうちは家から出てこないだろうから、しばらくは保留だ。
「……それ、両方とも今すぐは無理なんじゃ」
「そうだな。でも普通に聞いたところで、新人のパーティに入ってくれる奇特な奴なんてそうはいないぞ。同じ新人はともかくとして」
「でも、ロイドは入ってくれたよね?」
「俺はその奇特な奴なんだよ。感謝しておけ」
「……感謝は、してるよ」
適当に嘯いたら素直な返答が返ってきて僅かに動揺する俺。
そんな俺の気も知らずに、サラは目元をこすり、ふぁ、とあくびをした。
「……とりあえず、今日のところは寝るか」
「そうだね、おやすみー」
「自分の部屋で寝ろ」
すでに半分寝ぼけていたサラを部屋の外に追い出すのだった。




