1-3 ボーイミーツガール
迷宮都市マルグスリア東部に位置する第九区画。
宿屋が多いこの通りを、俺は大荷物を背負いながら歩いていた。
ちなみに迷宮都市は区画整理が進んでおり、第一区画から第九区画までに分けられている。
冒険者ギルドを擁する、円形の迷宮都市の中央が第一区画。そこから北、西、南、東の順で番号が割り振られ、さらに区画を分けるためにもう一周している。
つまり、この第九区画は、迷宮都市東部の外縁寄りに位置する区画というわけだ。
「……ん?」
この通りは宿を借りている冒険者が多いので、昼間は人通りが少ない。
……が、珍しく若干人だかりができている場所を発見した。
というより、中央に倒れているモノを、みんなが遠巻きに見ていると言うべきか。
「ええ……」
思わず、面倒臭そうな声が出てしまった。
大通りのど真ん中に、剣を腰に装備した蒼い髪の少女がぶっ倒れている。
周りにいる数人は誰も助けようとしない。
「仕方ねえな」
ため息をつく。
このまま放っておくわけにもいかないし、俺は蒼い髪の少女に近づいていく。
「おい、大丈夫か?」
すると倒れている少女が、何かうめき声を発していることに気づいた。
「お……」
「お?」
首を傾げる。
何を言おうとしているのだろう。
だいぶ苦しそうな様子だ。
場合によっては、すぐ治癒院に連れて行った方がいいかもしれない。
「お……」
うつ伏せの状態から顔を上げた少女を見て、俺は思わずごくりと息を呑む。
透き通った湖のような蒼い瞳に、きめ細やかな白い肌、人形のように端整な顔立ち。
とんでもないほど美しい少女だった。
そんな少女は、苦しそうな表情を浮かべ、鈴のように可憐な声音で告げる。
「――おなかすいた」
ええ……。
それなりに心配したのに、どうやらただの空腹らしい。
◇
大衆食堂。
その一角で、俺は昼食を取っていた。
なぜか余計なものがくっついてはいるけれど。
「――本当にありがとね。迷宮都市には何とか辿り着いたんだけど、でも食糧が切れちゃったから困ってたの!」
「困っていたっつーか倒れていたけどな……」
「うん。わたし、お腹が空くと動けなくなるから!」
ドヤ顔で言う台詞ではないな。
蒼い髪の少女は、喋りながらも休むことなくバクバクと食べ続ける。
すでに皿は十数枚もテーブルの上に積まれていた。
店員が慌てて回収しにくる。
その細い体のどこにそれだけの食事量が入っていくのだろうか。
スレンダーと言うべきか、ぺったんこな部位を眺めつつ人体は不思議だと思う俺。
「……どこ見てるの」
温度が下がった声音で少女が尋ねてくる。
ジト目と言うにはちょっと冷たい視線だった。
仮にもここまで運んできたのは俺なんだから、多少は許してほしいところだ。
「気のせいだろ」
「……ふーん、まあいいけど。きみには感謝してるし」
唇を尖らせて少女は言う。
「そういや名前を聞いてなかったな」
「わたしはサラ。冒険者になるためにこの街にやってきたの!」
フフンと鼻を鳴らしてサラは自信満々に告げる。
なるほど。
冒険者を目指して迷宮都市にやってくる者は少なくない。
腕に覚えがある者たちがほとんどだが……その大半は夢破れてこの街から去っていく。
迷宮は、それほど甘いものじゃない。
「あなたは?」
「俺はロイド。冒険者だよ」
「へぇ!」
サラは目を輝かせる。
憧れの冒険者に出会えて嬉しいのだろうか。
冒険者なんて、この街にはいくらでも転がっているけれども。
「ロイド……もしかして、『勇気あるもの』の支援術師!?」
「よく知ってるな」
「もちろん。この街で一番有名な冒険者パーティじゃん。わたしの故郷まで噂は届いてたよ」
「そこまで広まるもんなのか……」
「えへへ、この街に来て最初にそんなすごい人と会えるなんて、幸先いいなぁー」
サラは幸せそうに微笑して言う。
……俺を見て侮蔑しない奴は久しぶりに見たな。
勇者パーティの噂は聞いていても、俺の悪評の方は聞いていないのだろうか。
「ちょうど良かった! 冒険者ギルドまで案内してくれないかな?」
「まあ、別にいいけど」
「やった! お礼にここの食事代は奢るね!」
どうやらちゃんと金は持っているらしい。
この量の飯代を俺が払わねばならないのか……と若干ビビっていたけれど杞憂だった。
「そいつはありがたいな」
俺は肩をすくめる。
実際、元一流パーティの一員とはいえ、手元に金はあまりなかった。
俺は自分自身の力があまりない分、道具や装備品で補っているところがあるので常に支出は激しい。
前はその支出以上の収入があったから問題なかったが、『勇気あるもの』を追放された今となっては赤字になることもありえるだろう。
頭が痛い問題だ。
「……はぁ」
ため息をつくと、隣を歩くサラがきょとんとした調子で声をかけてくる。
「何か困っていることでもあるの?」
「まあな」
「もしかしたらわたしに協力できることかもしれないし、よければ話してみてよ」
初対面の人間だというのに、結構踏み込んでくるタイプなんだな。
別に嫌ではないけれど。
隠すようなことでもない。
「パーティを追放されちゃってな」
「えっ!? それは……『勇気あるもの』のことだよね?」
「ああ。だから今、あてがなくて困ってるのさ」
「あなたを追放するなんて……『勇気あるもの』の人たち、何も分かってないよ!」
サラが憤慨したので、俺は驚いて目を見開く。
「その口ぶりだと、俺の実力を知っているように聞こえるな?」
「うん。見たことあるもん。遠くからだけどね」
「へぇ……」
「もちろん、あなたは覚えてないだろうけど」
サラはそう言って苦笑すると、過去を語り始める。
「二年ぐらい前かな、『勇気あるもの』がわたしの街に現れたモンスターを討伐しにきたことがあって、その時の戦いを見てたんだ」
記憶は曖昧だが、まあそういった案件はちょいちょいあった。
基本、迷宮にしか現れないモンスターだが、たまに外でも突然発生することがある。
そういったモンスターが街を襲った場合、街の兵士たちでは歯が立たず、迷宮都市の冒険者パーティに討伐依頼が回ってくるのだ。
俺たちはトップパーティだったので、よくそんな依頼を受けていた。
そこでモンスターから守った街のひとつが、サラの故郷だったということだろう。
「そのとき、モンスターから戦うあなたたちの姿がカッコよくて、わたしも冒険者になろうと思ったんだ! だから今、ここにいる」
サラの瞳は真剣だった。
夢を追いかけるその瞳は、今の俺とは程遠い眩しいものだ。
「悪いな、憧れの一人が、いざ会ったらこんなにも落ちぶれてるのは嫌だろう」
「あなたが追放されるなんて、絶対おかしい。わたしは一度、遠くから戦いを見ていただけだけど、あのパーティを支えていたのはあなただったはずだよ」
「そうかもな……確かに、あの時は」
二年前か。
それは確かに俺の支援がなければ、あいつらが何もできなかった頃だ。
とはいえ、遠くから見ているだけでそれを見抜けるのはすごい観察眼だな。
傍目には俺だけが何もしていないようにも見えるはずだし。
支援術式は地味すぎて、素人には俺が突っ立っているようにしか見えない。
それが分かるということは、当時からサラがそれなりの実力者だった証だろう。
「支援術師は、パーティの力を底上げする大事な役割だとわたしは思う」
今も、腹が満たされてからの身のこなしを見る限り……おそらくは一流の剣士だ。
夢を見てやってきた子供かと思ったら、どうやら違うらしい。
支援術師として何年もやっていると、人の力と資質を何となく見抜くことができるようになる。
もちろん、あくまで予測に過ぎないけれど。
「……あなたが『勇気あるもの』を追放されたのはちょっと残念だけどさ」
なら、とサラは告げる。
自分の胸に手を当てて、ちょっと頬を赤くしながら。
「――わたしと、パーティを組まない?」




