1-22 夢を見る
夢を見る。
それは子供の頃の記憶だった。
迷宮都市と――ロイドの生まれたこの街が、そう呼ばれるようになった頃。
冒険者という職業が、確立されてきた頃の話。
俺は憧れていたのだ。
その後ろ姿に。勇気を持って迷宮へと挑むその背中に。
――『未来を切り拓く星々』は、第一世代の冒険者、その筆頭だ。
冒険者ギルドが結成されたばかりで手探りの状態、まだ魔石の交易手段すらまともに成り立っていなかった頃、それでも彼らは迷宮に挑んだ。迷宮にモンスターが溢れかえってしまえば、いずれ地上にも進出してくるかもしれない。だから街の安全と――その奥に眠る未知を求めて。ロベルトはかつて、そんな風に語っていた。
俺や、レックスや、ギルバードなどは、その背中を見て育った第二世代の冒険者だ。
彼らを見て、俺もそうなりたいと憧れた。渇望した。
だから努力した。冒険者になるために。憧れた背中に追いつくために。ロベルトたちも次の世代を育てるためなら、と協力してくれることもあった。
必死に剣を振った。俺が憧れていたロベルトは、剣を握る前衛だったから。自分もそう在りたいと思って、同じぐらいの年齢の子供たちと並んで訓練を始めて――けれど、最も弱かったのは明らかに俺だった。
いくらみんなよりたくさん剣を振っても、その事実は変わらなかった。
――俺に、剣の才能はない。
その事実に心が折れそうになって。それでも俺は冒険者の夢を諦めなかった。
だから、余計に絶望したのだ。
魔法も、治癒も――自分には何の才能もないと、優しく諭されて。
落ちこぼれと呼ばれた俺が塞ぎ込んでいる間にも、同世代の連中はどんどん強くなっていった。俺の幼馴染だったギルバードなどは特に成長が著しく、訓練を始めた頃は互角だったのに、今なら数秒もあれば俺を倒すことができるだろう。
それが悔しかった。
「……ッ!!」
街の片隅で堅く拳を握り締めていると、
「よう、坊主」
いつの間にか、ロベルトが、憧れの冒険者が俺の近くに立っていた。
「……俺のことを、知っているんですか?」
「そりゃ、俺たちの次の世代を担う連中だ。顔と名前ぐらいは知ってる」
複雑な気持ちだった。
名前を覚えられていることは嬉しいけれど、俺が一番の落ちこぼれだということは知られたくなかったような、そんな気持ち。
「……悔しいか?」
答えるまでもないと思った。
雑踏のざわめきの横で、俺とロベルトが立ち尽くしている。
「……確かにまあ、お前も自分で気づいている通り、お前に剣の才能はない」
彼は淡々とした口調で言う。
子供たちに冒険譚を語り聞かせる時のような、抑揚豊かな口調ではない。
「自分で戦うだけが冒険者じゃない」
「でも俺には、治癒も、魔法も、何も使えない……!」
「お前に戦いの才能がないかもしれない。だが――戦う仲間を補助する才能はあるかもしれない。ま、こいつも試してみなけりゃ分からんけどな」
「どういう、こと……?」
尋ねると、ロベルトはいつものように不敵な笑みを口元に浮かべた。
「――支援術、だよ。お前はバッファーって役割を知ってるか?」
当時はマイナーで、各々パーティにおける役割を模索していた時代で。
俺は――俺の人生を変える職業を、やっと見つけ出した。
それが始まりだった。
無才の落ちこぼれと嘲笑されていた俺は、唯一才能がある支援術を学んでいった。
当時の迷宮都市にはそもそも支援術師の数が少なく、ほとんど独学で学ばざるを得なかったけれど――やれることは、それしかなかったから。
仲間がいなければ何もできない愚図と、そうバカにされることは何度もあった。
それは確かに事実で、俺に反論はなく、けれどそれでも良かったのだ。
最弱の俺が冒険者になれる手段なんて、最早それぐらいしかなかったのだから。
ただ、問題があった。
俺は仲間がいなければ何もできない。けれど仲間がいなかった。
誰も、俺と組んではくれなかった。当然だ。わざわざ弱い俺と組もうとする者はいないし、支援術の実力は証明するのが難しい。
だから結局、冒険者を諦めなければならないのかと、途方に暮れていた頃。
「――よぉ、支援術師。オレの仲間にならねえか?」
声をかけてきたのは、俺が予想もしなかった人物。
黒い髪に黒い瞳。口元には不敵な笑みを浮かべた中肉中背の少年。
神に祝福を授かった《勇者》にして、第二世代の前衛として最強を誇る剣士。
「君は本当に、僕の話を聞かないな……」
その隣で額を押さえているのは、眼鏡をかけた金髪の少年。
こちらも、知っている顔だ。同じく神に祝福を授かりし《賢者》のフレイザー。
「ふふ、レックスだからね、仕方ないよ」
彼らの後ろで楽しげな微笑を浮かべているのは、いつか月明かりの下で会話を交わした金髪碧眼の美少女。神に祝福を授かりし、《聖女》アリサ。彼女は俺と目が合うと、片目を閉じて口元に指を一本立てた。――あの時のことは内緒だよ、と。
その誰もが、当時の俺にとっては雲の上にも等しい存在。
「……何で、俺なんだ?」
「あん? そりゃお前……てか、オレのメンバー募集条件は知ってるか?」
知らない、と首を振る。
勇者のパーティなど加入できるはずがないので、聞いたことすらなかった。
「――勇気あるもの、オレのもとに集え、だ」
レックスは自信満々な様子で告げる。
「勇気……?」
俺が動揺しながらもそう尋ねると、レックスはがしっ! と両肩を掴んできた。
「ああ、オレが求めてるのは実力じゃねえ。人柄でもねえ。ま、パーティでの役割は重要だが……そんなものはフレイザーが後でどうにかする」
「いや僕に丸投げするなよ……」
フレイザーのぼやきをスルーして、レックスは言いたいことだけ言う。
「今、オレが求めているのは、迷宮の最深部を目指す覚悟。未知を探求する勇気、それだけだ。オレにはやるべきことがある。果たすべき使命がある。だから、それなりに苦労はかけることになるが――よければ一緒に、戦おうぜ?」
「お前の目には、俺には覚悟と勇気があるように見えているのか?」
「ああ。だってお前は、あの状況でも冒険者を辞めなかった。オレはそれを知ってる」
レックスは目を逸らさなかった。
俺は今にも目を逸らしてしまいそうだったけれど、それは裏切りだと分かっていた。
「……俺は、弱いぞ?」
「知ってる。最弱の冒険者――だったか?」
「ああ。だからお前に守ってもらわなきゃ何の役にも立たない」
「安心しろ。道はオレが切り拓く」
なら俺は、戦うお前の背中を支援術師として支えるのみ。
「分かった。ちゃんと俺を守ってくれよ――最強の冒険者」
「嬉しい返事だ。ちゃんとオレを支えてくれよ――最弱の冒険者」
そんな風に言い合って握手をする俺たちの後ろで、フレイザーはやれやれとでも言いたげに肩をすくめ、アリサはくすくすと笑っていた。
――これが、『勇気あるもの』結成の瞬間だった。
それから俺たちは、破竹の勢いで迷宮を突き進み、第二世代の筆頭となった。
それまでの勇者は注目こそされていたものの、民衆にとっては神の祝福などという胡散臭いものを授かっている教会の手先、ぐらいの印象しかなかった。
「――オレたちは迷宮の最深部に到達し、完全攻略を成し遂げる。――勇気ある奴は、オレのもとに来い」
だから冒険者ギルドで堂々と宣言した時、笑われた。それはもう盛大に。物珍しさによる注目しか受けていなかったのだから、当然だ。それでもレックスの言葉に感銘を受けた者はパーティに集まり、アルダスとディートリヒが加入した。
そうして第二世代最強のパーティとなった今、もうレックスを笑う者はいない。
彼は実力によって証明してみせた。自らこそが《勇者》、神に選ばれし者なのだと。
そんな、夢を見た。俺にとっての始まりの記憶を。
まるで炎のようだった。
火にくべた記憶が、当時の感情が――覚悟が、勇気が、なぜか燃えていくような気がしたのだ。




